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乙女ゲームの占い師

作者: 小枝

 ――いやあ〜こりゃ夢かぁ〜。夢にまで出てくるとか、流石にゲームやり過ぎだったかなぁ〜。


 私の目の前には、「お人形さんみたい」なんて陳腐な表現では足りな過ぎる超絶美少女がチョコンと腰掛けている。

 うわぁ、膝の上で揃えられた白ーい手、その細ーい指、その先端に形の整ったツヤッツヤの爪。最早芸術品だよぉ!

 白磁のような(かんばせ)に煌めくアメジストの瞳、その宝石を隠すベールの如き睫毛、絹糸のようなプラチナブロンドは緩くウェーブがかかり、肩の少し下まで下ろされている。いや、形の良い耳がはっきり出てるからハーフアップなのかも。

 その柳眉は少し顰められ、プックリとした口元もツンと尖っている。

「占い師ィ〜?所詮はおべっか使いのインチキ商売っしょ〜?」とでも言いたげですねそうですね…。


 そう、何故か私は今、占い師としてこちらのお嬢様を占うことになっているのだ。

 占いなんて、朝のニュースの星占いを流し見する程度だったんだけどねえ。実家が神社とか、そういうのでもない、至って普通のOLなんだけど。

 でも今は占い師なのだ。そして占える自信もある。


 ――だって夢だから。

 もうめちゃくちゃ自覚してるけど、夢。明晰夢って言うやつだっけ?


 そして初対面のこちらのお嬢様のことも知ってるのだ。

 こちらの国宝級美少女お嬢様、御名をイザベル=ウジェニー=アマルリックという。このソルミエール王国の二大公爵家の内の一つ、アマルリック家の御令嬢だ。

 そして、私がプレイ中の乙女ゲームアプリ「光の大地に咲く花」のライバル、つまり悪役令嬢ってやつだ…。


 そして、占い師の私、実はゲームに登場する。といっても攻略対象やライバルではない。

 攻略に行き詰まったときに、攻略ヒントが貰えたりする課金サービスがあるんだけど、そこで登場する占い師なのだ…。顔をフードで隠した(つまり描かれていない)、性別も不明の「占い師」。名前が無いので、公式からも「占い師」って呼ばれてるやつ…。ひどい…。


 それで何で悪役令嬢の御前に課金サービスがいるのかというと、私がイザベルちゃん12さいの誕生日プレゼントだからでーす!!


 ――いやおふざけが過ぎたね。ごめんなさい。

 でもまあそんな感じ。誕生日プレゼントの一つとして、イザベル様の輝かしい未来を占ってみせよ、と。余興の一種みたいなものですかね。

 ここで重要なのは「輝かしい」未来ってとこね。めちゃくちゃ念を押されたからね、公爵家の家令さんに。そこは夢で見てないんだけど、何故か記憶があるんだよなぁ。

 今も後ろからめちゃくちゃ視線を感じる。首筋が焦げそうだよ…。


「さあ、占い師よ。王都で右に出る者は無いと言われたその腕前を、とくと披露してくれ」


 おおーう、公爵様めっちゃ渋いバリトンボイスなのね。めっちゃ好み。堪りませんなぁ。

 しかし私の身体は冷えていく。

 ――だって悪役令嬢ですよ?この後ヒロインに婚約者奪われて後ろ指指されまくるんですよ??どんな「輝かしい未来」があるとでも???

 いやぁ、でもワンチャンあるかな?何とか占いで良い結果引き出せないかな?そしてそれ(良い結果)だけを伝えてトンズラする。


「それでは、イザベルお嬢様。こちらの水盆を覗き込み、その御姿を映してくださいませ」


 私は水鏡の術で占うことにした。これが最も細かくハッキリと見える。小さな良い結果だって拾えるかもしれない。そしてそれを拡大解釈して伝えるのだ。

 私の魔力を流し込んで作った水が満ちる水盆に、イザベルちゃん(12)の影が落ちる――まっ、睫毛の影ェー!!睫毛の影がくっきり落ちるほどの睫毛の濃さー!私(24)が毎月マツエクにお金掛けてるのが馬鹿馬鹿しくなるゥー!


「ありがとうございます。もう結構ですよ」


 イザベルお嬢様の顔がキチンと映ったことを確認して、私は水盆に魔力を注ぐ。すると、触れてもいないのに波紋が生じ、次第にゆっくりと渦を巻き、中央に集束して盆から浮き上がり、一枚の鏡のように…あれ?水鏡がだんだん黒く濁っていく…?そのままボコボコと泡立ち始め、ちょ、待って、制御が……


 ――ぱしゃん!


