8.人魚姫
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【夢メモ】
人魚姫
追:人の足と引き換えに声を失う人魚の姫。アンデルさん版だと歩くのも激痛。失恋確実の姫に、姉が髪を対価に得た短剣で王子殺害を指示。
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紹介するにも名前しか分からないため、とりあえず恰幅のいいオバちゃんメイドに引き渡された真鈴改めメリーは、夢うつつのままに全身を洗われた。
手が生え始めた頃から伸ばしっぱなしの波うつ髪は、膝裏ほどの長さだが不思議と傷んでいない。一方白砂のような色の肌には、枝による引っかき傷と川の漂流物に当たってできたアザがあった。
突然上司に抱きかかえられて、城の主人と共にやってきた少女にメイドたちは思う所もあったが、その姿を目の当たりにして絶句した。後で事情が説明されるまでは主人たちに疑いの目を向ける者までいたくらいだった。
その後説明された事情も、川で溺れていた・服を着ていなかった・言葉が通じない・なんとか聞き取れた名前はメリーだ、ということしかない。
そうなると使用人たちの想像も膨らんでいく。
この大陸で人の言葉は共通だ。それゆえ、妖精に幼い頃に取り替え子されて戻ってきた説。そもそも人じゃない説(正解)が挙げられた。
次に、これほど長く髪を伸ばすのは貴族のみなため、幽閉されて一切の教育を与えられずに育った説。
他には、伝承にあるような別の世界から来た人間説(半分正解)。主人が愛人にするために攫ってきたのを誤魔化すために喋らせない説などもあった。
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今世初の寝間着を着て、一晩ぐっすり眠ったメリーが目を覚ましたのは夜明け前だった。
(あれ? ベッド……。一瞬前世に戻ったかと思っちゃった。確かイケメンに拾われて、自己紹介にうんざりして、お城の中に入って……言葉が通じないんだった!)
メリーはベッドから出て、部屋をぐるぐる歩き回った。
「あぁ神様仏様お天道様……夜だしお月様も……ってデカっ!」
今世は暗くなったらすぐ寝ていたので、夜空をろくに見ていなかったから気付いていなかったが、地球に比べて月が異様にデカかった。
「いかにも異世界……。はぁ〜。言葉が通じないでどうやって王子様の愛を得るの?? えっ、人魚が喋れないってエラ呼吸うんぬんじゃなくてこういう?!」
メリーは頭を抱えた。
「いやいやいや、言語が違うとかじゃなくて、お話では足と引き換えの魔法だよね? っていうかこの世界、海の魔女とかいるの? いや私、淡水魚だし!」
メリーは髪を掻き回した。
「はっ! 髪を魔女に渡してゲットできる短剣は?? 返り血を浴びれば……いや人魚にはもともと週1で戻れるし。むしろ早く人間になりたいし。っていうか今の問題は言葉だし!」
メリーは髪を掴んだ。
「願掛けしよう!」
部屋にある机の引き出しを次々あさってハサミをゲットしたメリーは、一房肩くらいまで髪を切り、細いみつ編みを作った。それで自分の髪の中ほどを括り、全ての髪を肩まで切った。適当にザクザク切った。
「うわぁ、長い黒髪の束ってなんかくるわ〜きっとくる~呪いの……。いやいや! 平安時代なら美の象徴ですよね。黒髪上等ですとも、はい。」
祭壇代わりの机の上にうねる黒髪の束を置き、メリーは正座して頭を下げて手を合わせた。
(異世界で仏様は、ないよな……。海の魔女の代わりに湖のなんちゃらに祈る? なんか信仰せよとか言ってたしな……)
「神様お天道様お月様、ついでにネグレクトな自称女神のお母様。この世界の言葉が分かるようにしてください!」
「メリー? 起きたの……きゃあ! メリー?!」
そばの部屋にいた恰幅のいいおかんメイドは、ギタギタの髪で床に座り込むメリーを見て悲鳴を上げた。
「どうして髪を……月にお祈り……夫婦神に? まさか溺れたのは入水失敗? 失恋で世を儚んで川に……」
おかんメイドは口を両手で押さえながらも、妄想のつぶやきがダダ漏れだった。
「ΛΕΛλρξηρκθρ! ΦΡε!?(いや違うから! えっ!?)」
今度はメリーが口を押さえる番だった。
(日本語喋ってるはずなのに、謎言語に聞こえる……。どういうこと??)
