11.メロウ
【夢メモ】
メロウ
追:「籠」にまつわる人間との親交物語がある。
∝ ∝ ∝ ∝ ∝ ∝ ∝ ∝ ∝
メリーの一日の流れはこうだ。
朝起きる。食堂でみんなと朝ご飯を食べる。午前は自由。お昼を食べて伯爵夫人のところへ行く。
午前中は記憶喪失設定のメリーのために、時折レイがこの世界講座を開く。貴族は朝が遅いために、伯爵や伯爵夫人が寝ている時に少しずつ開催する。
とはいえレイは忙しいはずなのだが、溺れていた所を助けたよしみなのか、なにがしかの責任を感じているようで、よく声を掛けてくるのだ。おかげで話せる単語も増えてきた。単語だが。
午後は散歩をしたりお茶を飲んだり着せ替え人形になったりする。ちなみに洋服はメリーより年下のこの家の長女のお下がりだ。この世界の人間は発育がいいらしい。
夕飯前に業務終了して食堂に行ったり、空いていれば先に行水する。こっそりお湯にしているが。
夕飯後は魔法の練習。そう、メリーは魔法が使えるようになったのだ。「乾け!」が使えてから色々試したところ、水に関わる魔法が多少使えるようになった。
当然周囲には内緒だ。魔法が使える人間はいるようだが、貴族のごく一部か人ならざる者が得意とするようだった。この世界には獣人・妖精の類がいる。もちろんメリーもそちらの類だった。
∝ ∝ ∝ ∝ ∝ ∝ ∝ ∝ ∝
ある日メリーが伯爵夫人と庭を散歩していた時のこと。その庭は庭園ではなく野菜菜園だった。
デトックスのことはよく分からないが、濃い味付けに辟易としたメリーは生野菜をかじりたくて庭師に相談したのだ。少なからず野菜は伯爵夫人の体にも良いだろう。ほんの少し、雑草を一本抜くだけでもいいから、自分が育てた野菜として興味を持って欲しいメリーは、この散歩コースを推していた。
伯爵夫人も人形遊び、おままごとの延長なのか、メリーが庭いじりをしているところを屋根の下でお茶をしながら眺めることを好んでいた。
少し歩き、陽に当たり、そして今日はついに生野菜を収穫した
庭を頼んでそう日も経っていないのに、貴族パワーなのかほとんど収穫直前の様な苗が大量に移植されてきた成果だった。
「メリー、魔法。ΗρβελρΖπμΧρνπα(美味しくなーれ)、した。奥様、いただきます!」
ほんの一口ではあったが伯爵夫人は食べてくれた。残りをポイされるのは元日本人としてメリーには非常に悲しいことだったが、今後に期待したいところだ。
「大きい、シェフ、ジャン。美味しい、もっと、野菜、ソース、作る。奥様、お願いします、ありがとう!」
中身がうん十歳、外見も一応16歳のメリーにこの話し方は辛いところだったが、自分に親切にしてくれる人が明らかに不健康であるのは見過ごすことができなかった。
メリーも久しぶりにキュウリ(っぽいもの)を丸かじりして幸せに浸っていたところ、突然手に持ったキュウリが叩き落された。
「?!」
「なんてものを母上に食べさせているのだ!」
伯爵夫人と同じ黄土色の髪の少年が、振り返ったメリーの前に立ちはだかっていた。伯爵夫人はというと、扇子を顔の前に広げてしまっていた。
「ギィ様!」
その代わりに侍女がギドンにキツい声を掛けた。
「そんなもの、調理もせずに母上に食べさせるのが悪いのだ。気味の悪い東の民が!」
後ろに立つ侍従が顔を真っ青にさせているが、メリーは全く気にしていなかった。
(やっぱ黒髪は東にいるんだな~。ここも球形の星なのかな。っていうかこの子って多分……)
「ギドン様、食べる?」
メリーはまだ食べていないキュウリを差し出した。
「食べるわけがない!」
「うー……。奥様、今日、ごめんなさい、さようなら。」
手のキュウリを引っ込めたメリーは、そう言ってかじりかけのキュウリを拾い、野菜を乗せていた籠を持って井戸のある方に歩いていった。もちろん洗って食べるためだ。
「ギドン様、なんで、来る?」
城に戻っていく伯爵夫人を振り返りながら、ギドンがついてきていた。
「お前が変なことしないか見張るためだ。」
「うー……。侍従様、顔、困る、かあいそ。」
ギドンの後ろをついてくる侍従の顔は悲壮だった。
「かあいそ、ではなく可哀想だ!」
(分かってるなら帰ればいいのに……。ギィの気持ちも分からんでもないが、勤め人の悲哀は見ぬふりはできないよね~)
程なく井戸に着いたので、野菜はいったん籠に入れてギドンから遠くに置き、メリーは釣瓶を引き上げた。ここには桶もないのでそのまま水を籠にぶちまけた。
「乱暴な!」
「食べる?」
食べかけのキュウリをかじりながら、メリーはもう一本をギドンに差し出した。
「はしたない!」
メリーはキュウリを口にくわえたまま、もう一本を半分に折って侍従に差し出した。
「侍従様、元気、出す、お願いします。ギドン、いらない? 侍従様、2個。」
伯爵夫人の侍女たちもこの侍従も、貴族一家ほど鮮やかな色ではないが髪色は茶色でもないので、恐らくは貴族なのだろう。
