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9.ナイアド



【夢メモ】

ナイアド

 ギリシア神話の水の精霊(ニュンペー)の種族。ナイアドがいる泉や川の水を飲むと、病気が治る。冒涜すると病気・気狂いの呪いを。有名どころはお喋りが過ぎて舌切り後冥府に連行されたララや、産んだ子供が有名なクレウーサ(ケンタウロスを産んだスティルべーと、月桂樹になったダプネ)。





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 同僚への紹介の後に、レイと仕事について話し合う。メリーは話せないが。


 レイことレイモンド・カルスは家令だという。


(秘書か補佐みたいなものかな? 一緒に船に乗ってたけど。カバン持ち?)


 新しく築城されて完成間際のこの城は人手不足であり、彼が侍従のように主人に付き従っていたのもそのためだったらしい。


(いや、言葉が分からない人間にそんな事情を説明されても理解できないでしょう。っていうか聞き取りはできること、バレてる??)


 紙は潤沢にあるようで、図作画には自信があるメリーは色々書き込んだ。結果1週間が7日であることを確認し、メリーは土曜日の休みを勝ち取った。


 メリーに与えられた仕事は、具合の悪い伯爵夫人の看病役だった。看病役といっても、看護ではなく話し相手だという。子供が3人いるのならばそちらに頼めばと紙を指さし首を傾げても、日本人ばりの曖昧な微笑みでスルーされてしまう。


(もしかしたらわざわざ私のために簡単な仕事を捻り出してくれたのかもしれないな。)


 好都合なことに、部屋は昨日寝た所を一人で使っていいらしい。食事は三食食堂で。服はとりあえず使用人たちの古着をもらえる。当主家族に会う時は、仕事着として少し良いワンピースが貸してもらえるそうだ。衣食住至れり尽くせりだった。


(ちょっと手厚すぎて怖いくらいだな……。青髭みたいに恐れられてて人が集まらない、とかじゃないよね??)



 ∝



 メリーはそのまま当主家族の昼食の席に連れ出された。


「メリー、です。」


 メリーの事情の説明はなしに、続いて家族の紹介がなされる。次男ギドン10歳。くすんだ金、というよりは黄土色の髪。長女アデライード12歳は赤い髪。赤毛ではなく赤の髪だ。嫡男ジョフロアは14歳、青い髪。


(遺伝の法則どこいった?)


「そしてこちらがアンジェ伯爵フルク様です。」


 レイの紹介を聞いてメリーは目を見開いた。


「は、はく、しゃく……」


(マジで人殺し城じゃあるまいな……)


 メリーが恐れおののくのを別の意味に取った伯爵は、貴族的というのか目が笑っていない微笑で「年も近そうだから困っていたら助けるように」と子供たちに言って席を立ち退室する。それを受けた子供たちはちらりと視線を寄こしただけで無反応だった。アンジェ伯爵家はまさに貴族らしい家だった。


(そういえば伯爵夫人どこいった??)





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 次の日にメリーはようやく伯爵夫人に会うことができた。名前はジェルベルジュ・アンジェ、30歳。儚い美女で髪はギドンと同じ黄土色。毎食部屋で一人で食べているそうだが、周りを侍女が取り囲み、別段寂しそうなそぶりもない。


(30って息子と同じ年くらいじゃん。それで14歳の子供がいるってことは16で産んだんだ……。貴族はそんなものかな?)


「メリー、です。」


 メリーが喋れないこと、言葉があまり理解できないことは説明されているようで、その程度の自己紹介でも咎められなかった。つまりは当初の予定通りの話し相手になることもできないのだが、メリーはまるで伯爵からプレゼントされたお人形のように扱われる。髪をすかれ、着替えさせられ、果物を口に運ばれた。


(中身が合計68歳には辛いものがあるな……。まあ魚類時代の意識はほとんどないから52歳でもいいけど。)


 この部屋に子供は近づかない。夫も近づかない。数日過ごした実感と、言葉が分からないからと油断した夫人と侍女たちが話すのを小耳にはさんだ情報だ。夫人も元は別の伯爵家の令嬢であり、侍女たちも実家から連れてきているらしい。



 ∝



 メリーの看病役は名目上で、夫人は寝込むような病気にかかっているわけではない。ただ食が細く虚弱だった。


 伯爵夫人の食後に許可をもらって残りを一口食べてみると、貴族料理は油っぽくクセがあって味が濃かった。和食に馴染んだ元日本人としても、淡水の元魚類としても、胃が重くなり舌が痛くなる味だった。