 水鏡は砕け散り、盆の中に戻っていった。


「………」

「………」

「………」


 誰も言葉を発しない。

 私も何も言えない。こんな結果、まるで知らない。何と答えていいのか、全く分からない。


「……占い師よ、これは、どういうことかね?」


 絞り出すようなバリトンボイス。恐ろしくてとても顔を上げられない。心臓がバクバクと音を立てている。血の気がスーッと引いていく感覚が分かる。

 だんだん白くなっていく視界、その端にちらりと映った少女の指先が、ぎゅっとワンピースを握り締めて白くなっているのが見えた。



 *****



 目が覚めると、いつもの私の部屋だった。あ、日本の方ね。女性専用賃貸の1LDKの1の方。叙述トリックとか要らないからね。


「はぁぁ〜〜〜……」


 思わず朝から溜息をついてしまったけど、仕方ない、私ワルクナイ。

 寝汗で寝間着代わりのTシャツがべっとり張り付いていて、夢の中でじとじと背中を濡らした冷汗を思い出させた。一先ずシャワーだな、こりゃ。


「あっ、ログボログボ」


 スマホを手に取り、ヒカハナ(光の大地に咲く花)のアイコンをタップ、ログインボーナスを獲得しておく。やっぱりね、連続ログインボーナスがあるからね。こんな悪夢の後でもログインは欠かせないよね。

 …でも今日はログインだけでいいかな……。



 *****



「さあ、占い師よ。王都で右に出る者は無いと言われたその腕前を、とくと披露してくれ」


 えっ、これなんてデジャヴ。

 どういうことよ?これは昨日の夢だったんじゃないの?

 目覚めた私はいつも通り出勤して、一時間残業して、お弁当屋さんでおかずだけ買って帰宅して、冷凍してたご飯をチンしてインスタントの味噌汁も作って、ドラマ見ながら食べて、友達とメッセージのやり取りをしてから、お風呂を済ませて、髪の毛半乾きになった辺りで力尽きて寝たはずだったよね?

 何でまた夢の中で悪役令嬢イザベルたん(12)を占うことになってんの?後日仕切り直し的な?

 ――と脳内で疑問に思った途端、謎の記憶が脳内に蘇った。


 *


 あの後、ひたすら「私めには分かりかねます」「申し訳ございません」を繰り返し公爵家を辞した占い師であったが、三日後の雨が降った日の夕暮れ時に、増水した川に落ちて行方不明になっていた。川に落ちる直前、何かが背後からぶつかったような気がした…。


 *


 ――えっっっ何コレ…つまり消されたの?占い師=私、公爵家に消されたの…???ヤバない…???

 あーでも確かイザベルが第二王子の婚約者になったのってこの頃だっけ…?そりゃあ都合の悪い噂の元になりかねない人物がいたら、消すわなぁ…。いや、消すなよ。


 それで、消されたんだとして、何で!また!!イザベルが目の前にいて「輝かしい未来」を占えと言われているワケ!?!?!?


 これはあれなのか、コンティニュー的なやつか。強くてニューゲームの方かな。

 どうせニューゲームなら、占いを依頼されるところからにして欲しかった…そしたら断るから…。


 しかし今はやるしかないのだ。もうイザベルの誕生日になっていて、公爵家に呼ばれていて、目の前にイザベルが座っている。

 取り敢えず、水鏡の術はやめとこう。何か別の、結果が私にしか見えなくて、いざという時も言い訳ができるやつ。

 ……っていうか、私以外に結果が見えないなら、何を言っても真偽は問えないよね?それならテキトーに占ってるフリだけして、あとはなんかこう、フワッとしたことをモニャッと伝えておけば……


 ――ヒカハナの知識!!!


 ヒカハナの知識を元にアドバイスすればイケるんじゃない!?それで第二王子との関係が上手くいけば万々歳!占い師(わたし)の命は守られる!

 そしてなる早で隣国かそのまた隣国辺りまで逃げるのだ。いのちだいじに!今度こそ生き延びる!!!


