19.ヴイヴル
【夢メモ】
ヴイヴル
フランスのワイヴァーン。宝石の目、蝙蝠の羽、足は2本。全身蛇だったり上半身は人間だったりする。雌しかいない。その宝石を手にすれば力を得られる。
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「ごめん、上手になったけどもうブドウでお腹がいっぱいだよ。」
「うー、ブドウ、次、ワイン。」
客室用のブドウは、フルク伯爵の執務室で食べたものよりも上質だった。
「ワインは全部飲んじゃったから、そろそろ本番に移ろうか。」
(はぁ、時間稼ぎもここまでか……。あれ? なんで朝まで時間を稼げばいいんだっけ? ……伯爵が東の部屋にしてくれたから? うーん……誰かが何か言ってた気がするんだけど。)
「ブロワ卿、愛、ください。メリー、愛、欲しい。」
「うんうん、トリシエールって呼んでいいよ。沢山愛してあげようね、今日だけだけど。あなたが僕の役に立ってくれるなら、僕の城に呼んであげてもいいよ。」
(1回で呪いが解ければ儲けものだけど、呪いが……ん? 呪い? 呪いって何だっけ?)
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ブドウなしのキスでも、もうタバコの味はしなかった。だんだん体に力が入らなくなってきたメリーは、ブロワにしな垂れかかる。
「キスだけで腰が抜けちゃった? ウブだな~。人に見られながらしたらどうなっちゃうんだろう? ほら夜が明けてきたよ。」
窓の方を向かされて、お腹を抱えられたままブロワが後ろから服のボタンを一つずつ外していく。
「朝日に輝く君の髪の毛がまぶしいよ。金の光が……うん? 君って金髪だったっけ?」
「えっ?」
ぼんやりしていたメリーが自分の体を見ると、脱げかけの服にかかる髪は長い金髪だった。
(金、髪……呪い? 今日は……土曜日?! えぇ?! 何で気付かなかったの?? あっ、足がっ!)
「早く! 早く、して!」
「あ、あぁ。いいけど……いいの? 初めてでしょ?」
ストンとワンピースが床に落ちると同時に、メリーは床に座り込んだ。
「もう、遅い……」
はだけた服から現れた上半身は、可憐な乙女の裸体。流れる金髪が朝日に輝いている。床に落ちた服から覗くのは、金色の魚の尾。まだ肺呼吸できているのが幸いだった。
「トリシエール様、試す、どうぞ?」
開き直ったメリーは満面の笑みでブロワを誘った。
「うわぁあぁあぁあ~!!!」
(だよね~、そのリアクションが普通だと思う。……っていうか何で私、呪いのこと忘れてたんだろう。これも呪い? 脳の容量が魚並みになるとか?? うわっ、それ怖い……。何にしてももう終わりだね。今日を何とか乗り越えて、ここを出ていかなくっちゃ。)
怯えて尻もちをついたブロワは、まさしく這う這うの体で部屋の片隅に行き、置いてあった剣を手に取った。
(えっ?! マジで?? 手のひらやわやわ系なのに剣なんて持ってるの? それで切り捨てちゃう的なかんじ? ……はぁ、今世も終わったわ。)
すっかり諦めたメリーは、這いずるブロワがこちらに近づいてくるのをただ無感動に眺めていた。
バンッ!!
