015
まず、俺は無数の《黒球》を周囲に生成し、それを《ミノタウロスキング》に向けて、無造作に放つ。
しかし、《ミノタウロスキング》は巨躯からは考えられない程の驚異的な速度で移動し、それらを全て回避して見せた。
「こいつ、速いッ!」
俺は《黒球》を生成し続け、攻撃を絶やさないようにするが、《ミノタウロスキング》はいとも簡単にそれを避け続け、あっという間に俺の眼前に迫っていた。
「グラァッ!!」
《ミノタウロスキング》は容赦なく巨大な戦斧を振り下ろしてくる。
だが、俺も密かに構築していた《黒璧》を発動させ、全身を隠せる程の大きさの『触れたモノを消滅させる壁』を生成する。
これで、《ミノタウロスキング》の戦斧は使いものにならなくなるはず。
しかし、俺は次の瞬間、その考えが浅はかであったと理解する。
《ミノタウロスキング》は《黒璧》に触れる直前で戦斧を止め、今度は戦斧を横薙ぎにしたのだ。
《黒璧》は振り下ろされる戦斧を受け止める為に生成したものだ。つまり、横はがら空きである。
俺は《ミノタウロスキング》の戦斧を何とか回避しようと、大きく後ろへ跳ぶ。
最速で回避行動に移ったのは良い判断だった、そんなことを考えた瞬間、自分の左腕の感覚がないことに気づいた。
「ぐああぁぁぁぁぁぁ!!!痛えぇぇぇ!!?」
だが、それさえも不幸中の幸いだった。
回避をしなければ、上半身と下半身が離れ離れになっていたところだったし、《ミノタウロスキング》は《黒璧》によって切断された戦斧を捨てたのだから。
しかし、そうであったとしても、その代償はあまりに大きかった。
痛みで頭がまともに働かず、精霊術を構築できない。
このままでは間違いなく次で殺される。
俺はこんなところで死ぬのか?
まだセリカとも再会していないのに、こんなところで本当に死んでいいのか?
いや、絶対にダメだ。あの時に交わした約束は絶対に破れない。
俺はこんなところで死んでやるわけにはいかない。
じゃあ、どうする? まずは傷を治す? だけど、治すたってどうやって?
そうだ、ティナの精霊術には確か《再生》の術があったはずだ。
俺が何度練習してもできるようにならなかった《再生》の術が。
だが、もしかすると、自分の体ならば《再生》できるのではないか?
数十秒前までにあった左腕を《再生》することならば、できるかも知れない!
「一か八か……やるしかない」
《ミノタウロスキング》が一歩一歩ゆっくりとこちらに向かってくる中、俺は目を瞑り、左腕の切断面の辺りに霊力を集中させる。
ティナは言っていた、《再生》はそこにあったものを想像し、そこに霊力を変換して補うのだと。
自分の左腕のことだから、自分が何よりも知っていることだ。
ならば、《再生》できない道理はない!
「《再生》!!」
ゆっくりと、恐る恐る目を開ける。そして、左腕の方へ目を向ける。すると、そこには数十秒前と何ら変わりのない左腕があった。
これなら、まだ戦える!
「《黒装》!」
俺は剣を抜き放ち、《黒装》を使って刃を漆黒に染める。
しかし、今回は刃を漆黒に染めるだけではない。
体内に存在する霊力を全て消滅のエネルギーに変換し、漆黒の刃を5メートル程にまで伸ばし、漆黒の大剣を生成する。
「行くぞッ!!」
漆黒の刃に重さはない。あるのは元の剣の重さだけ。
つまり、俺はこの漆黒の大剣を普通な剣と同じように扱うことができるということだ。
いくら《ミノタウロスキング》が高速移動を可能としているとはいえ、間合いが5メートルもあるので、迂闊に飛び込むことはできない。
しかも、剣に少しでも触れれば簡単に体に傷がついてしまうことを《ミノタウロスキング》は本能で理解している。
そうなれば、《ミノタウロスキング》はますます漆黒の剣の間合いに入りにくくなる。
俺が剣を振るい、《ミノタウロスキング》を牽制していれば、後はここまで微動だにしないティナが何かしらの策で《ミノタウロスキング》を追い詰めてくれるはず、そればまた油断だった。
《ミノタウロスキング》は標的をあっさりと変え、集中して術を構築しているティナの方へ一直線に向かっていく。
一旦抜けられてしまえば、俺の足では高速移動する《ミノタウロスキング》に追いつくことは不可能。
「ティナ、来るぞッ!!!」
俺は必死に叫ぶがティナは集中したまま、目を開ける素振りすら見せない。
まずい、このままでは本当にティナが殺されてしまう!
そうティナの死を覚悟した瞬間だった。
「良く持ち堪えた、レイン。《黒滅貫通槍》」
ティナはそう唱えると同時に空中に生成した3メートル程の漆黒の槍を《ミノタウロスキング》目掛けて放った。
漆黒の槍は驚くべきスピードで《ミノタウロスキング》に迫るが、《ミノタウロスキング》は軽々とそれを避ける。
そして、《ミノタウロスキング》が大きく手を振り上げ、ティナに振り下ろそうとしたまさにその時、漆黒の槍が《ミノタウロスキング》の体を背中から貫いた。
「グ、オオォォ……」
外れたかのように思えた槍が、まるで自分の意思でも持ったかのように《ミノタウロスキング》を追尾したのだ。
そして、次の瞬間、《ミノタウロスキング》の体は黒い砂となり、跡形も無くなってしまった。
「ふぅ……とりあえずの脅威は去ったな」
俺はティナが構築した精霊術の凄まじさに呆然としていた。
もしあれが自動で敵を追尾し、刺し貫く精霊術だとすれば、破格の性能だ。
あんなものを使われたら、どんな魔物だろうとひとたまりもない。
「あ、ああ……でも、あの精霊術は……あ、れ……?」
ティナが使った精霊術のことを聞こうとしたが、上手く言葉が出てこない。
徐々に視界も霞んできて、頭がクラクラする。
「お前もか。私はもう慣れているが、今回はお互い少し無茶をし過ぎた。生命力とも言える霊力がお前からは極僅かしか感じられなくなっている。今は休め、私もお前から霊力を借り過ぎた」
その言葉を最後に俺はティナの方に倒れ込んでしまった。