私はここに
「遂に!ついに俺は!念願の一人暮らしする資金が溜まったぞ!」
「まじか!やったな広樹!」
「こりゃ一人暮らし始めたらすぐに行かなきゃなぁ!」
「いや、お前らはいれないからな」
「「何でだよ!」」
「だってお前らはしゃぐじゃん、近所迷惑ですぐに追い出されたらたまったもんじゃねぇ。」
「「偏見が酷すぎる!!!!」」
「事実だろ!」
「くそう、こりゃもう仁と二人暮らしするしかねぇな」
「いいな隆弘!すっか、二人暮らし!」
そう言い仁と隆弘はガシッと握手した。
「仲良しか!」
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一人暮らしする物件を前にワクワクを隠せない。
「ここが俺のエデンになるのか…」
感慨深かそうにそう呟き自分の部屋に向かった。玄関の前に立ち意気揚々と自分の苗字である『河村』と書かれた紙をインターホンの上につけ、鍵を取り出す。
「…長い道のりだった…やっとたどりついたぜ…」
鍵を開けゆっくり噛みしめるようドアを開ける、すると中に知らない少女がいた。
「………………」
無言でドアを閉め、部屋番号を確認し、またドアを開ける。
「…………………………どちら様ですか?」
「あんた、私が見えるの」
こうして僕の人生の中で最も長いようで短い一ヶ月が始まったのだ。
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一体誰なんだ…そんな疑問を整理するために正座して思考を巡らせていた。謎の少女は気だるそうにベット上で寝転がっている。
「なんだよ…この状況…まじで…」
「何ボソボソ言ってんのよ、気持ち悪い」
「初対面で気持ち悪いはないだろ!」
「急に大声出さないでよ、気持ち悪い」
「あー気持ち悪いて二回言った!気持ち悪いて言ったほうが気持ち悪いんだぞ!」
「ハイハイ、じゃ出てって。ここ、私の部屋だから」
めんどくさそうに言いながら手をしっしっとしてきた。
「何言ったんだよ!ここは俺の部屋だぞ!てか今更だけどお前誰だよ!」
「私?私はユキよ、あんたは?」
「ああ、俺は河村広樹、よろしくな…じゃなくて!」
「ほんっとにうるさいわね!気持ちの悪さカンストしたわよ!」
流石にカチンときたから立ち上がり対抗の意思を示す。
「気持ち悪いばっか言いやがってこの毒舌女!品性のかけらもねぇな!」
それに呼応してユキも立ち上がり応戦する。
「あー!女の子に向かってなんてこと言うのよ!この不法侵入者!」
「待て待て!ここはもともと俺の部屋だぞ。不法侵入者はお前だろ!」
互いに睨み合い少しの間ができる。ふと目線の端に移った鏡に目がいくが、そこにはユキの姿が映っていなかった。
「お、お前まさか…幽霊?」
「そうだけど?」
ユキが幽霊だったことを知った広樹の顔は引きつっており、体はわなわなと震えている。
「まじかよ…俺のエデンは…事故物件だったのかー!」
「うわ、こいつまた叫んでる。気持ち悪。」
「なんだそりゃ!ここが事故物件なんてどこにも書いてなかったぞ!Goog○e先生にだって!」
「当たり前でしょう。今までバレないように追い出してきたから」
「はぁ?今までどうやってきたんだよ?」
「この部屋を使う人の目覚まし時計のアラームを鳴らないようにするとか、夏に暖房しか使えないようにするとか?証拠も残さないようにしてるし」
「やり方が陰湿過ぎる!てかそれで出ていくのかよ!」
とりあえず落ち着くように咳払いをする。
「で、なんでここに残り続けてんだよ、なんか未練でもあんのか?」
「あんた、デリカシーてもんがないの?いきなりそういうこと聞くなんて」
「そんなのどうでもいいね、今は一刻も早く俺のエデンを取り戻さなければならないからな」
「あんたねぇ…」
呆れた顔をして、ため息をつかれたが、気にしない。
「まぁいいや、今まで通り追い出すだけだし」
「はぁ〜ん、俺がそう簡単に出てくと思ってんなら大間違いだぞこのアマ!」