「メリーっ!?!」
メリーの危機に、嘘のようなタイミングで部屋に入ってきたのは、やはりレイだった。
「μβρΛΖΣψθ(まるで王子様)!」
「念のためそばに控えていたのですが……。婦女子に剣を向けるとは、一体どういう事ですか、ブロワ卿?」
部屋に入ってきたレイは、座り込むメリーとブロワの間に立ち、その手に光る抜き身の剣を睨みつけた。
(何これヤラセ? こんないいタイミングで割り込んでくるとか現実にあるのかな? これ夢? むしろこの世界で真に会ってからずっと夢の中にいるみたいだったけど……)
「何を言っている?! それバケモノだよ? 早く退治しろ!」
レイの手前、なんとか立ち上がったブロワが喚き散らした。
「彼女は当家の使用人です。バケモノなんかじゃありません。」
ブロワとレイのやり取りを、メリーはテレビの中の出来事のようにぼんやり眺めていた。そんなメリーをレイは静かに見つめた。
「はぁ? 何言ってんだ? ……もういい、どけっ!」
レイにどけと言った時にはすでに、ブロワの剣は下から振り上げられていた。
「レイっ!!」
メリーは夢中でヒレに力を入れた。
「「?!」」
朝日が差し込む眩しい部屋に、時代劇のように血が飛んだ。
「メリー!?!」
倒れこむようにレイの腰にしがみついたメリーの腕には一筋の赤い線が走り、レイの顔には血しぶきが飛んでいた。
「レイ……大丈夫?」
ヒレの足では上手く立てないメリーを支えるために抱きかかえたレイの手は、ぬるりと生あたたかいものを触っていた。
「どうして……私のために、私の代わりに血を流すなんて、そんなこと……」
「メリー、魚、平気!」
メリーが丈夫なのは足の裏だけではなく、ケガも治りやすかった。
「平気じゃないっ! 折角助けた命が、目の前で消えるなんて、そんな……」
(あー、レイのトラウマえぐっちゃったかぁ。)
「レイ、ジョフロア様、助けた。そっち、大事、する。メリー、平気、もう、バイバイ。」
「そんなこと言うな!!」
いつでも優雅で渋い貴族的な笑みを浮かべ、丁寧な言葉遣いの紳士レイはそこにはおらず、涙を流した男が、床に膝をつき血まみれの半裸の女を抱きかかえて怒鳴っていた。
「平気、ホント、ちょっと! ……あぁ! レイっ! 後ろ後ろ!!」
土曜だが8時ではないのに、まるで劇のようにお約束な展開になった。ブロワと目があったメリーが顔を上げると、大上段から今まさにレイの後頭部目掛けて振り下ろされる剣を見てしまったのだ。
メリーは懲りずにまたレイをかばおうとしたが、力強く抱きしめられて剣の行く先を見ることすらできない。
キン!
金属のぶつかる音がして、床に下ろされたメリーが目を開けると、レイが頭上に持つ万年筆でブロワの剣を受け止めていた。そこからは流れるような動きでブロワの鳩尾に拳を入れ、剣を持つ手を掴み、無力化に成功してしまった。
「何それ……何それ、かっこいいっ! 強いじゃん! ずきゅんときた! 貴族なのにどうして??」
「貴族の次男以下は元々戦争に出るために剣を嗜みますし、エムリ様の件があってから、一日たりとも鍛錬を怠ったことはありません! ……それよりメリー、傷は痛みますか? 今止血を!」
レイの身のこなしを見たメリーは興奮状態だった。
「こんなの平気だよ、ツバ付けとけば治るって。それよりレイかっこよすぎ! 強いし、助けに入るタイミングもヒーローっぽかったし! マジで王子様じゃん!! やだ~、結婚して!!」
メリーは……そういう女だった。前世から……こうだったのだ。前世の夫もそう。子供の頃に誘拐されそうになったところで、犯人をぶちのめした夫に惚れたのだった。
「えぇ?! あ、は、その……二の腕にツバは……あれっ? 血が止まってる?」
メリーの発言に動揺していたレイも、メリーの腕の傷が浅いことに驚愕した。
「大丈夫大丈夫! 今それどころじゃないからさ。元々優しくて渋くて素敵だったけど、その上強いなんて聞いてないよ〜。何あのペン、タクティカル?」
人魚の尻尾をタシタシしながらメリーが上半身だけレイに詰め寄った。
「いや、その……え、あ? 傷はその、脇腹ですか? 縦に……切れ目?」
メリーの勢いに押されてレイが狼狽えていると、開けられたままの扉からフルク伯爵以下、この城の住人たちが駆け込んで来た。
「「メリー?!」」「「「ブロワ卿?!」」」「乙女!?」「ヴイヴル?」
彼らが見たものは、抜身の剣のそばで意識を失っている賓客ブロワ、顔に血が飛び散っている家令レイ、そして明らかに人外の女。
メリーは長い金髪に上半身裸、下半身は魚だが、ヒレは半魚人第1形態のつま先のように、ウナギの尻尾状態になっていた。
「あら? 尻尾が細い。これじゃ蛇……いや、肺呼吸だからもしかして肺魚の尻尾? うん?? 脇腹から羽……何これトビウオ? 進化ツリーおかしくない??」
徹頭徹尾、魚類であることを忘れないメリー(元・浦尾、前・魚島真鈴)であった。
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【夢メモ】
肺魚
生きた化石と呼ばれる両生類的な魚。肺呼吸はするが陸上生活には向かない。
2022.10.16 初稿




