17.ヌレオンナ
【夢メモ】
ヌレオンナ
牛鬼と組んで人をクイモノにするある意味美人局な妖怪。餌は美貌ではなく赤子。海辺で抱かされると重くて逃げられなくなる。比喩ではない。
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「では皆、お客様に失礼がないように。あぁそれから、友人の滞在中は私のことは名前で呼ぶように。伯爵では紛らわしいからね。」
いよいよ明日、話だけは何度も出ていた客が来る日となった。
フルク伯爵の友人、ブロワ伯でありブルターニュ公の摂政でもあるトリシエール・ブロワと、その異母妹でありブルターニュ公爵未亡人ロシーユ・ブロワ。そして現ブルターニュ公兼ナント伯でもあるドロゴ・ブルターニュ、3歳。
メリーが任されたのはドロゴの世話だった。
(伯爵にしたように慣らすって何を?? ワイン? ブドウ? 3歳じゃ離乳食じゃなし、生まれ月によっては年少さんだよ? 単に優しくしろってことかな? 何なら彼の方が言葉も喋れるかもしれないし、一体何を慣らすのさ。)
人手不足のこの城で、比較的幼いものに慣れているという理由でギドンの侍従であるピエールも担当となった。今回初めて名前を知ったとはいえ、顔見知りと同じ担当ということで心強いはずだったが、なぜだかメリーの胸は騒いでいた。
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「カラス、行ってきます!」
「かぁ~」
日課となったカラスへの挨拶をして、今日も目を擦りながらメリーは部屋を出た。
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「……ドロゴ様、私とこのメリーがあなた様にお付き致します。この者はこの国の言葉が不自由ですが、しっかり勤めさせますのでご寛恕ください。」
気がつくと、メリーはエントランスにいて、ドロゴの前でピエールが挨拶していた。
(やばぁ、ぼんやりしてたっ! 緊張して寝れなかったとしても、今が本番なのに!)
「メリーです。頑張ります。」
メリーがそう言うと、ピエールが話す間は目もくれなかったドロゴが、興味を持ったようにメリーを一瞥する。
「そう。頑張って。」
すぐに戻った視線の先を確認すると、ドロゴは母親であるロシーユの方をじっと見つめていた。
ロシーユは化粧で真っ白な顔をしていて、全く表情が分からない。真っ赤な唇もオレンジの頬も動くことはなく、その目もドロゴに向けられることはなかった。
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大人たちが晩餐をしている間、ドロゴは部屋で一人で夕食を取る。ある程度マナーを覚えるまでは親とも食卓を共にしないのは貴族の常識らしい。
ピエールが手慣れた様子で給仕した食事を、綺麗に食べていくドロゴにメリーは驚いた。
(3歳でもペラペラと喋る子はいるけど、こんなにキレイに食べる子はいないでしょ〜! うちの子はもっと……うちの子? うちの……ギィ様たちはどうだったのかな?)
感心して見ていると、ドロゴがちらっと視線を寄こしたのでメリーが尋ねる。
「どうしたの?」
ドロゴはメリーの言葉遣いを咎めることなく、食事の手を止めて答えた。
「何でもないけど……顔がうるさい。」
3歳のはずの子の発言に衝撃を受けたメリーは、眉を上げて目を丸くして口を半開きにした。
「えー……。ピエール様、同じ、思う?」
なんと応えるかしばし迷った末に、ピエールは目を逸らしながら答える。
「……か、可愛いよ。」
明らかにごまかしている様子だった。
「僕の前でいちゃつかないでくれる?」
「「失礼しました。」」
3歳にため息をつかれる二人であった。
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「お湯は汲んでおいたから、水で埋めて使って。代わりにすぐフルク様の侍女が来るから、俺はギィ様の所に戻るよ。じゃあね。」
メリーに馴染んだピエールが一方的に喋り、あわてて部屋を出て行った。
「分かった!」
返事をしたものの、浴室に用意されているのは陶器のタライのようなものと熱湯の桶と、水の桶。石鹸に手ぬぐい。排水溝はある。
(いつも私はお湯を魔法で出してジャージャーしてたけど、本当はどうするのが正解?? 石鹸がなければ拭くだけかとも思うけど……)
そこにピエールの言っていたもう一人の侍女が現れた。
「サラ様? ドロゴ様、お風呂、どうやる? 教える、お願いします。」
「……ついてきなさい。」
サラがドロゴの服を脱がせながらメリーに目くばせするので、一緒に脱がせ始める。そしてサラは水で濡らした手ぬぐいに石鹸をつけて体を撫でるように擦っていった。
(頭は洗わない感じか……)
その間もドロゴは大人しく目を伏せている。そしてドロゴの体が泡だらけになったところでドロゴを抱え上げメリーに渡してきた。
(泡まみれの全裸の子供ってどじょう並みにすっごい滑るんだけど? 3歳にしては軽いけど、この後どうするの??)
