21.メリュジーヌ
【夢メモ】
メリュジーヌ
フランスの水の精。プレジーヌの娘。平日と日曜は金髪の美女。ヴイヴルの一種。リュジニャン城ほか、色々な施設を造る。約束を破って土曜の水浴びを覗いた夫のレイモンダンに、正体を見られて飛び去った。
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メリーはアンジェ城を出てから、レイの指示で川を遡っていた。
(これ羽根じゃなくて魔法的な何かで飛んでるんだろうね。よく分からないけど、何故か飛べてるってかんじだ。)
「工事中の城が見えたら右折か。白い壁にグレーの屋根で素敵ね。」
メリーの前足に掴まれたまま、レイが答える。
「ブロワ卿のご子息が砦化工事を任されている城です。」
(うわっ、やっぱ媚び売らなきゃいけないような実力者だった?! でもまあレイを切られそうになったし、フルク様も私のこと使役したい的な素振りをみせてきたし、後は勝手にどうぞでいいかな?)
メリーは切り替えが早かった。川の分岐を細い方に向かうと、少し見覚えのある風景だった。
(この川、流されたことあるかも?? もしかしてこの辺り……)
「かぁ~」
「あ、もしかして朝のカラスさん? 私はもうあの城には戻らないから、今日でお別れだね。」
「かぁ~、そうつれないことを申すな。親子ではないか。」
「!? ……はぁ? まさか、駄女神?? ……まさか毎朝来てたのが駄女神!?」
思わず手に力が入り、レイがうめき声を上げたのを聞いて慌てて力を緩める。
「駄女神とは失敬な。そなたも神龍などど恰好をつけていたではないか。」
「?!?」
メリーは鱗竜……、メリーは変身した。金龍から、この地方ではヴイヴルと呼ばれる、当人的には肺魚とトビウオの人魚の姿に。夜明けの変身と違うのは、髪が黒のストレートである点と、服を抱えたレイをお姫様抱っこしている点である。
「チョットマッテ! 私ソレ、口に出して言ってないよね!?」
「ふん、妾は女神だぞ? たわいないことだ。それどころか毎夜囁きかけ、暗示とやらを掛けて、そなたがウジウジと過去を思い出さないようにしてやったではないか。」
レイが凝視しているのにも気付かずに、メリーはニブアンに食いついた。
「はぁ? 魚の脳容量じゃなくて暗示? どうりで寝不足だと思った。……いや、そうじゃなくて!! ちょっと何余計なことしてんのよっ! 今は……うん、ちゃんと思い出せるみたい。」
「そなたが妾を産みっぱなしと言ったのだろう。だから真の言う通りにそなたに良い男が見つかるよう、助力してやったのだ。」
メリーは黙ってしまった。確かに言った。そして確かに恋愛には臆病になっていた。制限時間付きの呪いでなければ、あれほど積極的に行動しなかったかもしれない。それでも躊躇はあったのだ。
「……あの、発言しても?」
レイがメリーの腕の中からニブアンに声を掛ける。
「オシーンはそこの娘の弟だ。……そなた、本当の名を名乗らないから暗示の効き目が悪いのだぞ、レイモンよ。妾が夜な夜な娘に良さそうな男の名を延々とつぶやいておったのだから。」
「いや……レイも、レイモンドも大して変わらないし。……あぁ、だからピエール様の名前を初めて聞いた時に胸騒ぎがしたんだ。……っていうか何で魔法じゃなくて暗示?」
龍からヴイヴルになったので速度が落ち着き、カラスと飛びながら話しているために、目的地であるポワティエまではまだ距離があった。
「過去の姿を知らずに、妾がそなたに闇の呪いを掛けたら怒ったであろう? 少しは子育てとやらをやり直してみようと、土曜に退化する呪いを掛けたらもっと怒ったであろう? だから共に子育てができる伴侶を見つけやすいように、愛で解呪できる進化の呪いに変えたのだ。」
女神の考えることは理解不能ながらも、一応理由があったことに驚き、それが自分の発言によるものだと分かったメリーは何も言えなくなってしまった。
(鯉が龍になるのと、卒業後すぐの高校生がオッサンになるのが同じ呪いとは信じられないけど……。真的には知らないおばさんがハグしただけで解けてたし。)
上陸の呪いのことをメリーは知らなかった。
「その話を後でオシーンにしたらまた怒られてな。魔法は強すぎるから使う前に別の方法を試すように言われたのだ。それで暗示や幻視を使って早急に解呪できるように助力をしたというわけだ。」
「幻視?」
「今日は土曜日ではない。しかしそれを見たトリシエールはそなたを害そうとし、レイモンは助けた。そなたは恋をして進化し、レイモンの口づけで闇の呪いも解けたのだ。」
「「えっ!?」」
(土曜日じゃない?! というか今日が何曜か分からなくなってたから、変身=土曜だと思っちゃった。……そのレベルの暗示や幻視は、もはや魔法なんじゃ?)
