表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/23

3.アメノウズメ



【夢メモ】

アメノウズメノミコト

 天岩戸前での裸踊りが有名。猿田彦と結婚後、猿女君に改名。天孫降臨時に魚類を従え、無返答不服従だったナマコの口を切り裂いて答えやすくしてあげた。





∝ ∝ ∝ ∝ ∝ ∝ ∝ ∝ ∝





 異世界のとある沼。まるでモネの睡蓮の絵の池のように、周囲の木々は沼に影を落とし、水際の草は水面を覆うがごとく繁茂して、沼面には浮草たちが漂っている。


 その縁に近い水中に、ここには相応しくないような大きな二枚貝があった。貝の内側はまるで鏡のように光を反射し、中にいる子魚を複数に見せていた。


 しかしその緑の子魚は、自分が一匹しかいないことを知っていた。魚眼ではありえないほどの視力を持ち、小魚の脳ではありえないほどの思考力を持っていたからだ。


 子魚は人面魚だった。自我はあまりなく、藻やプランクトンの類を食べて生きていた。


 成長して体が緑から黄土色に変わると、生活の場は藻の生い茂る辺りから沼底へと移っていった。


 手が生えて上半身の鱗も剥がれ、申し訳程度の黄土色の髪も生えて、小さな人魚のような形になってきた。鰓呼吸で話すことはできず、貝や小エビを食べて生きていた。


 更に成長が進むと肺でも呼吸できるようになり、脚が左右に分かれていった。上半身は砂色、鱗は光沢のある象牙色で髪は金色。歯も生えて、小魚を食べるようになり、体長は人の子ほどの大きさの半魚人になった。この頃には時折、這いずりながら陸上で散策することもあった。





∝ ∝ ∝ ∝ ∝ ∝ ∝ ∝ ∝





 その日も半魚人は陸上で日中を過ごし、低木に生えたキレイな果物を不思議そうにつついていた。


「おう、妾の産んだ子がもうこれほどに育っておる。」


 半魚人に似ているが大きく、けれども何かで体が隠されている生き物が鳴き声を発していた。身の危険は感じなかったので、半魚人はそのままその生き物を眺めていた。


「では産褥の禁を破った愚かな夫をそろそろ迎えに行ってやろうか。さて、時間を跨ぐ必要があろうな。」


 その生き物は鳴き終わると水の中に消えていった。今までに一度も見たことのない生き物だった。


「……や……ろ……う……」


 その日から半魚人は、声を出す練習を始めた。





∝ ∝ ∝ ∝ ∝ ∝ ∝ ∝ ∝





 半魚人は声を操るようになった。食べ物も魚より、木になる果物を好むようになった。


 そしてある日、2本の脚部の間から赤い血が流れた時、脚先のヒレが足になった。下半身の鱗は剥がれ、上半身と同じ肌になった。この頃には砂色だった肌は、黄色の混じった沼底の色から白い砂浜の色に変わっていて、髪も銀色になっていた。


「お〜るるるる〜ろうろう〜」


 機嫌よく元子魚が歌っていると、沼から2つの人影が現れた。


「わお、全裸の美女!」


 声がする方を見た元子魚は、持っていた果物をポトりと落とした。愕然とした。信じられなかった。憤った。口を手で押さえ、これまでの生を振り返った。


(最近はフルーツ食だったから良し。エビ・貝はセーフ、生魚を頭から食べたのは……まあいいとしよう。虫は食べて……ない! よかった〜!!


あっ、家族は!? 子供は家を継いで自立していた。孫も生まれた後だ。私がいなくなって迷惑は……かかってない? よし、私は正しく生きてきた! 思い残すことはない! 捨て身でやってやろう、そうだ!!)