「何ですって!品性がないのはどっちよこの妖怪叫び男!」
騒がしい喧騒はしばらくこの部屋に響き続けた。
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「ヤッベェェェェェ!遅刻だ!あのアマやりやがったなちくしょう!」
「あいつ結局何の未練を残してるか言わなかったし!目覚まし止めるし!」
結局講義は遅れてしまい、すでに休み時間になっていた。
「お前が遅刻とは珍しいな広樹」
「一人暮らしでたるんでるんじゃねぇの?」
「うるせ〜、これは俺のせいじゃねぇ」
「じゃあ、誰のせいだよ」
「俺の部屋にいる何か」
「何言ってんだこいつ…」
「厨二かよ」
「今度からテストの時ノート見せてやんないからな」
「おいおい冗談だぜジョニー間に受けんなって」
「そうだぜジェイ↑ソン↓」
「お前らが何言ってんだよ」
「かぁ〜人が心配してやってんのにこいつは!」
「心配しただけ損だぜまったく…」
「いいよぉ〜」
「おっとォ」
「よしキタァ」
「ははっほんと何言ってんだよお前ら」
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「なんだまた来たんだ。もしかして私のストーカーなのあなた?」
「また来たも何もここは俺の家だ!てか幽霊にストーカーなんてするか!」
「はいはい、相変わらずうるさいわね」
「ていうかお前!朝はよくもやってくれたな!お陰で遅刻したぞ!」
「アレレェ〜昨日あんなに大口叩いてたのに、何の対策もしてなかったの〜」
「くそ、いい笑顔で言いやがって…今回はたまたまだ!」
「ふーん、なら出て行くまで繰り返すだけよ」
「お前が諦めて成仏するまで意地でも残ってやるからな」
「はぁ…私は成仏しないわよ」
そう言うとユキは少し悲しそうに、そして寂しそうにどこかを見つめていた。
「そうかよ」
「私の…居場所は…ここしか…」
「ん?なんか言ったか?」
「え?何?幻聴でも聞こえたの?病院行ったら」
「幽霊のお前が言うな!」
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お風呂のお湯が水に変えられており、気づかずにシャワーを浴び、全身に冷たい感覚が流れる。
「冷たっ!あの野郎!お湯を水に変えやがったな!」
「アッハハハハ!ザマァないわね!」
風呂あがりにカップ麺を食べて気分でも直そうしたが、食べようとした時にその様子をニヤニヤした視線を感じる。至福の時間を邪魔されたくないから無視することにした。
「最高だよなぁUF◯〜やっぱこの濃いソースがたまんねぇんだ〜」
麺を口にした瞬間咳き込んでしまった。
「ゴホッゴホッ!テメェ何入れやがった!」
「当てたら教えてあーげる♪」
朝アラームのなる時間が近づいてるのを見て目覚まし時計のアラームを切りクスクスと悪魔のように笑う。
ピピピピッ!と布団の中から聞こえないはずのアラーム音が響いて、広樹は飛び起き渾身のドヤ顔にを披露する。
「残念でした!俺は目覚まし時計を二個持ってんだよ!」
「なんで持ってんのよ…」
気持ちのいい朝だ、今日の講義の準備も万端…と思っていたが……
「あいつ!俺のレポートに落書きしてやがる!」
「そこ、うるさいぞ」
「どうした、講義中に雄たけびあげて?」
「叫びたいならこの後カラオケ行くか?」
「いかねーよ。くそ、ボールペンで書いてやがる」
講義も終え、家でくつろいでいるとスマホをいきなり奪われてしまった。
「なーにしてるの!」
「ちょ、何すんだテメェ!」
スマホからパシャッと音がする。どうやら写真が撮られてしまったみたいだ。
「げっ、写真とっちまった…てかお前…写ってねぇじゃねーか!」
「何?心霊写真でも欲しいの〜?」
「いらねーよ!」
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「ああ、あんたか、ただいまー」