「あの……恋で進化したの? 愛を得るっていうのはどこいっちゃったの?」
あれほど愛について悩んだのに、恋でよかったと言われると納得いかないものがある。
「そなたはレイモンに惚れたのであろう? 愛だろうが恋だろうが、相手ではなくそなたの気持ちが大切なのだ。それに昔、男に一方的に好意を寄せられて苦労したのを忘れたのか?」
今のニブアンの発言で、メリーのローレライ説がレイの中で再燃してしまっていた。
「えぇ~! 好きになられるとか、愛情行為を受けるとかじゃなくて、自分が恋愛的に好きになれればよかったってこと!? ……あの苦労はなんだったのか。まさに水の泡……いや、上手いこと言ったとかじゃないからねっ! それにキスで解呪っておかしくない? その前にキスされた時は駄目だったけど??」
「そなたの想像通り、順序だな。元々の闇の呪いは、どんな形でも愛あるキスを受ければ解呪できる簡単な呪いだったのに、そなたが上乗せを望んだので、そなたが惚れた相手からのキスとなってしまったのだ。」
「私のバカ……。ところでストーカーの話は真に聞いたの? っていうか真は?」
そろそろポワティエの城が見えようかという時に、ニブアンがとんでもないことを言い出した。
「オシーンに聞かずとも今は何でも知っている。そして奴は今、ランスロットごっごとやらをしておる。妾が湖でエクスカリバーという銘の剣を拾ったと言ったら、急に剣の修行を始めおった。」
メリーは何故か急に疲れてきた。頭の中を、故郷の沼で真に会ってからの日々が走馬灯のように巡っていった。
「……体を鍛えるのは、いいことだよね。人に迷惑を掛けない限り、好きにさせてやって。」
メリーは遠い目でカラスの、その向こうを見つめた。
「そなたもたまには会いに来い。では、妾は行く!」
カラスは来た方向へと戻るように飛び去っていった。
「いや、どこに行けばいいか聞いてないし。なんか……台風一過の虚脱感。レイ、なんかごめんね。あれが私の母親らしいです。」
「いえ……あの、お母上は……カラス、なのですか?」
メリーの腕の中で少し居心地悪そうにしながら、レイが尋ねた。
「前に会った時は人型だったけど、魚の子供を産むくらいだし、女神だから何でもできるんじゃない? あ、私の魔法のこと聞くの忘れちゃった……。まあ、ほどほどにすれば何でもいいよね! ところであそこに見えてる城がエムリ様の息子さんの住んでるところ?」
深く考えず、直感で出たとこ勝負をし、失敗してグジグジ悩み、開き直って挽回する、それがメリーの人生だった。
「……そうです。墓所はその先ですので、城を越えたら下に降りましょう。その前に、どうかストールだけでも巻いてください。」
メリーの上半身は乙女の裸だった。あのどさくさの中でレイが拾ってきてくれた衣類のお陰で、あられもない格好で夫の恩人の墓参りをする事態は回避されたのだった。
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(エムリ様~、成仏してくださ~い。レイは私が幸せにしますから~)
ワンピースを着たメリーがレイと並んで墓所で祈りを捧げていると、後ろから男性に声を掛けられた。
「レイモン……やっと戻ったか。」
勢いよく振り返ったレイが呟く。
「ベルトラン様……」
「……そちらは、娘御か?」
「いえ、その……」
突然現れた元主家の当主に、動揺を隠せないレイに代わり、メリーがずいと前に出た。
「私、真鈴魚島……じゃなかった、まりん魚島と申します。メリーと呼んでください。レイと結婚する予定です。成人してます。よろしくお願いします。」
親戚で夫の恩人の息子に正式名称で挨拶しようとした結果、また相手を混乱させることになった。
「メZュ? ……mあsyうジュゥOシm、mェぁリー、ヌおし……?? あぁ……メリー、と呼んでいいのかな? 随分、その、若いようだけど結婚……。あー奥様、良ければ一緒に城へどうぞ。レイモンも、いいな?」
「……はい。」
「うふふ、奥様だって!」
先導する人々から遅れて、腕を組んで楽しそうに歩いていく二人の上空を、大小2羽の鳥と一羽のカラスが飛んでいた。
その後彼女はメリーやジーヌと呼ばれるようになったが、本名が何だったのかは最期まで誰も知らないままだったそうだ。
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【参考文献】
『西洋中世奇譚集成 妖精メリュジーヌ物語』クードレット(講談社学術文庫)松村剛 訳
『世界魚類神話』篠田知和基(八坂書房)
『世界の妖精・妖怪辞典』キャロル・ローズ(原書房)松村一男 監訳
2022.10.17 初稿
残るはちょっと長めのポストクレジットシーンと、いったん完結してからの番外編です。