 使用人用の食事もメリーには塩辛かったが、高価な調味料や香辛料が入っていないのか、夫人の食事よりは刺激が少なかった。その上、それでもあまりのしょっぱさに食べた後で舌をベーっと出して水をガブ飲みしているところを見られ、次から子供用だという食事を用意されたのは余談だ。


 メリーは一度、自分用の子供味の食事を伯爵夫人の部屋に持参して、少々あざとくも、あーんして食べさせた。侍女のお姉サマに咎められたが、夫人がいつもより沢山食べられたことに驚いて不問にされた。そこから夫人の食事はオイル&香辛料&塩分カットになったようだ。余分なものが入る余地のない、シンプルな味付けに辿り着いた。



 ∝



 伯爵夫人は貴婦人らしく部屋に籠もって動かない。夫人が不健康なのは必然だった。あざとい作戦2で庭を指さし散歩をねだって毎日の運動時間を確保した。


 更に夫人は貴族らしく子育ては乳母任せ、今は家庭教師任せだった。それでもメリーには言葉を教えてくれる。上手にできると褒められて、頭を撫でられ、頬ずりされる。オキシトシン効果なのか自然に笑っている。たまにハグもしてくれるので、メリーは次の土曜が楽しみだった。そういえばおかんメイドにも抱きしめられていた。


 散歩に出る際に、夫人はおしろいをべったり塗っていた。しかしこれもあざとい作戦その3でやめてもらった。外でも頬ずりをしたいからと言って。



 ∝



 そんな中、メリーが気になっていたのが夫人のワインだった。毎食結構な量を飲んでいる。水が良くない環境だと代わりにワインを飲むようなことを聞いたことがあったが、それにしても飲み過ぎだ。アルコール濃度が低いのかとおねだりしてみたが、大人になったらねと断られた。


 その流れでメリーは自分が16歳だと訴えてみたが信じてもらえない。魚顔の恩恵は侮れなかった。


 仕方なくメリーは次の作戦に移った。裸を見た責任でレイに成人を証言させ、依頼した美しい陶器のゴブレットを受け取った。それを夫人の使う金属のものと交換してもらったのだ。あざとい作戦4である。


 どうやらその金属のゴブレットは伯爵にプレゼントされたものだったらしく、メリーに甘い伯爵夫人もすぐにはうなずかなかったが、最後には無事ゲットした。


 メリーの前世の記憶によると、蒼白色の光沢に精巧な彫刻のなされたそのゴブレットは、アウトだった。錆止めとして広く塗料などとして使用されていたが、現代日本では健康被害のために回収が進められていたもの。鉛だ。確信はないが、同じ理由でおしろいの使用も止めていた。




 光にあててゴブレットを真剣に観察しているメリーを見て、夫人は目玉が飛び出るような提案をしてくれた。


「メリーが16歳だというならば、わたくしの代わりに旦那様をお慰めしてくれないかしら? 第2夫人として丁重に扱いましょう。そうすればそのようなもの、いくらでも手に入るわよ?」


 鉛のゴブレットに執着して強奪したのを、違うように取られたらしい。必死で首を振るメリーに、夫人は優しく諭すように続けた。


「わたくしは体調も良くないから、旦那様のお相手をするのは難しいの。でもどこぞの野心溢れる女を引き込まれるくらいなら、わたくしのことを好いてくれているメリーがお相手をしてくれた方が、正直とても助かるのよ。」


 意外と夫人も打算的だった。


 それにすっかり忘れていたが、メリーは王子サマに愛をもらわねばならなかったのだ。王様の息子という意味での王子様は別の所にいるらしいが、城に住んでいるのだから伯爵でもいいのかもしれない。


 もっと言えば人魚姫の相手は王子様だが、メリーはニブアンに相手を指定されていなかった。そもそも愛を得るうんぬんは弟である真からのみの情報であったのだが。


(このまま伯爵の愛人になれば呪いが解けて魚に戻らなくて済むのかな。)


 前世の夫と結婚するまではそれなりに恋多き乙女だったメリーも、おかんメイドと伯爵夫人のハグの結果を待つまでは、安易に愛人にはなりたいとは思えなかった。





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【夢メモ】

青髭

 妻たちを次々に殺す金持ち。その類話の「ひとごろし城」の主人は伯爵。


 酸化防止剤や甘味料として使われた歴史があるが有害。



2022.10.7 初稿


【完結済み小説のご案内】


ララについては『吟遊詩人』へ

ダプネについては『乙女』へ


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