「どうした?占い師よ。占ってみせてくれ」


 フードの下で百面相をしているのを知ってか知らずか、公爵様が私を促す。

 私は慌てて水晶玉を取り出した。

 

「――では、イザベルお嬢様。この水晶玉を見つめてくださいませ」


 ツンと唇を尖らせたまま、イザベルが水晶玉へ視線を向ける。

 私は水晶玉へ両手をかざし、魔力を注ぐ…フリをする。フリだけだよ!絶ッッッ対に魔力を込めるなよ、私!水晶玉が割れたりしたらシャレにならないんだからね!


 それで、えーと、何て言おう。この頃の第二王子とイザベルのエピソードって、何があったかな…?


「ふーむ…」

「おお、占い師よ。何か見えたかね?」

「豪華絢爛な部屋…絨毯に、これは…玉座?謁見をなされて…いや、顔合わせのようですね」


 取り敢えず情報をなるべく小出しにして、ノロノロと呟くことにする。


「なんと、イザベルお嬢様は、やんごとなき御方と御婚約なさるのですね」

「ほう、そんな事が見えたのか」


 あっ、誤魔化しやがった。食えないオッサンだなぁ、公爵様は。もう内示が出てるはずなのにね。

 第二王子とイザベルの婚約発表は、明日に控えたイザベルの誕生日パーティーで行われる。つまりもう顔合わせは済んでいて、内々に決まってるはずなんだけど。因みに第二王子の婿入りである。


 けれど、二人のすれ違いは、この目出度い日から始まってしまうのだ。

 たった一度顔合わせをしただけの相手との婚約発表。イザベルはパーティーの間中、ただの一度も笑顔を見せることは無かった。それが第二王子の心に影を落とすこととなる。そしてここから生じたすれ違いがひびになり、溝になり、隙間風が吹くようになる頃にヒロインが現れ…後はお察しください。

 ああーもう、折角美人に生まれたんだから、笑顔の一つや二つ三つ四つぐらい振りまいてやればいいのに!某バーガーチェーンではスマイル¥0なんだからね!

 でも「お嬢様、色々思うことはあれど、とりま笑っといた方がいいッスよ」なんて言えないしなぁー!いのちだいじに!(二回目)


「あぁ、婚約者殿の視線がお嬢様に…。まるで花に誘われる蝶のようです」


 なるべくロマンティックな表現にして誤魔化そう。もしかしたらこれで満足してもらえるかもしれないし。

 ちなみに「婚約者殿」という表現にしたのは、占い師(わたし)が王族に拝謁した経験が無く、顔を知らないことになっているからだ。ゲームをプレイした「私」なら、成長後の第二王子の姿(グラ)は分かるんだけどね。


「ふむ。続けよ」


 ――コンチクショウ!誤魔化されとけよ!

 いや、でも辣腕財務大臣サマだもんな…これくらいで誤魔化されてちゃ仕事できないよな…。


 とにかく、だ。明日のパーティーで二人の関係がギクシャクしなければそれでいい。パーティーの出席者に二人の関係を期待させられたらなお良い。


「見えました…。婚約者殿は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。お嬢様を大切に想い、相応しくあらんと努めてくださいます。互いに高め合うお姿は国中の夫婦の理想となられ、公爵領を末永く盛り立てていくことでしょう」


 そう言って、私はイザベルの目をじっと見つめた。

 ――分かってるだろうな!笑顔、笑顔だぞ!


「――だそうだ、イザベル」


 公爵様がイザベルに振る。その、何とでも受け取れそうな狸喋り、やめてもらえませんかね…胃がシクシクしてくるんですが…。


「…それは、本当ですか?」


 初めて聞いたイザベルの声音は、思ったよりもか細かった。おや?と思いながらも私は頷いてみせる。


「そうなの…。本当なら、わたくし、嬉しいわ…」


 呟くように、囁くように、そっと言葉を紡ぎ出すと、イザベルはその表情をフッと緩めた。

 勝気な印象だった目元は優しいものに、ツンと尖った唇はゆるゆると弧を描き、頬はほんのりと染まった。


 ――ァッッッ!!!(尊死)


「良かったな、イザベル。……占い師?どうしたのだ?占い師よ?」

「!」


 うわー…ヤバいヤバいヤバい、一瞬意識が遠のいた。カムバック、カムバック私の魂!

 いやいやいや、ちょ、何、国宝級美少女が、世界遺産級、いや、神話級美少女になったのだが???これは夢???いやいや夢やっちゅうねーん。しかし現実(リアル)。夢なのに現実(リアル)。どゆこと???