「なんでお前がただいまなんだよ。普通は俺が言うセリフだろ?」
そう言いながら疲れを癒すためにアイスを食べようにと冷凍庫を開ける。
「あれ?買っておいたアイスがない」
「ああ、あれ?冷蔵庫に移しといたわよ」
「嘘だろお前!」
ガバッと冷蔵庫を開けるとそこには溶けてるアイスが。
「やっぱ溶けてる!ってあれ?買ってたプリンもない」
「また食べたいから買っといて〜」
をお前!なんてことを!」
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朝。ユキは今度は布団の中のアラームも消し、携帯のアラームも消しそこらへんに隠してある目覚まし時計ののアラームを切る。
ピピピピッと音がして飛び起きる意気揚々と広樹が飛び起きる。
「フハハハ!目覚ましは枕の中にもあるんだぜ!」
「プップフフ…知ってるわよ、だから時間ずらしてセットしておいたの!」
「は?嘘だろお前!遅刻だァァァァァァァァァ!!」
「アッハハハハ!!!!」
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「お前、この頃大丈夫かよ」
「スッゲー疲れた顔してるぞ」
「なんだお前らか…大丈夫だ、問題ない」
「なんだとはなんだ、なんだとは」
「お前ってやつはいつも…まったく、なんかあったら相談しろよな」
「そうだぞ、俺たちの仲なんだからな」
「ははっ、そりゃ頼もしいな、お前らじゃなかったら」
「「なんでだよ!」」
「じゃ、この後用事あるから」
「用事ってなんだよ?」
「新しい目覚まし時計を買いに」
「あいつほんとに大丈夫かよ…」
「心配だよな…」
「だって…」
「なぁ…」
「「毎日目覚まし時計買いに行ってるしなぁ」」
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「帰ったんだ、ただいまー」
「なんでお前がただいまなんだよ、逆だろ普通」
「あー、プリン食べたいー」
「なぁ、お前の未練ってほんとになんだよ」
「あんたには関係ないでしょ。」
「いい加減にしろよ!お前!」
「関係ないもクソもあるか!ずっと正体も何も分からない奴と一緒いるこっちのみにもなれよ!」
「それは…」
「だいたいお前は!いつも大事なことだけはぐらかす!訳ぐらい教えてくれたっていいじゃないか!」
「……あんたには…あんたには関係ない!ここは私のたった一つの居場所なの!嫌ならあんたが出て行きなさいよ!」
「嫌だね!ここは俺のエデンだ!」
「なんでそんなに私の未練が知りたいの?知ったところでどうするの?」
「そりゃお前、俺が力になれることならなんでもするさ」
「なんでよ…なんであんたは…」
「ここは俺のエデンだ。一刻も早く平和に過ごしたいんだよ、俺は」
「やっぱり、あんたはあんたね。」
「うるせーよ、まぁ俺からしたらお前は妹みたいなもんだからな」
「はぁ?なんで私が妹なのよ。普通姉でしょ」
「は?お前みたいなわがままな奴が姉はあり得ないね」
「あんたねぇー!」
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「あいつ、結局未練についておしえてくれなかったな」
「あ、いたいた」
「おーい、広樹ー」
「なんか用か?仁、隆弘?」
「今からカラオケ行こうと思うんだけどさ」
「お前も来ねーか?」
「ワリィ、今調べたいことあってさ」
「そっか、ならもちろん俺たちも手伝うぜぇ!」
「一人より、三人でしょ!!」
「ははっ、助かるよ。ありがとな、お前ら」
「な、嘘だろ…あの広樹が…」
「デレた…」
「デレてねぇよ!なんなんだよお前らは!」
「まぁそんなカッカッすんなって」
「そんな君には」
「「飴ちゃんあげちゃう」」
「いらねーよ!」
その場に三人の笑い声が響き渡る。
「で、何を調べればいいんだ?」
