20.登瀧鯉
【夢メモ】
登瀧鯉
瀧を登った鯉。登龍門を越えた鯉。立身出世の代名詞。鯉幟の起源。
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〔会話劇〕
ギィ「ちょっと待て! メリー、なのか? 姉上! あれはヴイヴルじゃ……ないのですか??」
アディ「そうよギィ、どうして分からないのかしら? どう見てもメリーの顔でしょ?」
フルク伯爵「顔……? 髪の色も長さも、目の色も……その他色々随分違うようだが……それは本当にメリーなのかい?」
伯爵夫人「そうに決まってますよ。メリー、旦那様以外に肌を見せてはいけません。このストールを掛けなさい。」
メリー「奥様ありがとう!」
ジョフロア「あの黒い娘が俺の乙女……??」
レイ「メリー、それより傷は? 脇腹のそれは……?」
メリー「え? 羽、かな。ちょっと欠けてるから、これで咄嗟に剣を弾いたのかも。だから傷は浅いよ! それに……恋する乙女は最強だからね!」
ギィ「恋? メリー!? 僕のお嫁さんになる約束は?」
メリー「してないよね?」
ピエール「してませんね(苦笑)」
ジョフロア「……俺の乙女! そのジェイドの瞳も可憐な唇も俺のものだ!」
メリー「うーん……ジョフロア様、レイより強い?」
フルク「いいや、この城でレイより強いものはいないな。私もいつも勝てないよ。」
ジョフロア「うっ……」
メリー「えっ、本職の兵より強いの?? やっぱそうだと思った! うん……私レイのこと本気で好きになっちゃった!!」
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メリーが宣言したとたん、下半身の象牙色のウロコが目も開けていられないほどに光り輝き、一斉に弾け飛んでメリーの周りをぐるぐると回り始めた。
その場にいる全員の目が眩み、メリーの姿を見失った。
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やっと視力が回復し、その場にいた者が周りを見渡そうとした時、目の前には闇があった。普段のメリーの髪と目の様な真っ黒な闇。そこには漆黒の龍が鎮座していた。
長い蛇のような体、2本の前足に5本指。中ほどにはコウモリのような羽根があって、東洋の龍とも西洋のドラゴンとも言えない。伝説のヴイヴルのように、上半身が女性であるということもなかった。
大きさは立派なジャングルジム程度。その黒いウロコはブラックスターと呼ばれる宝石の様に、漆黒の中にも翠の輝きを持っていた。
その神秘的な佇まいに一同が息を飲んでいると、龍の口がゆっくりと開いた。
「なんで~~!?」
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(嘘嘘嘘!? なんで今このタイミングで変身? なんで龍? 待って落ちついて……。朝日を浴びて変身したのは土曜の呪いで、肺魚&トビウオの人魚になったよね。そこからの可能性は、退化して泡コースか解呪で進化コースか。……泡じゃないってことは進化で龍? 人に戻るんじゃなくて龍??)
黒龍が身悶える度に、壁が崩れていく。
(あ……昔プールで背中に鯉が泳いでるオジサンがいたけど、鯉って進化したら龍になるの?? えっ、私今愛をもらった?? 誰に?? あ……でも黒ってことは闇の呪いはまだあるの?)
「メリー? メリー、ですよね?」
「レイ……レイ~」
メリーの大きな龍顔が床まで下がると、レイがその横に立った。
「はいここに。」
「龍になっちゃったよ~どうしよ~! ……レイ、怖い?」
「ドラゴンではなくリュウ? あなただとわかっているから怖くありませんよ。それよりも私の怖いものは知っているでしょう? 二度と剣を持った者の前に出てはいけません。」
「龍なのに? ウロコ丈夫だよ?」
「リュウでもです。やはりあなたは分かってない。……これではそばを離れられませんね。」
「えっ……一緒に、いてくれるの? 龍なのに?」
「墓参りに付き添ってくださるんでしょ? それに……あなたが子孫を作る必要があるなら、是非私が協力したい。」
メリーが黒い瞳を隠すようにその大きな目蓋を閉じると、涙がポロリと流れた。拳大の水滴が頬をつたい喉元から滴ろうとしたその時、レイがメリーの目蓋にキスをした。
すると先程のリプレイのように、黒いウロコが輝き飛び散ってメリーの周りを回り、そこにいる者の目を眩ませた。
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視力が戻った目に映ったものは、黒龍と寸分違わぬ形をした、全身金色で目だけ翠の龍であった。
「はぁ? このシチュエーションで現れるのは普通美女でしょ? なんで野獣のまま、じゃなかった龍のままなの?!」
(闇の呪いが解けたから? キスされて?? えっ、そんな簡単な方法? ……もしかして目元にするのが重要だった? それとも土曜の呪いを解いてからっていう手順が必要だった??)