サラはドロゴの真下に熱湯の桶を押してきて、自分の手を水の桶で洗って中身を流してしまう。
「えっ? サラ様?」
「早く泡を流して差し上げて。寝かしつけるまで一人でやったら部屋に戻っていいから。人が足りないんだから他に誰も呼ばないようにね。」
そう言うとサラは浴室から出て行ってしまった。目を開けて一部始終を眺めていたドロゴが静かに告げる。
「……重いでしょ? 下ろしていいよ。熱いお湯の中じゃなくて床に下ろしてくれたらうれしい。湯が冷めたら自分で泡を流すから、メリーは帰っていいよ。」
(なんだそれ……。どういうことなの? この子もこういう扱いに慣れてるぽいし……)
「メリー、力、ある。ドロゴ様、心配、ない。」
少し遠くにあるタライまで歩いて行ってそっとドロゴを下ろした。無駄に沢山ある手ぬぐいを折って頭にあて、タライに横たわらせる。沐浴のようにお腹に手ぬぐいを掛けて、美容院の様に目元にも掛ける。
「……怖いよ。」
小さくつぶやくドロゴの声を聞いたメリーは元気に答えた。
「大丈夫! 怖い、ない! 気持ちいい!」
桶の熱湯は使わず、魔法で適温のお湯を少しずつ出してタライを満たす。
「見る、ない。ドロゴ様、約束。」
「……分かった。」
あまり綺麗ではない髪と頭皮をよく洗い、お湯で流していく。体も同じようにすすいでいくが、ところどころかぶれているのでこすらないように気を付けた。
全て洗い終わる頃にはドロゴは眠っていた。綺麗なお湯ですすぎ、魔法で乾かし抱き上げた。メリー自身に付いた泡も落としてある。
(こんなに可愛いのに、大切にされてないみたい。男の子なのにうちの娘より断然可愛いのに。……娘? いや、孫? ……なんか前世の記憶が薄れてる? 疲れてるのかな、寝不足だし。)
寝間着を着せてベッドに寝かせ、枕元に水差しとコップを用意して部屋を出た。
(正直小さい子を部屋で一人で寝かせるのも嫌なんだけど、ドロゴ様に限らず貴族の子は皆そうだって前から聞いてたからな……。3歳じゃもう乳母とかも付いてないのかもね。)
サラには部屋に戻っていいと言われていたが、実はフルクに呼ばれていたのだ。あの日からブドウとワインの会合はもうなかったので、久しぶりの執務室への訪問だった。
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「……予定ではもう奥方は亡くなってるはずじゃない?」
「……いただいたゴブレットのせいでは? 従順の呪いの効きが悪いようですよ?」
執務室からぼそぼそと男性の話し声が聞こえてきたが、いまいち声が不鮮明だった。そこで踵を返すメリーではなく、いったん外へ出て窓の下に忍び寄った。
「本来なら義父となったあなたがドロゴを手にかけ、今頃は僕を摂政から解き放ってくれているはずなのに……。ヤケドとは手ぬるいんじゃない? ナントいらないの?」
「直接行動を禁じたのは君ですよ。今頃は足のつかない侍女がドロゴ様をヤケドさせ、あなたがスパイに寄こした侍女が毒入りの薬を塗っているはずです。」
「サラのこと、気付いてたのか……。まあいい。奥方が死なないなら側室でいいから、まずは義妹を娶ってくれ。」
「……かしこまりました。」
「固いなぁ、同盟者殿! ところで今日の夜伽はどの子かな?」
「……その足のつかない侍女を予定しておりますが。ドロゴ様の方にかかりきりで今日は行けないかもしれません。久しぶりにサラをお召しになっては?」
「サラはもう僕に従順だからね。その新しい子を僕なしでいられないようにさせて、計画をスムーズに実行させたいところだよ。」
「……左様ですか。ではそのように。」
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(うーん、ちょっと待って! 喋ってるのはフルク様とトリシエール様だよね。うちのフルク様のが年上だろうけど多分敬語で喋ってて、トリシエール様の命令であの子をヤケドさせよう……違うな。あの子が死ぬことを望んでる。奥様も。それを私とスパイのサラ様にさせようとして……。って今日の夜伽って私?!)
メリーは音を立てないように窓の下からそっと後ずさりして城内に戻った。伯爵に呼ばれてはいたが、執務室から遠ざかる様に足が進んだ。
(どうしよう、どうしよ~! ……えっ? 私が奥様の担当になったのも最後に殺すため? 最初からそのつもりで、身寄りのなさそうな私を雇ったの??)
「メリー?」
後ろから男性の声に呼びかけられ、メリーは目に見えてビクリと肩を跳ね上げた。恐る恐る振り向くと、そこにいたのはピエールだった。
(あの時私を置いて浴室を出たってことは、ピエールもグル?)
「ドロゴ様のお世話は終わったの? じゃあちょっとこっちに、」
伸ばされた手に、メリーは思わず後ずさった。すると背中が何かにぶつかる。逃げ場がないことに更に焦ったメリーが振り返ろうと思ったところで両肩に大きな手が乗せられた。
「ぅひっ!」
息を飲んだメリーの横から顔を出したのはレイだった。一瞬安堵したところでレイがフルクの家令であったことを思い出し、膝から力が抜けていった。
「おや、それほど驚かせてしまいましたか? ピエール、何かメリーに用事ですか?」
「あ、いえ。仕事が終わったのなら一緒に戻ろうと思っただけで……」
レイは立てないメリーを抱え上げながらピエールを一瞥する。
「メリーはまだ仕事があります。あなたはもう戻りなさい。」
「はい、では。」
メリーは見捨てられた思いで立ち去るピエールを見送りながら、自分の体が震えるのを止められない。自分でも何に対して震えているのか、分かっていなかった。
2022.10.15 初稿
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