「今、俺がすんでるところで昔になんかしらの事件がなかったか」
「どうしてそんなこと調べんだよ?」
「実はな…」
今の状況を二人に話した。普通は冗談だろうと笑い飛ばされるような話だと思うが二人は真剣に聞いてくれた。
「なるほどな、つまりその幽霊に成仏してもらうために手掛かりを探してると」
「お前もいろいろ大変だったんだな」
「お前ら、信じるのか?」
「だって、なぁ?」
「この頃のお前、いろいろおかしかったな」
「お前ら…ほんとにありがとな…今度なんか奢るよ」
「あ、あの広樹が…」
「一日で…二回もデレた…だと…」
「こりゃ嵐が来るぜ…」
「なんでだよ!雰囲気ぶち壊しだチクショウ!早く調べるぞお前ら!その後はカラオケだ!」
「よーし、広樹の奢りだー!」
「よっしゃー!早く済ませるぞー!」
「お前らー!」
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「あー、久しぶりに歌ったなー」
そうポツリと呟くと、広樹は今日調べてわかったことを思い返す。
(今日調べてわかった、あいつがあの場所にこだわる理由も全て…いや、わかったわけじゃない…これは憶測だ。でも、そんな気がする…今日、あいつに直接聞くしかない。ちゃんと向き合うんだ。この選択が間違ってたとしても…)
家につき、ドアを開け、ユキの姿を捉える。
(俺は、自分の信じた道を進むだけだ)
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「遅かったわね。ただいまー広樹。…?どうしたのよ、ずっとつったってて…」
「話がある、ユキ。いや、神城雪、お前の過去についてだ」
「…は?なんで?なんで…私の名前を知ってるの…それに過去の話って何?あんたがなんでそんなことを知ってるのよ!」
「今日調べたんだ。この場所で何か事件がなかったかをな。普通はここに入居するときに、昔なんかしらの事件があれば説明するだろうが…ここの大家はそれを隠してたらしい。ずっとここは誰も入居しようとは思わなかったんだろうな…」
「……………」
「神城雪という幽霊がいるからな。お前は昔、ここで一人きりで死んだ。誰からも見つけてもらえずにな…」
「うるさい!!うるさい!うるさい!うるさい!」
「だってそうだろ、お前は家族からも友人からも捨てられたんだからな」
「ち…がう、違う!私は…捨てられたんじゃ…」
「違うのはお前がここを特別に思ってることだ」
「ずっと逃げてきたお前が、一人この部屋という殻にこもってたんだ。そしてそのまま死んだ」
「あんたに私の何がわかるの!勝手なこと言わないでよ!」
「事実だろう、ここしか逃げ場がなかったからな、お前は…」
「ち…がう…」
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ユキの過去を調べる過程でいくつかのことがわかった。ユキは父親から虐待を受けており、母親はそれを黙認していた。
「クソが、仕事がうまくいかないのは全部お前らのせいだ」
「あんたがいるせいで!あの人がああなったのよ!」
母親も父親のようにユキに暴力をふるっていた。それは変わってしまった父親への苛立ちからだろうか。
「あんたなんか…あんたなんか!産まなきゃ良かった!」
そして、友人達に相談することなくこの時間が過ぎて行った。友人達と会える学校はユキの唯一の救いだっただろう。しかし、その日常もすぐに終わりを迎える。父親の会社が倒産したのだ。
「クソが!クソがクソがクソが!これも全部お前らのせいだ!」
「あんたが働いて、うちにお金入れるから今まで黙ってたのに!仕事を無くした理由まで私のせいにしないでよ!」
ユキはちょうどそこに帰ってきて、見てしまった、この喧騒を。そして無慈悲にも、矛先はユキに向かう。
「お前のせいだ!お前という疫病神のせいで、俺はこんな不幸な目にあったんだ!」
「そうよ!あんたのせいよ!何にも出来ない木偶の坊のくせに、ずっと澄ました顔でいて!鬱陶しいのよ!」