ちなみに貴族も平民も、濃淡あれども大体が茶色い目をしている。時折違う色の目をしている人がいると、その人は死にかけて生還した人ということになるらしい。
メリーが茶色ではなく黒い目をしているのは、溺れて死にかけたからだと考えられているのだ。
(あ、やばっ! 侍従に様つけてお坊ちゃまを呼び捨てしちゃった。)
「……ごめんなさい。ギィ様、ギドン様。」
「……よこせ! 食べて確認する!」
ギドンは折ったキュウリの短い方を受けとったので、メリーが長い方を侍従に渡すとほんのり微笑んでくれた。
(お貴族様だろうに受け取ってくれるなんて侍従氏イイ人……)
ギドンは更に上位の貴族の直系なのだが、侍従と微笑み合うメリーは気づいていなかった。
侍従がポリっといい音をさせてキュウリをかじると、それを見たギドンも恐る恐る口に入れる。ゆっくり嚙みすぎて音はしていないので、代わりにメリーが食べかけのキュウリをボリボリ音を立てて食べてやる。それをギドンがすごい目つきで睨んでくるが、口に入っているので何も言えないようだ。
「ギドン様、美味しい?」
「……ギィでいい。」
「「えっ?」」
ぼそっとギドンがこぼした言葉に、メリーと侍従が聞き返す。
「もういいっ! 僕はもう行く!」
途端に顔を赤くしてギドンは踵を返した。
(やっぱりツンデレ。かまって欲しいお年頃かしらね。)
「ギィ、さようなら~」
一度こちらを見やってからギドンはスタスタ去っていき、侍従は苦笑しながら後を追っていった。
∝ ∝ ∝ ∝ ∝ ∝ ∝ ∝ ∝
そして翌日、そのまた翌日も、伯爵夫人との散歩の際にギドンは現れた。
(要するにそういうことだよね。)
メリーは前を歩いている伯爵夫人の手をキュッと掴んで微笑みかける。一瞬驚いた顔をした伯爵夫人も、握り返してくれた。そのままギドンの方に顔を向けると、案の定憮然とした顔をしている。
「母上の手をそのように乱暴に掴むとは!」
一度虚を突かれたような顔をした後、怒り出そうとしたギドンの言葉に被せるように、すかさずメリーは声を掛けた。
「ギィ、メリー、交代!」
そして伯爵夫人から手を離してギドンの手を掴み、伯爵夫人の手のそばに引っ張っていった。
(さあどうするかな~?)
伯爵夫人は戸惑っている。この家族は非常に貴族的なようで、メリーには人形遊びのままごとのように接してくるが、実の子供とは徹底的に距離を置いている。教育方針なのかもしれないが、食事を共にする伯爵はまだしも、部屋からほぼ出なかった夫人は子供たちとの接触が皆無だった。
それが最近メリーによって外に連れ出され、あまつさえ同年代の子供とふれあい笑いあっているのだ。慕情が募っても仕方がない。しかし素直に甘えるには10歳は育ちすぎていた。
それでもギドンはメリーが差し出せば結局キュウリは完食したし、連日押しかけて来る率直さも持ち合わせていた。そうなればメリーが一肌脱がないわけにはいかないのだ。
「侍従様、手、お願いします。」
メリーが手の甲を上にして差し出し微笑めば、意図を理解してくれた侍従が手を取ってくれる。
「喜んでエスコートさせていただきますよ、レディ。」
それを見ていたギドンも慌てて伯爵夫人に手を差し出した。
「母上、お手をどうぞ。」
伯爵夫人も貴族的なやり取りであれば戸惑いも少ないようで、ギドンに手を預けた。
(母子仲も円満で、私も素敵な侍従氏とデート風を味わえるわ! 一挙両得!)
メリーがご満悦で顔を上げると、2階の窓辺に伯爵の姿があった。いつも目は笑っていないながらも常に微笑みを浮かべている伯爵が、能面のような無表情でこちらを見下ろしていた。
(うわっ……やっちゃった、かな?)
あの顔を見たところ、この状況がお気に召さないことは分かる。問題はどれが、だった。奥様の外出か、ギドンとのふれあいか……
(野菜の生食? でもサラダとかあるし……まさか私と侍従氏の接触?! ……なわけないか。)
メリーが上を見上げて百面相をしていると、気づいた伯爵がにこりと微笑み軽く手を振って奥に入っていった。
(見間違え? ……じゃないよなぁ。)
思わずメリーが侍従を見るとひきつった顔をしていたので、多分同じものを見て感じたのだろう。
(これは家庭菜園散歩も今日限りか……)
∝ ∝ ∝ ∝ ∝ ∝ ∝ ∝ ∝
自重したメリーに代わって毎日伯爵夫人と菜園散歩をするようになったギドンから、手を握られてプロポーズもどきをされたのはその数日後。
「成人したら結婚してやってもいいぞ!」
メリーと侍従が目を見合わせて苦笑いしたのは言うまでもない。
2022.10.9 初稿
【完結済み小説のご案内】
誘死の瞳については『ヒロイン』へ
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓




