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6.河童



【夢メモ】

河童

 日本の妖怪、または水神。全身緑色。頭に皿、背には甲羅。姿は猿に似ている。泳ぎが得意。どんな達人でも失敗することがあるということわざ→河童の川流れ 類語→猿も木から落ちる、竜馬の躓き、不沈船タイタニックの沈没、人魚の溺沈





∝ ∝ ∝ ∝ ∝ ∝ ∝ ∝ ∝





「あ~♪ ゆく川の流れは絶えずして〜しかももとの水にあらず〜♫ よどみに浮かぶうたかたは〜かつ消え〜かつ結びて〜♪ 久しくとどまりたるためしっなし〜」


 すっかり泳ぐことを諦めた真鈴は、再び仰向けで流されながらご機嫌で諸行無常な歌を歌っていた。その呪文のような調べが、霧の中で川をゆく漁師たちを恐怖に陥れていることなど思いもよらなかったが。


「さっきから川っぺりに何個もお城が見えたような気がするんだけど……まあこのまま流されれば海に出るんじゃないかな。」


 脳天気な真鈴の願いはここに潰えることとなる。怪しげな歌声に恐慌した川漁師たちが死に物狂いで船を漕ぎだしたのだ。


「ガボっ! カンバーック……かんばっーくエラ! ゲブっ! せめて戸板を〜ごぶぶぶぶ……」


 生み出される波に、水面を上下する顔。必死にもがくも水かきのない指、バタついてもヒレのない足の抵抗は虚しく、あわれ真鈴は大河の流れに呑まれていったのだった。






∝ ∝ ∝ ∝ ∝ ∝ ∝ ∝ ∝





「@%*&=$?」


 遠くで何かが聞こえるが、耳鳴りが邪魔してよく聞き取れない。背中に硬い地面の感触がある。


「……?」


 全身に重しを付けられたように身動き一つできない真鈴は、何とかまぶたを押し開いた。


「$%*・−;#?」


「ん……んっ?!」


 目を開けた真鈴の顔を覗き込むように、目の前にイケメン顔があった。金色の髪からは水が滴り落ち、目線を下げると半裸であった。


 耳はまだよく聞こえず、頭も働かないが、イケメンが真鈴にふわっと布を掛けてくれるのは分かった。


「水も滴る……いい、おと、こ、」


 そこで真鈴の意識は真っ白な霧に溶けていった。



∝ ∝ ∝



 肩を揺すられ意識が浮上する。背中には柔らかい感触だ。


「*#;%&=∂≪∇。」


 声を発しようとして違和感に気付き、真鈴は急速に目が覚めた。


「む〜!!」


 猿轡をかまされていたのだ。


「うううう〜!」


「$*@%∂∅≦!」


 後ろから両肩を捕まれていた。低めの良い声は頭上から聞こえる。なだめるように肩をさすられ、真鈴は自分が白いぶかぶかのシャツを着ているのに気が付いた。


 少し落ち着き周りを見ると、ここは船の上のだった。それも接岸し、荷下ろしがされているところだ。荷は建築資材だった。


 真鈴が落ち着いたのを見てとったのか、さする手が止まりトントンと2度リズムをとった。恐る恐る振り返り見上げると、先程のイケメン顔がすぐそばにある。足の上に座らされていたのだ。


「む!」


 このイケメンは地球に残してきた30歳の息子より年上のようだ。渋い。笑みを浮かべたまま、シーっと唇に人差し指を縦にあてる。異世界でも静かにしろというジェスチャーは共通だった。


「#*$≦∃‰≫>∅∆×≡&。」


 渋イケメンは理解できない言葉を発しながら、ゆっくり猿轡を外す。すかさず喋ろうと息を吸った真鈴の唇に、人差し指を押し当てた。


「%*#! #≮∅≤@。」


 真鈴は確認したいことがあったのだが、仕方なくうなずいた。それを見てにっこり笑った渋イケメンは、真鈴を立たせて自分も立ち上がり、岸の方に頭を下げる。そこには身なりの良い白髪のイケオジがいた。


 渋イケメンが動く気配があったので、真鈴も歩き出そうとしたところ、肩を掴んで止められた。振り返ろうとするとふわっと抱え上げられる。


「#*≦%∅≯≫∂∀&@*」


 何か言って足先に目をやるので、靴がないから歩くなということのようだ。真鈴としてはこの世界ではずっと裸足だったので気にしないのだが。むしろ……


「@%$∝∨⊆∧⊇∝∅」


 置いてあったジャケットで膝からお腹、お尻までを覆ってくれた。この世界ではずっと全裸だったので気にはしないが、お姫様抱っこすると……位置的に微妙ではあったのだ。


 下船して紳士に近づいて見ると、白髪の老人というには若いようだ。銀髪なのかもしれないが、前世の真鈴と同じくらいの年にも見えた。大層なイケオジであることには変わりない。


「#(≪≧∃∣∬∴⊃、∂‰∆@%*&」


 イケオジが何を言っているか、全く分からなかった。先程からずっと気にはなっていたのだが、確認するのが怖かった。シーっとされたこともあり、目を背けていた事実だ。



 人魚姫と違って喋れるから余裕だと思っていた王子様攻略。真鈴の息子が見ていたアニメでは、異世界に行っても皆言葉には苦労していなかった。


(確か転移者は特典で翻訳機能がもらえて、転生者は生まれてから祖国語を覚えるように習得する、んだっけ? 私は人間じゃないから転生でしょ? んで16年生きて育ってきたと……)


 真鈴は一度渋イケメンの顔を見て、唇に指をあて首を傾ける。すると彼はにっこり笑って首を横に振り、真鈴の指をはずさせた。


「あの……助けてくれてありがとうございます。」


 そう言って真鈴は頭を下げた。それを受けたイケオジは、笑みを浮かべたまま目線を渋イケメンに向ける。


「$*∨∫∝∋⊇∧∆、%∅#^*@、≈≦∆×÷―・ヽ々>∅≤≫?」


 目の前で渋イケメンが色々言っているが、真鈴はもう泣きそうだった。いや、泣いていた。


(やっぱり、ずっと一人だったから……)





∝ ∝ ∝ ∝ ∝ ∝ ∝ ∝ ∝





【夢メモ】

ゆく川流れは……

 鴨長明『方丈記』。つまり、あぁ無常。



2022.10.5 初稿

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