22.虹蜺
本編完結です。
【夢メモ】
虹蜺
7色の龍。対で現れる。虹が雄で主虹。蜺が雌で副虹、色並びが反転していて薄く、一回り大きい。
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「それで、レイモンは今までどこで何をしていたんだ?」
ポワティエの城でベルトランに対峙し、過去のことを問われると、レイは俯いてしまった。しかしここはメリーの出る幕ではないので手を握って渋イケメンな横顔をそっと見やった。
(32歳でこの渋さ。苦労が忍ばれるね。それに比べるとベルトラン様はイイトコのボンボン感があるな。)
「あぁ、そうか。あなたを咎めようというのではないんだ。父の死が事故だったことは妖精の言葉で分かっていたから。」
少し嫌な予感のしたメリーはベルトランに問う。
「妖精? 名前は何というのですか?」
「……確か、プレジーヌ、だったと思う。……あの狩りの日、まだ子供で同行できなかった私が、一人訪れた渇きの泉で会ったのだ。そこで告げられたのは、その夜父が亡くなるがそれは事故であり、仇を打った者には褒美を取らせるようにということだった。」
ベルトランが話し始めると、レイはその顔を食い入るように見つめた。
「猪にはあなたの槍が刺さっていたし、その後父の書斎からあなたにも財産を分与するという書面が出てきたんだ。」
「エムリ様……」
レイはポロリと涙をこぼした。
「だから私はそれを渡す日をずっと待っていた。……そうしたら、その……先ほどあなたたちが、空を飛んでいるのが、ここから見えて……」
思わず顔を見合わせたメリーとレイだったが、あえて何も言わなかった。
「とりあえず仕留めた猪の皮と……これは家臣の中に反対する者がいるのだが、血のつながったあなたに、ある程度の土地を与えたいと考えている。」
「ですが……反対されているのでは……」
後ろめたさが拭えないレイは遠慮がちだ。ここはメリーの出番だった。
「家臣の方とは会えますか?」
メリーが発言すると後の二人は驚いたようだったが、ベルトランはすぐに頷いてくれた。
「あぁ。……というのも空飛ぶ君たちを見た時から既に集まっているんだよ。皆、猪の間にいる。」
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「乙事主……」
思わずメリーが呟くほどに猪は巨大だった。レイはただ静かに壁に貼られている猪の皮を見つめていた。
「閣下、お考え直しください! こやつはエムリ様を見殺しにした男です!」
年配の家臣が顔を赤くしてベルトランに詰め寄っている。
「じゃあおじさんはレイが猪と戦っていた時どこにいたの? 追いつくことも出来なかったのは、見殺しにしたことにはならないの? それともちゃんと追いついてて、レイがエムリ様を見殺しにしたところをただ見てたの?」
カチンときたメリーを止められる人は元より誰もいない。ただ後始末をするのみだった。
「メリー、止めなさい。いいんだ。」
敬語の取れたレイにメリーはにっこり笑った。
「レイ、ずっと敬語なしで喋ってよ。私16も年下だし。」
「何なんだその小娘は!! 東の民のくせに無礼ではないか!?」
「あら、本当のことを言ったら無礼になるんだ? 茶色のお方、大変失礼いたしました。」
メリーはこれ見よがしにアデライードに習った礼を披露して見せた。少しは勉強したこの世界の嫌味を言うことも忘れない。
「ぐぅ!」
(うわぁ、ぐうの音が出た。どうせならギャフンって言えばいいのに。)
「あ、まあその辺りで……。そなたらもレイモンが私の又従兄弟であることを忘れないように。」
この男は家臣の中でも権力のある人物のようで、取り巻きたちも息巻いている。ベルトランも強く出られないようだった。
「ではそのご立派な騎士殿には、彼が打ち取った猪の皮の大きさの土地を下賜なさればいい!」
それは日本の都会の若者が一人暮らしをするのであれば、辛うじて耐えられるくらいの大きさだった。風呂トイレは共同で。
「おい! さすがにそれは、」
「その発言に二言はありませんか?」
止めに入ろうとしたベルトランの言葉を遮り、メリーは重臣の男に詰め寄った。
「あぁ、もちろんだ! 文書に残したっていい!」
