第1話 うさぎの執事
初めて童話を書きます。ぬいぐるみがしゃべれば童話らしくなると思いましたが、話は違う方に持っていかれそうです。
お読みいただき、感想、評価、ブックマークなどいただきましたら、幸いです。
そのぬいぐるみは薄暗いごみ置き場の隅にぽつんと置かれていた。それは人型の白いうさぎのぬいぐるみだった。なぜかずっと回収されることもなく、その姿は寂しげだった。金糸や銀糸で華やかに刺繍がされた服は古ぼけて虫に食われて大きな穴がいくつも開き、ガラスの目は灰色によどみ、白い毛はところどころ擦り切れて色が変わっていた。
そんなぬいぐるみに誰も目を向けようとしなかった。たった一人の女の子を除いては・・・。彼女はそれを不思議そうにじっと見つめていた。
「ミーコ。家に帰るよ」
小学生の正史が妹の美湖に声をかけた。
「うん、待って」
美湖はそのぬいぐるみをもって正史の方に駆けて行った。
「だめじゃないか。そんなものを持ってきて」
「いいの。さびしそうにしていたから」
美湖は聞かなかった。そうして白うさぎのぬいぐるみをアパートに連れてきてしまった。
「ママに知れたら怒られるよ」
「ママに言わないで。おともだちになったのだから」
美湖はぬいぐるみを相手に遊び始めた。
(まあ、いいか。楽しく遊んでいるし・・・)
正史はそんな美湖を放っておいて外に遊びに行ってしまった。アパートには美湖とそのぬいぐるみだけになった。
「お洋服が破れているのね。お着換えしましょう」
美湖はそのぬいぐるみの服を脱がせ、代わりにお人形に着せていた蝶ネクタイのついた黒色の洋服を着せた。それはまるであつらえてかのようにぴったりだった。
「まるでシッジね」
多分、テレビで見たことのある「執事」と言いたかったのだろう。確かにその姿はうさぎの執事そのものだった。美湖はそのぬいぐるみを手に持って声をかけた。
「よろしくね。私はミーコよ」
するとそのぬいぐるみのガラスの目に光が宿った。そして部屋に声が響いた。
「こちらこそよろしくお願いします」
それは透き通るような明るい声だった。
「だれ?」
「私です。あなたの手にいます」
「えっ!」
美湖はぬいぐるみを見た。するとそのぬいぐるみはポンと美湖の手から飛び出して、床に立った。
「あなたは誰なの?」
「私はトージです。あなたの執事です」
「やっぱりシッジだったのね」
「執事です。お嬢様」
トージはそう言って恭しく頭を下げた。
「遊んでよ」
「よろしゅうございます。何をいたしましょうか?」
「ええと・・・」
美湖は迷った。いつもならお人形遊びだが・・・動いているぬいぐるみの執事相手では・・・。
「どうしよう・・・」
「それなら折り紙はいかかですか?」
トージは棚の上の色紙があるのを気づいた。それでもう鶴が何羽か、折られている。
「できるの?」
「おまかせください」
トージはピョンと飛び上がって棚の上の色紙を手に取った。
「お嬢様も折りましょう。お教えいたしますから。」
「じゃあ、鶴を折って。」
「わかりました。ここをこうして折っていくと・・・」
トージはやさしく美湖に折り方を教えた。美湖は夢中で鶴を折り始めた。しばらくすると2人はいろんな色の鶴を折り上げていた。
「すごい。これならおばあちゃんが喜ぶよ」
美湖は喜んだ。
「おばあ様に差し上げるのですか?」
「ええ、今、入院しているの。元気になるようにって。ママが折っていたの」
美湖の曾祖母は入院していた。それで美湖の母が付き添っているのだ。
「お優しいのですね」
トージが感心して言った。その時、急にトージの長い耳がピーンと立った。
「どうしたの?」
「どなたかがいらしているようですよ」
すると玄関が開き、正史が帰ってきた。
「あっ。おにいちゃん!」
美湖が玄関の方に駆けて行った。そのうしろをトージが追いかけた。
「ただいま」
「おかえり。おにいちゃん! ねえ、見て!」
美湖は隣に並んだトージを抱き上げた。
「おかえりなさいませ」
トージは正史に頭を下げた。正史はびっくりしてしりもちをついた。
「えっ! ぬいぐるみがしゃべった!」
「執事のトージです。お嬢様のお兄様でいらっしゃいますね。どうぞよろしくお願いいたします」
正史はあまりのことに気が動転していた。
「おい、ミーコ! このぬいぐるみどうなっているんだ?」
「私のシッジよ」
美湖はトージを床に下ろした。
「そうです。お嬢様の執事でございます」
「生きているのか?」
「もちろんでございます」
正史はトージの周囲からいろんな角度で見た。トージは照れくさそうに長い耳で顔を隠していた。やはりただのうさぎのぬいぐるみで仕掛けはないようだ。動いてしゃべったりするだけで・・・。それでも正史は気味が悪そうに言った。
「だいじょうぶなのか?」
「怖がらないでください。私はお嬢様にお仕えするのですから」
トージは長い耳を動かしながら言った。
「まあ、いいけど・・・」
正史は何とか自分の中で納得しようとしていた。それに引き換え、美湖はもう当たり前のようにトージを遊び相手として受け入れている。
「もうお留守番でもさびしくないもん! トージと一緒だから」
「わかった。でもママには内緒にしておくんだ」
「どうして?」
「ママのことだから『捨ててあったところに返してきなさい!』って言うに決まっている」
正史はそう言うしかなかった。大人でも理解できないほどのことが起こっている。しゃべったり、動いたりするうさぎのぬいぐるみなんて、大騒ぎになってしまうだろう。トージもそのことがわかっているようだ。
「わかりました。奥様の前ではしゃべらずにじっとしています」
「ミーコもそうする。でもママのいないときはお相手してね」
「もちろんでございます」
トージはうなずいた。正史は「やれやれ」という気持ちだった。でもこれで少しは美湖から解放される。部屋にいるときも外で遊ぶ時も美湖がついてくるからだ。
(トージがミーコの相手をしてくれたら、一人で外に遊びに行ける。ママにも怒られないだろう)
正史はそう思うと少しほっとした気分にもなった。