「ΨΘ……λξΒΧΖζνπΚΗΨ?(あの……言葉は通じてますか?)」
「あぁこの子は本当に違う言葉を話すんだね。大丈夫、少しずつ一緒に覚えようね。」
「ΘΩυ……(えっ……)」
(通じてない……いや、何を言ってるかは分かる。分か……まさか?! 言葉を分かるようにしてって願ったら、分かるだけで喋れないの?? 嘘でしょ?!)
メリーは口を覆っていた手を外し、下を向いて泣き出した。
(すごい早さで願いが叶ったと思いきやこんな中途半端だなんて……)
「大丈夫だよ、ここの旦那様も奥様も優しいからね。あんたと同じくらいの年のお子様方もいるし。新しい城で人が足りないんだから、追い出されたりしないだろうさ。」
そう言っておかんメイドは膝をついて抱きしめてくれた。
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(はぁ、これからどうしよう……。聞き取れるけど喋れないって、人魚姫と同じ条件になっちゃったってことかぁ。)
あの後ザンバラの髪を切り整えてもらい、食堂で朝食を食べた。パンと玉子とベーコンという今世初の人間らしい食事に、泣きながら食べた。
周囲で囁かれる話に耳をすませば、メリーは自分の色々な生い立ちの設定を聞くことができた。
粗食で泣いたのは贅沢暮らしだったから説、逆に禄な食事をしてこなかった説(正解)、おかんメイドのタレコミで失恋入水説が新規に加わったらしい。
昨日の半分以下に短くなった髪については、捧げたということで疑問はないようだ。
メリーはいつも日本人的な神頼みをしてきたが、この世界では熱心に祈れば神様と干渉しあえるらしい。とりわけ太陽と月の二柱の夫婦神が主神とのことだった。
(どうせならもうちょっとよく考えてお願いすればよかった……。これからは愛を得て呪いが解けるように神頼みしようかな。でも藪蛇になっても怖いし、触らぬ神に……。いや、最後の付け足しがいけなかったんだ、きっと。)
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朝食が終わった後、若めの執事によって使用人たちの前に立たされた。細かい事情説明はすでに済んでいるのか話されず、単にこれからここで働く者として紹介される。
「メ、メリー……」
それだけ言ってぺこりと頭を下げた。
「よろしくお願いします、ですよ?」
執事の顔を窺いながら、メリーは言葉を繰り返す。
「よ、ろしく、おね、がいしま……すですよ?」
それを聞いた使用人一同は大笑いした。
負けず嫌いで意地っ張りだった前世のメリーは、実は内心打たれ弱い強がりで、周囲に隠していても実はバレバレな程だった。加えて孫が生まれてからは涙もろく、体が変わってもその内情は変わっていないのだった。
すなわち自己紹介を失敗したメリーは、声こそ出さないがポロポロ涙をこぼした。守るべき相手もいないし、色々あって、もう強がる気も起きないのだった。
(言葉覚えるの無理すぎる~!!)
メリーは強がらずに鼻息荒く内心で弱音を吐いていた。それが泣くのを堪えているように見えたのか、使用人たちの目が和らいだ。
この城内に黒髪はいない。貴族はカラフル、平民は茶髪が普通だ。以前、白の賢者と呼ばれた人物によって差別は撤廃されたが、多少は黒髪に対する忌避感が残っていた。それもメリーの一連の行動によって、同僚となる人々の印象は好感に傾いたのだった。
解散の後、メリーは壁掛けの鏡をマジマジと見つめた。髪は艶のある真っ黒な天パ、海藻風。目はどんぐりまなこで黒目がち。人外というほどではないが、デファインし過ぎ、というくらいには黒の面積が多い。
周囲の人々は西洋風で、顔のパーツが中央に寄って凹凸もくっきりしているのに比べ、鼻は低くて目は離れがちに丸く大きいメリーの顔は、同僚たちには幼子のように映っていた。
(山のない四字型の唇……象牙色のウロコもそうだけど、なんかうちで飼ってた鯉に似てるかも。ちょっと鏡の歪みが酷いけど、この顔、人間じゃないってバレないかな。まつ毛はバサバサで、ギリ可愛いと言えなくもない……かな?)
自分の顔を鏡に近づけてじっと見たり、鏡の表面を撫でて歪みを確かめたりしている姿は、初めて鏡を見た人とされ、再びメリーに色々な説が浮上するのだった。
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【夢メモ】
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数学の比例記号(proportionality symbol)。魚っぽく……ないでしょうか? ヒレいヒレい。
2022.10.6 初稿
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