姿形は黒龍と同じ金龍であったが、一つ違うのはその喉元だった。龍の首にあるにしては細い金のチェーンが掛かり、その先には拳大の透明な宝石がぶら下がっていた。それはメリーが黒龍の時に流した涙が、顎下で雫の形の宝珠になったものだった。
「こんなのおかしい! 全部の呪いが解けたのに、龍のままだなんて!」
金龍が身悶えると、また壁が崩れてフルクの顔が引きつった。
「質問よろしいでしょうか。」
メイド服のサラが挙手をする。ちなみにブロワは床に転がったまま放置されている。
「サラ様、どうぞ。」
「先程から気になっていたのですが、あなた様は……メリーなん、ですよね? それなのに流暢に喋っているのはその、”呪い”が解けたため、なのですか?」
気にはなっていたが訊くほどではないと皆が思っていたことを、わざわざ質問するのがサラだった。
「?! そういえば私普通に喋ってる! 日本語喋ってるつもりで通じてるってことは、翻訳の魔法を修得した??」
(いつからだろう……ま、いっか! でも魔法……あ、待って! 私って一応女神の子供だし、龍だし……神龍じゃない? それなら自分の願いくらい叶えられるよね! これだ!)
メリーの独り言を意味が分からないまま聞いていて、もっと説明して欲しそうな人々が、メリーのことをじっと見ていた。
「あっ……えっと私、記憶を思い出したの……呪いが解けて! えっと、愛の力でね。それで……女神の子供だって思い出したんだ! だから言葉もだけど、色々できると思う! うー……それっ!」
メリーが掛け声を上げると、3度目の鱗竜巻眩耀が炸裂し、皆の視力が戻った時にそこにいたのは、長い黒髪の全裸の女性だった。胸元には巨大なダイヤのネックレスが掛かっていた。
「どう? 元に戻った??」
堂々と立つメリーに落ちていたストールを巻き、自分の上着を掛けながらレイが答える。
「少し……大人びたような気がします。それと髪のカールが無くなっていますね。目は翠のままです。」
「ストレートの黒髪かぁ……」
(もしかしたら私の願望で、前世の姿に寄ったのかもね。)
「ヴイヴルの宝石……。メリー! 私と契約しよう!!」
突然フルクが大きな声を上げて近づいてきた。
「契約? 私って使用人の就労契約は結んでなかったんですか?」
「いや、そうではなく……メリーヌ! 言うことを聞くんだ! 私と、我がアンジェ家と、」
「う……ん? 何騒いで……あっ、貴様、そこの男!! 僕に手を上げたな! それにバケモノは……元に戻ったのか? ……何だ、そのデカい宝石は?! ほう、今回の過失はその宝石と相殺にしてやろう。その男とバケモノは手討ちにしてくれる!」
目を覚ましたブロワが立ち上がって剣を取ると、レイはメリーの前に、フルクは家族の前に立った。さすがにたった今勧誘したばかりのメリーを売ることは出来ないのか、フルクは黙っている。レイは万年筆を手に、ジリジリと立ち位置を探っている。
「お~ほっほっほっほ~! 片腹痛いですわっ!」
思わず全員がアデライードの方を向いたが、当人は必死に首を横に振っている。
「妾よ! そんなへっぴり腰で妾と妾の夫を害そうなんて、ちゃんちゃら可笑しいですわっ!」
メリーだった。
「「「「「「夫?!」」」」」」
「そう、妾は彼の子供を産むことに決めましたの! フルク様、レイは貰い受けます。その代わり、妾が今日壊す壁の分だけアンジェ家を助けましょう。……但し、その名前は真名でもなんでもないから呼んでも妾は縛れません。不用意に干渉するのならば、新築のこの城の上にこの尾を叩き付けます。」
フルクの血の気がサーっと下がっていくのが見て分かった。メリーは母女神を真似て、できるだけ高飛車に聞こえるように喋る。
「そしてトリシエール。よくも妾に鉄の剣を振るったな。我が血を流させたこと、決して許さぬ。が、ブドウの恩の分だけ見逃してやろう。命が惜しくば妾の関係者に接触しないことだっ!!」
語気を強め、メリーの思う殺気的な何かをブロアにぶつけた。
「ひぃ!」
メリーは鱗竜巻眩耀を繰り出して金龍に変身した。光量を抑え目にできるほど、すでに使いこなしていた。そして想像の吠え声を上げる。
「ぐがぁあお~~~!!!」
人間を震え上がらせた隙に、レイを足で鷲掴みにして両手で抱え込み、窓ガラスをぶち破って外へと飛び出した。
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と思ったらすぐに戻ってきて、壁の穴から龍顔のみを差し込む。
「奥様、鉛の食器は駄目です。銀にしてください。フルク様の側室になれなくてごめんなさい。出来たらドロゴ様を可愛がってあげて! アディ、結婚式は見に来るね! ギィ様、ロア様、私中身は合計68歳だから! もっと若い子探しなね~」
それだけ叫んで今度こそ本当に飛び去っていった。メリーは……自由だった。
2022.10.16 初稿
あと2、3話で完結です。