次の日の朝、父親も母親もいなくなっていた。ユキは一人、取り残されたのだ。親戚はユキを引き取ることを拒否した。
「なんで俺が、お前みたいなろくでなしの子供を!引き取らなきゃならないんだ!でてけ!」
少額のお金だけ渡して、どこか借りて住むように言ってきたのだ。今の広樹の家の前に立っているユキ。そして、中に入り自分の部屋になるものを見つめている。
そして久しぶりに学校に行くと、根も葉もない噂が広まっていた。ヒソヒソ話がいたるところから聞こえる。
「あいつの父親、金だけ持って逃げたらしいぞ。」
ユキは真っ直ぐ自分の友人達の方へと向かっていく。
ユキ「久しぶり、みんな!」
無理に笑顔を作って話しかけるユキ、しかし友人達の顔は曇っていた。
「ユキさ…あの話は本当なの…?」
「…うん、本当だよ。でも大丈夫!新し…」
「あのさ!…もうわたし達と関わらないでくれる?」
「わたし達まで周りに変な目で見られたくないからさ」
残酷にも放たれた言葉は宙を舞っている、それを受け止めるのはユキしかいない。再び笑顔を作って答える。
「…うん。わかった!ごめんね。今までありがとね!」
こうして両親からも友人達からも見放された。家に帰っても誰もいない、ユキは一人ベットの上でうずくまって泣くことしかできなかったんだ。
「誰か…誰か!わたしを…助けてよ…。」
そしてユキは一人、誰にも見つけられずに死んだ。それがユキの過去だ。これ以上は知らない。でも、それでいい。なら、俺は一人になってしまったユキに———
——————————————————
「仕方がなかったとでも思っているのか?お前?」
「そ…うよ…、そうよ!仕方がなかったのよ!私がいたから!「私さえいなければ!お父さんもお母さんもみんなも!」
「それも違う。それも違うんだユキ。あのな、この世には生まれて来ちゃいけない人間なんていないんだよ」
「じゃあなんだって言うのよ!私がいたから…」
「違うって言ってるだろ!お前は死ぬ時もそうやって自分ばかり責めてたんだろ!どう考えたってお前は悪くない!父親はうまくいかないことを人のせいにして!母親はそれを黙認していた!友人達だってそうだ!みんな自分のことしか考えてなかったんだ!だけどお前は!お前だけは!ずっと…ずっと周りのことを考えてた!」
「…」
「なんでそんなお前が、こんな目にあわきゃなんねぇんだ!お前は報われていいはずだろうが!」
「なんなのよ…ほんとなんなのよあんた、散々言いたい放題言って…結局何が言いたい訳?」
「神城雪は死んだ。だけど、河村ユキはここにいる。」
「……え?」
「お前と会って一ヶ月、色々あったが楽しかったそう色々あったんだよ、ユキ、お前はちゃんとここにいるんだ言っただろ、お前は俺にとって妹みたいだって。お前と俺は兄妹だ。だからここは俺たち兄妹の家なんだよ」
「ふふっ何よそれ。ねぇ、私は…ここにいていいの…?」
「ああ、ここが俺たちの居場所だ」
「私は…ここにいていいんだ…やっと見つけた…私の居場所…」
「俺はずっとここにいる、だからお前の居場所は永久になくならないさ」
「ありがとね、広樹」
「なに辛気臭こと言ってんだよユキ後…お兄様、な」
「なに言ってんのよ、私の方が年上に当たるんだから、あなたが私のことをお姉様と呼びなさい」
「なんだと!お前みたいにプリンばっか食ってるやつを姉と思うか!」
「美味しからいいじゃない!ていうかあんた!さっきまで、この世には生まれて来ちゃいけない人間なんていないんだ!ドヤッ!なんて痛いこと言ってたくせに!」
「もうさっきのことはいいだろう!あれはあれだ!熱くなって的なやつだ!」
「………」
「………」
「…ふっ」
「…くっ」
「あははは!やっぱりあんたはあんたね!」
「はははは!お前もお前だな!」
ユキの体が光の粒となり、少しずつ消え始めてしまう。俺は無意識に手を伸ばしてしまうが、その手を握りしめてどうにか笑顔になろうとする。