 破壊力ヤバい。死ぬ。尊死する。今この瞬間ヒカハナの最推しがイザベルになりましたー!!!


 ――いや、ちょっと待て。心の鼻血はさておき、イザベルの最初の硬い表情といい、昨日の夢の終わりに見えた、力の入った指先といい、もしやイザベルって。


「恐れながら……イザベルお嬢様は、あがり症であられますか?」


 思わず問いかけると、イザベルの細い身体がピクリと跳ね、頬が瞬間的に赤く染まった。

 うーわー、何この可愛い生き物。うさぎちゃん?それとも小鳥ちゃんなの???


 公爵様がゆるゆると頭を振る。


「日頃から公爵令嬢らしくあれ、と教育しているのだがな。こればかりはなかなか治らぬ」

「愚考ながら申し上げます…。お嬢様は、御自身のお立場や将来担う責任を深く理解されています。言動に細心の注意を払わねば、と思えばこそ、緊張されてしまうのでしょう」


 私がそう言えば、背後で誰かが頷く気配。恐らくはイザベルの侍女あたりだろう。

 イザベルもどことなくホッとした表情をしている。


 そっかー腑に落ちた。

 ゲーム内でもツンケンした言動が多いイザベルだけど、この子、あがり症が転じたツンデレさんだ。


「お嬢様…婚約者殿はお嬢様のそのようなお姿を知ってもお嬢様を嫌ったりなどしませんよ。お嬢様の飾らない心を打ち明けてみてはいかがですか?」


 そう、なんたって第二王子が好きになったのは、ヒロインの笑顔と、素直さと、弱音を吐露しつつも諦めずに立ち向かう姿勢だからね。


「ほう、それもまた占いで見えたのか?便利なものだな」


 公爵様が髭を撫で付けながら感心したような声を上げる。こ、これは差し出口が過ぎたかな?

 内心ガタガタ震えながら「恐れ入ります」と頭を下げておく。


「それは、本当なの?でも、もし淑女らしくないって、ガッカリされてしまったら…」


 おっと、イザベルの心は揺れつつあるが、まだ吹っ切れてはいないようだ。

 これは拙い。頼む、頼むぞ。明日のイザベルに私の命は掛かっている!いのち!!だいじに!!!(大事なことなので三回言いました)


 私が今日中にできる逃亡準備の算段をしていると、公爵様が口を開いた。


「…イザベル。占い師の言葉は、御守りだと思いなさい。結果を聞いてどうするかはお前次第だ」

「お父さま…」


 あっ、正直そのスタンスめっちゃ助かりまーす。

 偶にいるのだ、良い結果を聞いて、何もせずとも、若しくは何をしてもその結果が降ってくると思い込み、幸運を逃す客が。そして後から占いが外れた、と文句をつけてくるのだ。あーヤダヤダ。

 まあ売れっ子占い師がそんなこと堂々と言う訳にもいかないけどさ…。


「わたくし…わたくし、殿下と心を通わせられるようになりたい」

「なれますとも!真心を示せば、真心で返してくださいます」


 私はそれはもう力を込めて頷いた。なんたって明日のイザベルに占い師(わたし)の今後――具体的に言うと生命――が掛かっている。

 まあそれだけでは無いんだけどね。推しのバッドエンドを回避したい、幸せになってもらいたい、ってのがファン心じゃないの。


 イザベルが何かを決意したような表情で公爵様に向き直る。


「…お父さま、明日、誕生会の前に殿下とお話する時間が欲しいですわ」

「ふむ、よかろう。となると、すぐにでも明日の準備に取り掛かるが良かろうな。レディーの支度は時間が掛かるのだろう?」

「分かりました。占い師さま、お名残惜しいですが、わたくしはここで失礼致します」


 おっと、急遽リスケが決定してしまった。ばたばたしそうだし、私もそろそろ退散するか。


「こちらこそ、お嬢様の占いをさせて頂き、光栄に存じます。お邪魔になってはいけませんので、私もここらでお暇させて頂き…」

「占い師さま!」


 暇乞いを遮るイザベルの声。驚いて顔を上げると、頬を上気させたイザベルが、こちらを真っ直ぐ見つめていた。


「わたくし…占い師さまのお言葉で、なんだか元気が湧いてきましたの。殿下と真に心の通った間柄になれるように、頑張りますわ」


 そう言ってイザベルははにかんだ。年相応の可愛らしい笑顔だった。


(こんなん本編で見たこと無いやつー!ありがとうございます!ありがとうございます!!!)


