014
「来るぞッ!」
戦闘はすぐに始まった。
5メートル程も背丈のある《ミノタウロスキング》は軽々と4メートル程の戦斧を持ち上げ、こちらに高速で接近してくる。
「各自散開! その後、イレーナは攻撃してみてくれ!」
「了解!」
《ミノタウロスキング》の横薙ぎの初撃はなんとか全員回避することに成功した。
その後、イレーナさんは走りながら素早く詠唱し、《ミノタウロスキング》に攻撃を当てた、が――
「効いてない……」
「しかも、今の『わざと』避けなかった」
「何で――」
カイルさんの言葉に疑問を投げかけようとしたが、一言言ったところで止めた。
何故なら、俺にも理由が分かったから。
「この魔物、笑ってる!?」
《ミノタウロスキング》は笑っていた。俺達にも分かるように口角をはっきりと上げて不気味な笑みを浮かべていたのだ。
「こいつ……!」
そもそも、最初に一目散に逃げなかったのにはしっかりとした理由があった。というか、逃げなかったのではなく、逃げられなかった。
しかし、それは一つの絶対に破れない前提があるからだった。
つまり、逆に言えば、その前提がなければ逃げられる可能性はあるのだ。
「……皆さん、ここは俺に殿を」
俺は皆が分かっていて言わなかったことを言った。
そう、誰か一人が魔物の注意を引きつけて相手をする、これを誰か一人でも実行に移せば、残りの四人は逃げることができると俺達は全員理解していた。
そして、それと同時にその場に残った一人が生き残れる確率は限りなく低いということも。
「何を言ってるんだ! 一人になれば、その瞬間確実に食い破られるんだよ!?」
「いえ、俺であれば、ほんの少しだけ望みがあります。さっき見たでしょう? イレーナさんの魔術で傷をつけられなかったということは当然それは剣でも無理。そうなれば相手の防御力を無視できる俺の出番じゃないですか」
「確かにそれはそうだけど……流石にレインでもアイツの攻撃を避ける術は持ってないでしょう?」
「それに――」
「……うっせぇ!! 俺のことをこの短い期間の中でも仲間だと思ってるなら、さっさと行けって言ってんだ! それでギルドに戻って黒等級冒険者の助けを呼んでこい! それまでは俺が持ち堪えてやる! だから、ここはこのパーティ最強の俺に任せておけって言ってんだよ!!」
この人達はこうでも言わないと、絶対に行ってくれないと思っていた。
こうすれば、ロイさん辺りが気を利かせてくれるだろう。
「……大きく出たね。君がパーティ最強なんて言い出すなんて。だけど、しょうがないね、そこまで言うなら、それを証明してもらわないと」
「ちょ、ちょっと、ロイ!?」
「ようやく理解したか。じゃあ、さっさと行ってくれ」
「分かった……。皆、行こう」
良かった、ただ純粋にそう思った。
「ロイさん、貴方本気ですか? 私はここに骨を埋める覚悟がありますよ?」
しかし、ユリシアさんは今までにないぐらいに目を鋭くして、ロイさんを睨みつける。
「ごちゃごちゃうるせぇ。はっきり言って、俺は手柄を貰いたいだけなんだよ。だから、俺が王都に帰ったら、こう喧伝しろ。『レインは私達の囮になった上に、相手を倒して帰ってきた本物の勇者だ』ってな」
「で、ですが……え、カ、カイル!? きゃっ!?」
カイルさんはまだ何か言おうとするユリシアさんを軽々と持ち上げ、脇に抱える。
「ありがとう。あんたは一番パーティのことを考えてくれてると思ってたよ」
なんだかんだ言って、一番パーティへの愛情が深いのはカイルさんだろう。
そうでなければ、パーティへの攻撃を一身に受け続けることなどできないだろうし、愛情が深いからこそ、常に警戒を怠らず、声をかけてくれる。
「…………」
カイルさんは一度だけ俺の方を振り向くが、何も言わずに走り去っていく。
「……じゃあ、ロイさん、イレーナさん、また外で」
「……っ! 分かったわよ。助けが来るまで死ぬんじゃないわよ?勝ち逃げなんて許さないんだから」
そう言って、イレーナさんもカイルさんに続いて、来た道を全速力で戻っていく。
「さよなら、レイン。ありがとう」
そして、遂にロイさんも最深部の部屋から去っていった。
ロイさんの言葉に思わず笑みが溢れてしまった。
「そこはさよならじゃなくて、また会おうとか、そういう未来ある台詞でしょうが。最近の流行り的に」
でも、その正直な言葉が少しロイさんらしいと感じた。
それにしてもとうとう一人になってしまった。
「なんだ、その最近の流行りというのは?」
いや、一人ではなかった。俺には頼れる相棒がいたのだった。
隣から聞こえた小さな着地音のお陰で俺は少し落ち着くことができた。
「王都で最近流行ってるお伽話に『俺に任せて先に行け』的な感じの流れがあるんだよ」
「その台詞を言う役は多分死――」
「その先は言うなっ! 俺も言って後悔してんだよ! だけど、やるっきゃないだろ? あんなに世話になったんだから」
そう、俺は短い期間ながら、あの人達に数え切れない程のモノをもらってきた。
だから、これはその恩返しなのだ。向こうは恩だなんて思ってないだろうが。
「まぁ、話は分かった。私も最大限協力する。恐らく私も戦闘要員として参加すれば確率は五分、攻撃は私に任せて、お前は時間を稼いでくれ。それに見ろ、あの笑みを。魔物の分際でお前達に気を遣っていたぞ。人間様を舐めるのも大概にして欲しいものだな。ああ、それと――」
こんな時に話の長い奴だな、と思いつつも、一応中身のある話に耳を貸していたが、次のこいつの言葉を聞いた瞬間にこいつを置いて逃げたくなった。
「あの台詞を使うのは金輪際やめておけ。クサ過ぎるからな」
この時の恥ずかしさを俺は一生涯忘れないだろう。