「…ねぇ広樹、今日帰ってきた時、いつもみたいに私のボケ、返してくれなかったったよね…」
「ああ、そういやそうだったな。てかいつもわざとだったのかよ」
「うん、昔見た漫画とかのさ、そんなくだらないことができる関係に憧れてたんだ。だからさ、最後にやらない…あの流れ、あれがないと成仏できないかも」
「…そうだな。それに、あれがないと帰ってきた気しないし」
「ありがと」
「おう」
ユキはとびっきりの笑顔を俺に向けて、その目尻には大粒の涙が溜まっていた。
「広樹、ただいま」
だから俺もとびっきりの笑顔で応えてやる。なんたって俺は、ユキのお兄ちゃんだからな。
「お帰り、ユキ」
ユキは少しびっくりしたように言葉を受け止めた。そして、目から涙が溢れ出す。
「うん!ただいま!ただいま!」
「ああ、お帰り、お帰りユキ」
ユキの体はもうほとんど薄くなっている。もうこれが最後になるかもしれない。
(そうだ…ここが私の居場所だったんだ。ここにはちょっと頼りない兄妹がいる。でも…それで十分。だってここに、いつでもいていいってことだからだ。だから私は…)
ユキは涙でぐしゃぐしゃになった顔で最高の笑顔を作り最後の言葉を送る。それはお別れの挨拶ではなく…。
「行ってきます!広樹!」
そういうとユキは消えていった。俺は手を伸ばす、その光の粒をつかむように。
「ユキ!あいつ…最後まで…ほんとに…」
今まで我慢していた涙が、急に目に溢れてくる。そしてさっきまでユキがいたところを見つめて、無理に笑顔を作り答える。
「行ってらっしゃい、ユキ」
——————————————————
これが俺の短くて長いような一ヶ月の話だ。
俺がただ、一人の少女に出会って、そして別れただけだいや、別れたと言う言い方はおかしいのかもしれない。俺はあいつを見送っただけだ。またポッと帰ってきて、俺のプリンを食べ、何気ない…そしていつも通りの会話を交わすだろう。
「なーに、ニヤついんだ!広樹!」
「おーう、広樹!エロいことでも考えてんのか!」
「考えてねーよ!たくっお前らは…。」
こいつらのお陰で、ユキと向き合うことができた、この借りはいつか返さないとな。
「昨日は助かったよ、仁、隆弘。お前らのお陰で…」
「何辛気臭いこと言ってんだよ!」
「俺たちは三人で一人みたいなもんだろ、だから礼なんていらねーての!」
「お前ら…」
「頑張ったんだな、お前は」
「子供扱いすんなよ、俺は…。」
「…よーし!今日は俺の奢りだ!飯いくぞ!飯!」
「やったー焼肉だー!」
「仕方ねぇな、俺の財産、解放してやんよ!」
「さすが仁だぜ!俺にできないことを簡単にやってのけるゥ!!!」
「そこに痺れるぅ〜」
「「憧れるぅ〜!!!!」」
「何やってんだよお前ら」
「な、お前これがわかんないのか…」
「はいはい、さー食うぞ!お前の財布ん中空っぽにしてやる!」
「了解した(イケボ)」
「君たちはこんな老人にたかるのかね?(おじさんボイス)」
「ははは!仁、隆弘!やっぱりお前ら最高だ!」
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「あ〜、今日は食ったな〜」
その画面にはユキがいたずらで撮っていた写真が、そこには広樹の姿しか写っていない。
「俺はここにいる、ずっと。いつでもあいつが…ユキが帰って来られるようにな」
スマホを置き、周りを見渡す、そこにはたくさんの目覚まし時計やプリンの殻があった。それに懐かしいを感じ、噛み締めるようにゆっくりと目を閉じた。その時聞こえないはずのユキの声が聞こえた。
「ただいま、広樹」
ガバッと起き上がり周りを見渡すが、ユキの姿はない。
「ユキ?」
そして、置かれたスマホを手に取る。そのスマホの画面には、写っていないはずのユキが一緒に写っていた。だから、俺もはあの時のように笑って言ってやったんだ。我が儘で寂しがり屋で、たった一人の妹に。
広樹「おかえり、ユキ」