 心の中で合掌しながら、私の意識は白くなっていった……。



 *****



 それからどうなったかと言うと。


 ①占い師(わたし)は公爵家お抱えになった

 ②ヒカハナに公爵令嬢モードが実装された

 ③夢の中で占い師(課金サービス)になっていた真相を知った


 ――って、流石に簡潔が過ぎる?

 じゃあ順を追って説明するとしよう。


 *


 まずは①からね。


 イザベルたんの誕生会から三日後、占い師(わたし)は再び公爵家に呼び出された…と言うか、夢の続きがそこから始まった――って、何で高飛びしてないのさ!!!

 気付いた瞬間に頭を抱えたくなったんだけど、よくよく観察すると、そこまで悪い雰囲気じゃなさそうだ。


 最初に話し始めたのはイザベル。先日の占いへの礼と、誕生会の様子の報告だった。


「わたくし、殿下にお伝えしたの。とても緊張していて、上手く笑えないかもしれません、って。けれど本当はとても嬉しくて、貴方さまと心を通い合わせたいのです、とも」


 そこで言葉を区切ったイザベルは、頬をぽっと染めた。


「殿下は、貴女の気持ちを聞かせてくれて嬉しいと…自分も、貴女と心の通った夫婦になりたいと…そう仰ってくださいました」


 やったー!!!やった〜〜〜!!!あがり症で恥ずかしがり屋でツンデレのイザベルが素直になったーーー!!!

 そして第二王子も好感を持ってそれに応えているようだ!!

 そして何よりイザベルたんのこの幸せそうな顔!!!

 ありがとうございます!おめでとうございます!


 内心スタンディングオベーションで喝采を送りまくっている私だが、一応お仕事中であるので、おくびにも出さず「それは大変ようございました」と微笑むに止める。すげーな私のプロ意識及び表情筋。


 それで、先日頂戴した報酬とは別に、「気持ち」として少なくはない金額を頂いてしまった。ひえぇ…。

 しかも公爵様が「イザベルがお前を気に入ったので、これから時々話し相手として訪れるように」なんて言い出した。

 たまげたよね。この人実は一人娘に激甘だったんだ。

 それはさておき、基本方針いのちだいじに、に変わりはないので、全力で辞退した。そう、辞退したんだよ私は。


「私のような、出自も存在も怪しい占い師なぞが頻繁に御屋敷に出入りしたとあっては、公爵家の威信に関わります故…」


 自分で言うのもなんだけど、結構もっともな意見を述べたと思うのよ、私。

 でも公爵様は、ふむ、と髭を撫で付けて、こともなげに言ってのけた。


「では当家でお前を雇おう」


 思わず、何考えてるんですか!と叫んだら、家令さんとユニゾンしていたよ。ですよね。


 その後の諸々は割愛するとして、食客?のような扱いで、公爵家中の誰でも何でも、大小問わず占うことになった。メイドの失せ物探しから、不正貴族摘発のための証拠探しまで、何でもござれだ。


 政治に関わる部分については「占いで出たから、では何の根拠にもなりませんよ」って言ったんだけど(これも家令さんとユニゾンした。ですよね〜)、「お前の占いを元に密偵に探らせるのだ。もとより盲信してなどおらぬ。効率を上げるためだ」とにべもなく返されてしまった。

 多分これは、その少し前に、領地で起こる自然災害について占い結果を自主的に伝えたことで、信用度が上がってしまったからだ。

 だってお天気占いしたら見えたんだもの。大勢の人が困ると思ったら見過ごせなかったんだもの…。


 そんなこんなで、お嬢様の話し相手以上、密偵未満として、公爵家お抱え占い師になってしまったのであった。


 *


 ここで話は②に移る。


 公爵家お抱え占い師になることが決まった夢の後で、ログボのためにヒカハナアプリを開いたら――なんと、公爵令嬢モードが実装されていた。

 公爵令嬢イザベルとなって、第二王子との幸せなゴールインを目指す、というもの。

 慌てて運営公式SNSやHPをチェックしたが、そのようなリリースは全く無い。皆無。

 どういうことやねーん、と問い合わせしたけど、当然だけど「何言ってんの?」って反応だった。スクショを添付しようと試みたが、公爵令嬢モードは何故かスクショが撮影できない。


