10.ジュゴン
【夢メモ】
ジュゴン
海獣。絶滅危惧種。〈別名:人魚、海の女性、海の女王。その涙や肉は媚薬とされた。by wiki English “Dugong” 6.Inportance to humans〉哺乳類なので長くは潜水できない。白っぽい灰色。
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問題の土曜日。メリーは念の為夜明け前には部屋を出る。休憩時間に散歩と称して探しておいた広大な庭、というか敷地の森の奥にある池に向かう。
鬱蒼としていて、故郷の沼を思い出した。池は円形ではなく、蔦の垂れ下がる天然のカーテンがそこかしこにあり、人目を避けるにはもってこいだった。
うっすらと夜が明けてきたので、靴を脱いで裸足になると、つま先から光沢のある象牙色のウロコが浮かび上がってきた。
「ΝζΡΙΦΡΨΕμηχ、ομθ……(まだヒレにはなってないみたい、ぐっ……)」
周りに誰もいなくても、自分の口から謎言語が発せられるのは気分が悪かった。表面上メリーは前世では考えられないほどに無口になっていた。
(ってことはおかんメイドも奥様も愛のないハグだったのね〜!!)
頭の中は非常にうるさかった。
(やっぱ同性じゃだめなのかな? 愛の種類が問題? アガペーとかエロスとか……あとフィリア? 違いもよく分からないな。)
とりあえずウロコが乾く前に池に足を浸す。
(そういえば半魚人状態の時期は結構長かった気がするけど、水の中で生活してた時もあったはずだよね。これ、もしかして今も水中呼吸できるかも??)
使用人の浴場は大きなたらいなので、頭を突っ込んで試しているところを見られたら、また入水説が有力になってしまうので試せない。
髪を切ったせいでメリーは刃物を持つと取り上げられ、川を見つめていると心配される生活を送っていた。
(服を濡らして帰ったらまた入水疑惑だし……ここは仕方がない、全裸で泳ごう! そして呼吸を検証だ!)
食事を除いて、意外と魚類生活も気に入っていたメリーであった。まだ早朝と言っていい時間、するりと麻織物の古着のワンピースを脱いで草むらに隠し、メリーはぽちゃんと小さな音をさせて水中に消えた。
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夕方日が落ちるまで検証したところ、少なくとも30分くらいは潜水していられることが分かった。居眠りしている時には無意識に浮き沈みして呼吸しているようだった。
(触っても今のところエラとかないし、それほど肺が大きいって訳でもないだろうし……やっぱ魔法的な何かなんだろうか。)
もう一つ分かったのことは、ウロコが出ているときには髪の色も金に戻っているということだった。しかも髪まで伸びていた。金色だった頃の元の長さがどのくらいだったかは覚えていないが、銀の時のように膝裏ほどには長くはない。
(魚類時代の髪は伸びてその長さになるんじゃなくて、形として固定なの?? え、分からん。結局魔法的な何か? でもこれなら最悪、誰かに見られても別人で誤魔化せるんじゃない?)
髪が黒く短く戻ったところで服を着て立ち上がる。ウロコももう消えていた。靴を履いて歩き出す前にメリーは髪を絞りながら思いつく。
「乾け!」
女神限定かもしれないが、ここには呪いや魔法的な何かがあり、祈ったら供物の髪が消えて言葉が聞き取れるようになった。そして不本意ながらメリーには女神の血が流れている。だから出来心でちょっと言ってみたのだ。
はたしてそれは魔法になった。髪が乾いたのだ。
「Φⁿ? ΖλΡξΝΗΑγθΜΨΤυΜζ! θκΦΨΕσψΧ!(えぇ? じゃあ言葉が喋れるようになれ! 呪いよ解けろ!)」
煩悩のなせる業か、母女神のいたずらか。今度は魔法にならなかった。しかも同じ言葉を何度も繰り返しても、聞こえる謎言語は一定ではないのだ。
(はぁ~、まあ髪が乾いただけいいか……)
メリーは切り替えも早かった。
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一日何も食べていなかったため流石にお腹が空いたメリーは、なんとか夕食に間に合わせるために急いで城に戻った。
そして今、おかんメイドに怒られている。
「一体どこへ行ってたの? 朝も昼も食べてないんじゃないの?」
メリーは失敗した。休みはもらえたが外出すると伝えるのを忘れていたのだ。
「休み、行く、森、好き、家」
「「「「…………」」」」
食堂にいた使用人たちが連想ゲームにエントリーした。
「森、行く、(日の出の手話)見る、(日の入りの手話)見る、帰る」
「丸が上がる……太陽? ……朝と日没?」(正解!)
「家? 家を思い出したの?」(忘れてないけどもう一度自力で行くのは無理かもね。)
「お前……森に住んでたのか?」(正解!)
「そりゃないだろう。」(なぜに? 貴族説支持者?)
「記憶を取り戻すために静かな森にいたんじゃない?」(残念、記憶喪失は設定です。)
「森が好きだから休みは朝から晩までいたいだけじゃないのか?」(嫌いじゃないけどね。)
「川じゃないならどっちでもいいよ。」(根強いな、入水説。)
「日が沈んだから帰ってきた?」(それもあるけど……)
「ぐぅ~」
メリーのお腹の音が盛大に鳴り響いた。
「「「「わっはっはっは~」」」」
「腹が減ったから帰った来たんだな!」(大正解!)
メリーは笑われても泣かなかった。あの時は笑われたことを泣いたわけではなかったからだ。それでも少し恥ずかしそうにモジモジした。
「だったら朝は食べてから、昼はパンでも持っていきな。」
「あ……朝、(夜明け前だし)ごめんなさい。昼、ありがとう。昼パン、夜、もらう、お願いします。」
そうして金曜の夜に多めに翌日のパンをもらうことになり、メリーの1週間のスケジュールが定まった。
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夕食を食べて部屋に戻ったメリーは、今日の結果を思案した。
(奥様とおかんメイドの庇護愛みたいなのじゃ呪いが解けなかったってことだよね。他にも男の使用人が私から刃物を取り上げたり、井戸を覗いた時は後ろから抱え上げられたけど、あれでもダメだったってことだ……)
メリーはいよいよ恋愛的な愛を視野に入れた。そもそも人魚姫を想定して家(湖沼)を出たのだから今更なのだが、略奪愛はイマイチ気が進まないものだった。
(でも奥様にはお勧めされちゃってるんだよな~。性愛みたいなのだったらセフレ的なのでいいと思うけど、「愛を得る」って言われちゃうと難しいよね。ウォルトさん版のはキス1回とかじゃなかった? その場合、人工呼吸でもクリア? それがOKな理屈なら、心情はともかく1回ヤレばOKってことになるけど……)
身も蓋もないメリーであったが、分からないからには片端から試して土曜日を待つしか方法はないのだった。
(やっぱ真実の愛が必要とかいうんだろうね。もっと具体的に教えてほしいものだわ。)
問題は相手で、王子サマでなければいけないのか、使用人仲間でもいいのかだ。
(奥様と、裸を見た伯爵とレイは子供と思ってないけど、他のみんなは完全に子供扱いなんだよね。おかんメイドたちは最初に風呂で見ただろうに。貴族と平民の違い、かな。レイは……金髪だしやっぱ貴族かな。)
家令のレイは伯爵夫人の2歳上で32歳、伯爵は47歳だがあの髪は白髪ではなくて銀髪らしい。
(呪いの黒髪なしで私がこの城に入り込んでたら、同じ銀髪同士で隠し子とか思われたりしたかな?)
この世界では遺伝の法則が働いていないということを忘れているメリーだった。
2022.10.8 初稿




