016
王都冒険者ギルドには俄かに騒がしくなっていた。
それはいつもの下らなく、どうでも良い話ではなく、黒等級ダンジョン出現の一報が原因であった。
「パーティメンバーが黒等級ダンジョンボス相手に時間を稼ぐために一人で残っているんだ!早く救援隊を出してくれ!」
いつもの飄々とした雰囲気ではなく、緊迫した様子でまくし立てるロイの様子に受付嬢のアリナはただ事ではないとすぐに感じ取った。
「ま、まさか、レインくん!?」
冒険者ギルドに駆け込んできたパーティメンバーの中に最近見慣れてきた少年の姿がないことにアリナはすぐに気づくことができた。
そして、金等級冒険者が逃げ出す黒等級ダンジョンに銀等級冒険者が残されているという絶望的な状況だということも同時に理解していた。
「……至急上に掛け合って、黒等級冒険者を緊急招集します。詳しい事情を伺いますので、少しお待ちください」
しかし、アリナは心を奮い立たせ、今自分にできることを為そうとすぐに動き出した。
冒険者ギルドに所属する冒険者は緊急時にギルドの招集に応じる義務がある。
王都中に放送を流し、緊急招集を掛ければ、変わり者の多い黒等級冒険者とはいえ、一人ぐらいは招集に応じる可能性があるのだ。
逆に言えば、黒等級冒険者ならば、一人いるだけでも十分なのである。それ程までに黒等級冒険者は規格外なのだ。
『緊急招集!王都に滞在する冒険者ギルドの全ての黒等級冒険者は至急冒険者ギルド王都本部に出頭してください』
そして、この緊急招集に応じた黒等級冒険者が一人いた。
「シルフィリア・アイゼナッハが招集に応じました!」
ギルド職員の一人がギルドの会議室に駆け込んでくる。黒等級冒険者出頭の一報が対策本部に伝わったのである。
黒等級ダンジョンは基本的に発見され次第の早期攻略が望まれ、大きな街が近くにあれば、ギルドに対策本部が立てられる。
その大きな原因はダンジョンから漏れ出る魔素という物質が周辺の魔物を強化、凶暴化させるところにある。
その影響を軽減させるにはダンジョンボスを討伐することが有効とされており、特に周囲に与える影響の大きい黒等級ダンジョンはそのような理由から早期攻略が望まれるのである。
「おお!あの《疾風の剣姫》が出頭したか!今日はもう日が落ちているから、明朝まで待ってもらえ!」
「そ、それが……」
ギルドの中にはレインが生きていると思っている者は、もう一人としていなかった。それは当然の思考と言えた。
勿論、ロイ率いるパーティメンバーは生存の可能性を信じたかったが、《ミノタウロスキング》と対峙したからこそ、まだレインが生存しているとはとても思えなかった。
しかし、そんなギルドの中にその極僅かな可能性を信じて、今すぐダンジョンに向かうと言って聞かない冒険者がいた。
それが、他ならぬ《疾風の剣姫》シルフィリア・アイゼナッハその人であった。
「しかし、もう日が暮れている!夜間の移動は黒等級冒険者であったとしても危険だ!」
「口出し無用だよ、副ギルドマスター。私は齢18かそこらのような見た目だけど、結構生きている。心配しなくとも、しっかりと退治してくるから、安心するといいよ。では、これにて失礼するよ」
シルフィリアはそれだけ言うと、ギルド職員の制止する声を無視して、ギルドを飛び出し、そのまま空を駆けて行った。
「全く……本当に自由な人ですね」
「いや、それでもああいうのはまだマシな方だ。心は清廉で強靭、そして、何よりやりたいことがはっきりとしている。有事の際にはこの50年かなりの確率で協力してくれているそうだ。他の黒等級冒険者などはもっと扱い難い」
副ギルドマスターと呼ばれた男は嵐が去ったことにほっとするように葉巻に火をつける。
「はぁ、そういうものなんでしょうか?」
「そうだ。他の黒等級は殆どが魑魅魍魎、何を考えているのかすら分からない。そもそも、黒等級は数が少ない上に、大抵は王都外に出払っているから、わざわざ周辺の街にまで馬を飛ばさなければならないところなんだ。あの人がこの街にいてくれて本当にほっとしているよ」
副ギルドマスターは、ふぅ、と煙を吐いて、そっとシルフィリアの向かった先を見据える。
「それにしても、一人で大丈夫なのでしょうか?」
新米ギルド職員のこと男にとって、その質問は至極真っ当なものだった。
一般に金等級に分類される魔物を討伐する時は金等級のパーティを、という風に言われている。
その法則に従うなら、黒等級に分類される魔物を討伐するには黒等級のパーティが必要になるはずなのだ。
「ああ、それは全く問題ない。彼女なら必ず討伐して帰って来るはずだ。彼女は黒等級の中でも一等強い部類に属する。伊達に私達の何倍も生きていないんだよ」
とにかく、私達は報告を待つことしかできない、と男はギルドに戻っていく。
そして、依然街は熱を持ったまま、夜だけが更けていく。