 どう考えても怪しさ満点なんだけど、連続して見ていた占い師(課金サービス)の夢の一件もあり、夢に役立つのなら、とプレイしてみることにした。

 ――まあこれがよく詰む。この娘(イザベルたん)の人生、どれだけハードモードなのよ。

 何度も挫けそうになったけど、バッドエンドに至るフラグの一つ一つを回収することが、夢の中の最推し(イザベルたん)を救うことに繋がるんだ、と歯を食いしばり、時折り涙しながらプレイした。



 そして、遂に迎えたベストエンド。


 卒業式後の夜会で本編ヒロインからの悪役令嬢断罪劇を見事に跳ね除け、お邪魔虫が退散した後のホールの中央で、第二王子はイザベルに跪く。両手でイザベルの片手を恭しく取り、隠しきれない愛を双眸に湛え、イザベルのアメジストの瞳を見つめる。


「私の真心を、生涯貴女だけに捧げ続けよう。イザベル、私と結婚してください」

「―――はい」


 感動に打ち震えながらイザベルが答えると、ホール中から喝采が起こった。



「嗚呼…イザベルたん、良かったねぇ。良かったねぇぇぇぇぇ」


 これまでの私とイザベルたんの苦労が報われた瞬間であった。涙と鼻水が止まらない。ゴミ箱にはどんどんティッシュが堆積されていく。


「はぁ…あとは夢の中のイザベルたんが幸せになれば、御役御免かなぁ…」


 何度目かの鼻をかんだ後、私はひとりごちた。

 最初に夢を見てから早数ヶ月。早送りのようだったけれど、イザベルたんの成長を具に見守り続けた濃密な五年間分の夢だった。


「夢の中のイザベルたんが無事に結婚した後は、どうなるんだろう…」


 疑問を抱きつつも、その夜は達成感に満ち足りた気分で眠りに就いた。


 *


 その晩の夢は、いつもと異なっていた。

 何も無い真っ白な空間に、私は(現代日本人女子)として存在していた。


「えっ?あれ?公爵家のお屋敷じゃない?占い師じゃないし、何で??」

「やあ、はじめまして!」


 戸惑う私に突然掛けられた軽い声。

 はっと気付くと、私の目の前にヒカハナの占い師(課金サービス)がいた。フードを目深に被り、その表情は窺えない。


「えっ!?占い師!?」

「そう、私が占い師だよ〜」


 飄々とした話し口に中性的な声。

 この、性別も年齢も出自も、一切の掴み所の無さは、間違いなくヒカハナの占い師だと予感させる。


「少しね、種明かしと言うか、自分語りをしたくなってね。聞いておくれよ」


 そう前置きすると、私の返事も待たず、占い師は語り始めた。


 イザベルの十二歳の誕生日に占いを失敗したこと。

 その数日後に背後から押されて荒れた川に落ちたが、なんとか一命を取り留めたこと。

 その後、名を変え姿を変え、場末の占い師として糊口を凌いでいたこと。

 公爵家憎さで、客のとある娘と第二王子の仲を深める(まじな)いを掛けたこと。

 けれど、婚約破棄された公爵令嬢が貴族社会の中で笑い者にされても、言い訳の一つもせず、ただただ真摯に領地経営に向き合って堅実な結果を出している、との話を聞き、「彼女は不幸になるべき人物だったのか」「あの時に占いが成功していれば、どうなっていただろうか」という思いが首をもたげてきた、ということ。


「あの時、未来が分かる者がいたら?私以外に占える者がいたら?…そう思ったら、どうしようもなくなってね」


 占い師は苦く笑った。


「そうして私は研究に研究を重ね、遂に運命の分岐点まで時を遡る術を発明したのさ。

 ――ただ、私はそれを今の時間から観測するのみ。『私よりも公爵令嬢(イザベル)の未来を知る者』、つまり君に託したのさ」

「ひょえー」


 なるほど分からん。


「私は公爵令嬢を不幸にしてしまったけれど…君が導いてくれて、彼女を幸せにしてくれて本当に良かった。ありがとう」

「えっ、いや…まあ、こちらこそ?」


 イザベルたんは今や最推しだけど、最推しだけども!

 明確な悪意によって命を狙われた占い師の恨みも分からなくはない。そりゃ現代日本の一般人が命を狙われることなんてまず無いので、真に理解できているかと問われればそうじゃないんだろうけどね?


