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ただ君を想う


「フリージアさんは休日にはなにをされているのですか?」



 目の前のアーク商会のマッカートニーさんは人の良い笑顔を浮かべながら言った。彼の茶髪の髪はプリンができていて存外ずぼらであることを示している。眼鏡の奥の眼光は鋭くこちらを値踏みしていることが透けて見えた。



「ええ、紅茶のさらなる品種改良のために日々試行錯誤をしておりますわ」



 にこりと笑顔の中にこのお見合いの破局の兆しを感じながら答える。どうも商材も合わないし、彼も乗り気ではなさそうだわ。この話は流れるだろう。もう期待はしないことにした。



 大いなる運命の風に翻弄されるのならば流されるところまで流されてみたいもの。たとえそれが三角州(さんかくす)の吹き溜まりだとしても。



「へえ。私はもっぱらクルージングですね。風を切って海を駆けるのは良いものですよ。この間なんかーー」



 私の話は一切興味がないのはひしひしとわかりました。あなたの瞳に映るわたしは虚ろなマリオネット。



「あら、もうこんな時間」


「おや、本当ですね。いやはや時間がこんなに早く感じるなんて。フリージアさんは僕と相性がいいのかもしれませんね」



 にこやかなさっぱりした顔で去っていくマッカートニーさん。



 あれから連日見合いのラッシュ。



 すでに運命を知ってしまった私にはすべて色あせて見えてしまう。ああ、どうしてクリスタル商会が潰れてしまったのかしらなんて考えるのはやめにしましょう。あそこでなりふり構わず縋れなかった時点で私の負けなのです。女の武器である涙を使うのは一生に一度あのときだったのかもしれないと今なら思うのです。そんなあさましい真似とてもできないとあのときの私ならそういうでしょうが。




 馬車で屋敷の前まで帰ってきてやっと人心地つく。



 どうしてこのような堅苦しい家に生まれてしまったのだろうか。庭の今日も咲かない薔薇に目をやってはロイド様の最後の姿を思い出す。未練がましい私。



「ちょっと降ろしてくれるかしら。庭園を散歩してから帰りたいわ」



 大門の前で御者に声を掛けてよそゆきのドレス姿のまま庭園を歩く。いつものルーティーン。今日も咲かない薔薇に肥料と水をやる。



 もう彼は私のことなど覚えてもいないだろうし、思い返す暇もないだろう。ただひっそりと記憶の波のなかで摩耗して消えていくだけ。



 

…………




「融資、ですか?」


「ああ。担保はこの土地だ」



 私の言葉に銀行の役員は怪訝な顔をする。



「差し押さえられたのでは?」


「あれは親父の会社だ。私の方は別にある」



 小さな子会社だがこちらの名義は私のものだ。もともとは相続税を軽くするための一環だったが運よく難を逃れた。自己破産は親父にのみ適用された。母上は音信不通だし迷惑はかかっていないだろう。



 私も一からはじめるだけだ。



 会社の名前も変える。



 商材も、フリージアの好きな紅茶にすると決めた。紅茶専門店であるフリージアの家と競合しないように国産ではなく輸入品を取り扱うことにも決めた。



 この薔薇の葉に誓って、決して諦めないと誓ったのだ。



「貸せるとしてもせいぜいこのあたりですね」

「十分だ」



 新しい販路を開拓する。私にできることならなんでもする。私の力でどこまでいけるものか、見ていてくれ、フリージア。



 私は世界をまわった。



 言語を学び、その国の風土になじみ、土と水を自分の目で確かめ、労働環境を調べた。納得できるものだけを買い付けた。適正価格で売った。



 いつか君に自信をもって紹介できるように、恥じない会社にしようと、ただその一心で。



「持ち逃げされただと」



 現地の外国人に共同経営を持ち掛けられたと思ったらこれか。私は頭を抱えた。人間なんて信用ならない。事前に悪事の忠告をしてくれるものなどフリージアくらいのものだろう。大抵の奴はひっそりと茶葉の入れ替えぐらいやってのけるし、簡単に人を裏切ってくれる。



 この世界はくそだ。



「ああ、くそ」



 こんなんじゃあ君の前にはとても姿を見せには行けないな、フリージア。



「なにが残っている」


「現金以外はすべて残っています」


「そうか。機材に金を投入しておくべきだったな。とりあえず売れるものから売りに出してその利益をもとに操業する。まあ、火の車だろうができるところまでやってやるさ」



 私の言葉に従業員はうなずいた。



 こういう窮地に残ってくれる人材ほど大切にしなくてはな。どうせ一から始めた身だ。



 何度だって一から始めてやるさ。



「ついていきます、社長!」


「その言い方はよしてくれといっているだろう。私はいち従業員だ。こんな小さな会社でふんぞりがえってなどいられまいよ」



 そうだ、親父の会社はこんなものではなかった。



 あの悪徳を極めた親父は同時に栄華も極めていたのだから。



 売れるものから売った。もうこれからは現金で残すことはやめる。資材設備に金をかける。人を簡単に信用しないし、現金のありかは広めない。利益は社員に還元する。余った分で二号店を出す。それからーー。








 私は何のために会社を興したんだったか……?













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