「では急いで準備してください。一言一句違えないように。」
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「はい、確かに。ベルトラン様も、地図のこの辺りならばどこでも可、ということでよろしいですか?」
メリーが蛇行した川のそばを指さして確認する。
「あぁ。そこなら本当はどんな広さでも構わないのだが……」
ベルトランはレイの顔を見ながら答えた。
「ありがとうございます。でも家内で揉めないのが一番ですものね。今度ご招待しますね。レイもいいよね。」
「えぇ、メリーのすることなら間違いないでしょう。」
何故か自信満々のレイに、メリーの方が一瞬怖気づく。
「いや……私って頭に血が上りやすいから、そこそこで止めてくれるとありがたいんだけど……今回は大丈夫! じゃあ茶色のお方の立会いの上で作業します。」
そう言ってもベルトランも取り巻きも立ち去らなかったので、メリーとレイは壁の猪を外して床に置いた。メリーは用意してもらったハサミで皮を切り始めた。ちなみに毛はない。
「「「「「!?!」」」」」
みるみるうちに皮は一本の細い糸状に切られていった。
「なっ! 貴重な皮をそのように!!」
重臣が早速文句を付けてきたが、書面には今日付けで既にレイの所有物であることが記載されている。書類を指さした後にメリーが低い声で言う。
「……それに何だか祟り神っぽいじゃん? 焚火してたのに泡を吹いて突進してきたんでしょ? なんだかニョロニョロした呪いがうつりそう……。こういうのは後でお焚き上げした方がいいよ。」
「…………」
今度こそ重臣も黙り込んだが、メリーの発言に根拠はない。
そうこうしているうちに、まるで魔法のような速さで皮が糸になった。
「さて! 皮の大きさが貰える土地ってことで、これより地縄張りします!」
「ま、まさか……その紐で土地を囲むつもりか? バカなっ!」
「バカじゃありません~、地場コンの元社長舐めんな!」
誰も反論しないうちに、メリーはガバっとワンピースを剥ぎ取って鱗竜巻眩耀を展開し、金龍になった。猪の間は広かったので、今回は何も壊さずに変身することができた。
「レイ、後ろ乗って!」
メリーはまだ若い龍なので、太さもそれほどでもない。窓を開けた後に書類や衣服を集めたレイが、裸馬に乗る要領でメリーの顔の後ろに座る。それを確認したメリーは重臣と革ひもを片手ずつ掴んだ。
「まもなく離陸いたしま~す。シートベルトはないのでしっかりとお掴まりください。これでも神の端くれなので、人は襲いませんから討伐に来ないでね~! この茶色い方は夕飯時には返しま~す! それでは皆様またいつか! ごきげんよ~う!」
そう言うと金龍メリーと愛妻家レイは、重臣の悲鳴とともに窓から颯爽と飛び立った。残った人々のあっけにとられた顔と、尻尾の先が何かを破壊していくのは、もはやお約束の光景と言えるのだった。
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ポアトゥの一角、ポワティエ城からそう遠くない自然豊かな川岸に、周囲2里にもなる立派な城があった。そこは深くまで基礎工事がされ、深い堀が掘られ、大きな塔と高い壁、城塞を2棟と天守閣が作られていた。
その上空には時折、金色のドラゴンが飛ぶのが見られた。背には必ず金髪の男性が乗っており、その姿は随分と長い間見ることができた。
この城と彼らの名前を正確に知る人はもう、この辺りにはいない。ただ、彼らの血を引いているという子孫はあちらこちらに沢山いた。
そんな子孫らにも語り継がれている話がある。彼らが人の生を終えて天に還る時の話、彼らの最期だ。とは言っても実際に見た人間がいたわけではない。
ある嵐が去った後、晴れ間が広がった時のこと。彼らの城から天に向かって2本の虹が掛かったのだ。その日を境にもう、金のドラゴンと金髪の男性を見る者はいなかった。そんな、些細だが美しい話だった。
おしまい
2022.10.17 初稿
秋の歴史『手紙』に番外編の短編をアップする予定です。期間が終了したらこちらに組み込み全編完結です。あと少し、お付き合いください。よければ評価・ブックマークもよろしくお願いします!