「ただの悪役令嬢だと思ってたイザベルたんが、本当はとっても可愛い女の子だったんだって知ることができたから。

 こちらこそ、ありがとう」


 夢の中のイザベルたんも、公爵令嬢モードのイザベルたんも、どちらも本当に可愛かった。

 ベストエンドのイザベルたんの感極まった表情は、思い出すだけで目頭が熱くなってくる。

 夢の中のイザベルたんも既に破局フラグは全てバッキバキにへし折った後なので(余談だけど、公爵様ってやっぱり親馬鹿だなって感じる場面があった)、あとは公開プロポーズまで一直線だ。

 公爵家の食客と言えどたかだか一介の占い師程度では学園の夜会を直接覗くことはできないが、イザベルたんと第二王子が手を取り合って公爵家に帰宅し、素晴らしい夜会であったと報告してくれるのが楽しみでならない。なお、この五年の間に、なんやかんやで(占い師)は第二王子とも顔馴染みになっている。


「ふふっ。巻き込んだ私が言うのもなんだけど、所詮は夢の中の出来事とは言え、君も大概お人好しだね」


 占い師は可笑しそうに笑った。先程の苦い笑みは何処へやら、吹っ切れたような笑顔だった。


「選ばれたのが君で良かった。心からそう思うよ。

 今までご苦労様…は違うかな。ありがとう」


 占い師はそのまま私に手を差し出してきた。思わず私もその手を取り、握手をする。

 占い師の掌から伝わる熱に、今更だけどこの人もまた物語を持つ人物だったのだ、と思った。


「本当に、ありがとう。


 ―――さようなら」


 え?と思ったのも束の間、繋がれた手から私の中の何かが占い師の中に流れていくような感覚がして……


 *


 そこで私は目が覚めた。

 スマホの目覚ましアラームが鳴り響く、現代日本の私の部屋だった。


「今の夢って……」


 呆然としていた私だが、慌ててスマホを手に取るとヒカハナのアプリを開いた。

 しかしそこには、公爵令嬢モードではない、通常のヒカハナのオープニングメニュー画面が映るばかりであった。


「あ…嘘、イザベルたん……」


 スマホを握る手がぶるぶると震えた。取り落とさないようにぐっと手に力を込める。


「占い師…『さようなら』って…」


 夢の終わりの占い師の言葉を思い出す。

 そう、確かに占い師はそう言った。そして恐らくは、同時に私の中から何かを持ち去ってしまった。


「…あ、あ、あ、占い師(あのヤロウ)…ッ!


 私、まだ、イザベルたんの結婚式見てないのに〜〜〜ッッッ!!!!!」


 血涙を流すかのような叫びが、朝の6畳間に響き渡った。



 そして、二度と夢の続きを見ることは無かった。

 以上が③の顛末である。



 *****



 ――これで私の物語はおしまい。


 そうそう、後から気付いたんだけど、スチル集にイザベルたんがプロポーズを受ける場面が加わっていた。

 私はそれを何度も何度も見返しながら、イザベルたんとの想い出を思い返したり、見ることの叶わなかった結婚式を思って歯噛みしたりしている。


《設定》

日本人女性。成人済。OL。夢の中で乙女ゲームアプリ「光の大地に咲く花」の課金サービス占い師になる。


悪役令嬢(16)

イザベル=ウジェニー=アマルリック

公爵令嬢。本来はちょっと気が小さいのだが、公爵令嬢らしくあらんとした結果、ツンケンした物言いになってしまったり、空回ったりしてしまう。


占い師(?)

本名・性別・年齢不詳

ローブを深く被っており、口元しか見えない。

乙女ゲーム「光の大地に咲く花」の課金サービス。

①ログボ等で貰えるジュエルでは

・攻略ヒントを教えてくれる

・現在の好感度を教えてくれる

②攻略中の相手と一緒に訪れ課金すると、相性占いと称して好感度を上げてくれる

本来のストーリーでは描かれていないが、公爵家にてイザベルを占った後、増水した川に落ちて行方不明になる→奇跡的に一命を取り留め、名を変え姿を変えて場末の占い師として生きている。ゲーム開始時点では、店を構えず露天で占いをしている。場所は週替わりなので、要注意。


国名

ソルミエール王国

sol(ソル/大地)+lumtère(ルミエール/光)


乙女ゲーム

「光の大地に咲く花」

中世ヨーロッパ風学園もの。

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'24.04.03 誤字を修正しました

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