「や……ろ……う……、野郎! この馬鹿野郎!! くそ弟! ダメ真!!! あんたのせいで死んだでしょうが! 何が捨てられたヒモ男じゃないことを証明するだよ?! あんたと舟が消えたから、湖に残された私が溺れたでしょうがっ!!」


 この沼でここまで育った元子魚は、地球では魚島真鈴と呼ばれた52歳の女性だった。


「はぁ? 姉ちゃん?? ……こっちこそ姉ちゃんが、出産の協力度で今後の夫婦生活の未来が決まるって言うから、俺立ち合おうとしたのに! 何故かニヴアンに切れられてまた地球に戻されたんだぜ! 姉ちゃんの死体が上がったのに俺だけ戻ったから、批難されて大変だったんだからな!」


 全裸の年若い美少女と18歳に戻った青年が、手首を掴み合って顔を近づけているのに、色気は皆無だった。


「……え、まさか! そっちの女性ってこの前の? 確か……夫を迎えに行くって……まさかあんたが夫? 産んだ子ってことは、立ち合いってことは、真が私の父親なの?! はぁ? ちょっと子供放置して何やってんのよ! 信じられない!!」


「姉ちゃんだって……あの時、学生のくせにできちゃったとか無責任なこと言ってただろうが! 学生結婚するとか言い出したからケンカになってあの日俺は一人で釣りに行ったんだぞ! 姉ちゃんには言われたくないわ!」


「ふざけんなっ! こっちはちゃんと結婚も出産もして大学も卒業して、あんたの代わりに家も継いだんだ! 子供も女手一つで育て上げて孫だって生まれたんだよ! ネグレクト野郎に言われたくない!」


 そこまで真鈴が言うと、真は怯んだように手を離した。


「……旦那は? 優秀だったあの人はどうしたんだよ?」


「……言ったでしょ、みんな死んだって。病気だよ。子供の顔は見られたけどね。」


 それを聞いた真は後ずさり、そばにあった木の幹を殴って叫んだ。


「なんでだよ!! あの人が姉ちゃんと家を継いだ方がいいと思って、俺は東京に行くことにしたのに! 何勝手に死んでんだよ!」


 真は落ちてきた果物を踏みつけた。真鈴はその足を掴んでひっくり返し、背中から転ばせて叫んだ。


「何、私の、貴重な食料、踏みつけてやがんだ! ……あの人が死んだのは……青年団の捜索隊と湖に潜ってあんたを探して風邪ひいて、体が弱ってたところに変なウイルスもらってひどい肺炎になっちゃったからなんだよ!」


 そう言って真鈴は真に馬乗りになって平手で叩き始めた。全裸で。絵面はものすごいが、魂は姉弟、身体は今生では親子である。


 そして前世で子供の頃から何度も繰り広げられた時と同じように、すぐに上下が逆転して真鈴の顔がものすごい変顔にされていった。馬鹿な弟でも姉のことはかつて一度も殴らなかったが、頬骨の下を強く押すという非常に痛い攻撃を毎度繰り出していた。


 ここまでは前世の日常と同じやり取りだった。けれど、いつでも頃合いに止めに入ってくれた、父の弟子であり真鈴の夫となった優しい人は、ここにもどこにももういないのだった。





∝ ∝ ∝ ∝ ∝ ∝ ∝ ∝ ∝





【夢メモ】

人面魚

 90年代に流行った鯉。昔からいて、その後メディアにも進出。


半魚人

 人間と魚類の特徴を兼ね備え、水中に生息するとされる伝説の生物。その中で上半身が人間で下半身が魚のものを主に人魚と呼ぶ。


メロウ

 アイルランドの人魚。緑髪で全身緑。古語では海の歌い手。半身鮭。鮭皮模様のフードを脱ぐと人間に変身するとも。アイルランドは鮭絡みの伝承が多い。


猿田彦

 道案内の神様。天狗っぽい。アメノウズメと結婚してすぐ、貝に手を挟まれ海中に引き込まれて溺れる。浦島太郎説(貝→亀、猿女→乙姫)。河童と猿の関係も気になるところ。




2022.10.3 初稿



【完結済み小説のご案内】


猿田彦については『巫女』へ


↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