第2話 母と祖母と曾祖母
ここは古ぼけた病院の病室だった。そこに正史と美湖の曾祖母が体調を崩して入院していた。それを母の聡美と祖母の富美代が交代で付き添っていた。
曾祖母は心臓が悪く、いつ亡くなってもおかしくない状態だった。しかも老衰で認知症が進み、すでに意識がはっきりしない時間も多くなっていた。それでも目を開けては断片的に昔のことなどを話し出すことがあった。
今日はちょうど聡美と富美代がそばにいた。しかしこの日は曾祖母はずっと眠りこんでいた。2人がいくら枕元で会話しても全く起きる様子はなかった。寝息を立てて本当にぐっすり眠っており、その顔にはいつものように微笑みを浮かべていた。いや、今日は笑っているように聡美には見えた。彼女は面白そうに富美代に言った。
「おばあちゃん、今日はよく笑っているわ。何かいい夢を見ているのかな?」
「さあ、どうだかね? いつもこうだけど。でも昔から母さんはいつも笑顔を絶やさなかったから」
「そうだった。おばあちゃんはいつも笑っている印象だったわ」
「母さんはそんな人だった。嫌なことや苦労したことがあったと思うんだけど、誰にもそんな顔を見せなかったんだよ」
「私たちにもつらいところを見せないようにしていたのね」
「ええ、母さんは小さい時から苦労していたのよ。だからよ」
富美代は曾祖母の顔を見た。やはり笑っている。
「母さんはいいところのお嬢さんだったけど、戦争で焼け出されてね。かなり苦労してきたみたいなの」
「へえ。そうなの。私は初めて聞くわ」
「話していなかったかもね。確か、東京に大きな屋敷があったらしいわ。でも戦争が激しくなってこっちに疎開してきて・・・。でも空襲で焼き出されてしまって、住むところがなくなってしまった。しかも東京にいた両親や兄弟も空襲で死んでしまって、一人きりになってしまったの。それからやっとのことで親戚の家で厄介になっていたっていうの」
「そんなことがあったんだ」
「昔、母さんはたまにそんな話をしていたわ。でも最近はそんな話をしなくなったわ。時間が過ぎて忘れてしまったのかもしれないわね」
聡美は曾祖母を見た。やはり笑顔のままだった。軽くいびきをかいている。
「おばあちゃんもそうだけど、我が家の女は苦労ばかりするのね」
聡美がそう言うと、富美代はため息をついた。
「そうね。私は聡美の小さいころに夫を亡くし、聡美は子供が小さいのに離婚して・・・お互いに苦労するわね。大丈夫なの?」
「まあ、何とかやっているわ。お勤めと養育費でなんとか暮らせるし、小さい美湖の面倒を正史が見てくれているし」
「正史ちゃんはこの間来てくれたけど、しっかりしてきたわね」
「もう小学3年生だから。美湖の方はマイペース。でも留守番をよくしてくれているわ。安心して仕事も行けるし、付き添いもできるし」
「困ったことがあれば言うのよ。私ができるだけのことをするから」
「ありがとう。いざというときは頼むね」
富美代と聡美がそんな話をしていても、曾祖母は幸せそうな顔をして眠り続けていた。