4.プレジーヌ
【夢メモ】
プレジーヌ
妖精。アルバ(スコットランド)の王と結婚。立ち会い出産のない時代に、約束を破って覗き見した夫を置いてアヴァロンで別居。3人の娘たちが仕返しに夫を山に閉じ込めると、怒って今度は娘たちに呪いをかける。
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「やめよ!」
ニヴアンによって、真鈴は沼に戻された。どうやったのかは分からないが、不思議な力だろうと真鈴は気にしないことにした。捨て身でやろうと決めたのだ。再びすぐに水から陸に上がった。
「邪魔しないで! これは身内の話です。馬鹿な弟には仕置きが必要なの! あなた、変な力があるみたいだけど何者? どちらにしても未成年を誑かすような人外には関係のない話よ!」
「ほう? ……そなたはその人外の妾の子であり、鯉の人面魚として生まれた人外なのだが? そして妾は女神である。変な力とは失敬な。」
美貌の女神に凄まれて勢いをなくした真鈴は、かつて貝の裏側で見た自分の姿を思い出した。
「こ、鯉? 緑の小魚だったのに?」
「たった16年で小魚がそこまで大きくなるわけがなかろう。あれはそなたのために置いた貝が大きかったのだ。身体の色など、好きなように変えられるわ。そなたはそういう生き物として妾が産んだのだ。鯉にしたのもそなたが生前、庭で飼うほど好きな生き物だったからだ。」
確かに真鈴は家で鯉を飼っていたが、それは生まれる前からいたからであって、真鈴が買ったものではない。
餌をやるのは楽しかったし、人面魚が流行った時にはうちの鯉にも顔がないかと、池の周りをウロウロと回ったこともある。しかし別に好きだとも生まれ変わりたいとも思ったことはない。
そう言って反論しようとした時には相手の空気が変わっていた。
「さて……お遊びはここまでだ。よくも我が夫に手を上げてくれたな。娘であろうとも許さぬぞ。……呪いを授けてくれよう!」
そう言って女神(自称)は真鈴に手をかざした。
「……? 何かした?」
そういって自分の手足に目を向けた時、懐かしい髪色が目に写った。
「どうだ? 闇に覆われし暗黒の色は? 妾に楯突いたことを後悔し、絶望に塗れるがいい!」
夫の仇討はどこへやら、少々悪役にひたっているこの女神は、ここの馬鹿姉弟といい勝負なのかもしれない。
「……はぁ? 日本人なめんな! 黒髪上等じゃないかっ!」
ニヴアンは地球ではケルトの女神であり、日本など知らない。真が金髪に染めていたこともあって、姉弟が元々黒髪であったことには気づいていなかった。
そして頭が悪いわけではないが短気で直情的な真鈴は、この呪いにショックを受けたふりをしてやり過ごす、ということができないのであった。
「な、なんと! これでもこたえぬか。それでは……うーん、そなたを……週に一日退化させる呪いをかける!」
「はぁ? 子育てなめんな! 作るよりも産むよりも、育てる方が何倍も大変なんだ! 育てもせずに退化させる? やれるもんならやってみなっ!」
どこでスイッチが入ったのか、真鈴はこれまで以上に怒り、泣きながら怒鳴り散らした。それを見た真が苦い顔をしたことには気づかず、ニヴアンは若干うろたえながら更なる呪いを考える。
「で、では! 進化する呪いもかけよう! 毎週土曜日の日の出から日没まで、そなたは退化し元の姿に戻る。そこから回数を重ねるごとに退化し続け、ついには水の泡に戻るだろう。」
「退化し続ける? 泡??」
「ただし! もしも呪いを解く方法を見つけてそれを実行できたならば、そなたは進化できる! 以上である! 反論は認めない!」
なぜかニヴアンも泣き叫びながら呪いの内容を宣言した。カオスである。言うだけ言った後、女神(自称)はさっさと歩き出した。
「姉ちゃん……あのさ、ぶっちゃけ俺自身もさ、ひどい目にあった被害者だとしか思えないけどさ。あの人のことは……義兄さんのことは悪かったよ。」
取っ組み合いの後から考え込んでいた真は、金色に戻った髪を掻き回しながら娘になった姉に話しかけた。
「あんなに早く姉さんがあの人のものになるなんて、取られるみたいで悔しかっただけでさ、姉さんに苦労かけたかったわけじゃなかったんだ。俺が釣りになんて行かなければ……」
そっぽを向いて沼に腰まで浸かっているニヴアンを尻目に、かつてない程しおらしく真が真鈴に歩み寄った。
「分かってるよ、私だって……八つ当たりだったってことはさ。2度目はともかく1度目はこんな訳わかんないところに来るつもりなかったんでしょ? 2度目だって別に、私を死なせたかったわけじゃないのは分かってるし。」
激昂していた真鈴も、静かに真を見上げた。
「当たり前だよ! ……姉ちゃんさ、一人だって立派に子育てできてたよ。姉ちゃんが死んだ後、俺姉ちゃんの息子に殴られたんだ。嫁さんにも詰られて、孫にも泣かれた。いい母さんで、いい姑だったんだろ?
だからさ……ニヴアンが迎えに来る時に、姉ちゃんの大事な家族をこれ以上悲しませないように、俺家を出て準備したんだ。ちゃんと遺書も書いておいたし。だからもう誰も湖に潜って俺を探すことはないよ。」
真はポロポロと泣いていた。
「あんた、いつも変なところばっかりに気を回してからに……。もういいから、あんたはニヴアンさんと幸せになりな。姉ちゃんは一人でもなんとかやっていけるから。」
真鈴は泣き笑いしながら真の肩をバシッと叩いた。すると真は真鈴をぎゅっと抱きしめる。こんなことは小さな子供だった時以来のことだった。
「俺さ、あっちの役所で姉ちゃんに抱きしめられた瞬間、上陸の呪いでなくなってた記憶が戻ったんだ。」
驚く真鈴の耳元で小声で囁いた。
「そういえば最初の時、呪いを解く方法は愛を得ることだってニヴアンが言ってた。だからあれは姉ちゃんのお陰だったんだな。……自分勝手な俺のハグじゃ呪いは解けないと思うけど。」
真鈴を離して一歩下がると、真は晴れやかな笑顔を浮かべた。
「姉ちゃんもこの世界で幸せになってよ。愛してもらいなよ、あの人に負けないくらい良い人探してさ。息子たちも言ってたよ。家も会社も一人で守ってきたから、そろそろまた良い人見つけて幸せになってほしかったのにってさ。…………じゃあな!」
そう言って真はニヴアンのいる方に駆け出した。
「真! 次は30年後じゃなくて、せめて5年置きくらいに顔出しなさい!! それから……女神様! 真を、大事な弟をよろしくお願いします! でも真の意思も尊重してやってください!」
振り返ったニヴアンは無表情で静かに告げる。
「妾を信仰せよ。さすれば便宜をはかってやらないこともない……わが娘よ。」
「いや、信仰はちょっと……。母の健康を祈るくらいはしてもいいけど、大体何の神様か知らないし。まあ、神様仏様お天道様って祈る時のついでくらいなら!」
真鈴がそう言うと、沼の底に足を取られたのかズルっとなりながら、二人は水中に消えていった。それを少し寂し気に見送った真鈴がつぶやく。
「あ、シャツの一枚くらい奪い取っておけばよかった。」
2022.10.4 初稿