013
「えーと、今日はダンジョン探索の依頼でしたっけ?」
「うん。ギルドの斥候によるとダンジョンの難度は銀等級、僕達なら最深部のボスを倒すこともできるだろう」
ダンジョンとは簡単に言ってしまえば、お宝などが沢山ある冒険者にとってありがたい場所である。
しかし、外界よりも魔物との遭遇率が高く、最深部にはボスと呼ばれる強力な魔物が存在するため、パーティで挑み、常に周囲を警戒する必要がある。
「ダンジョンねぇ……。嫌なのよね、あそこ。場所によっては狭過ぎて魔術が撃てないし、ジメジメするから普通に気持ち悪いのよ」
確かにダンジョンの通路などは狭いことがあり、仲間と敵の位置関係によっては弾道が空かない場合がある。
だから、イレーナさんの文句は俺にも良く理解できる。
「そうですね。あのジメジメする感じは私も嫌です」
「まぁまぁ、そう言わずに。今回はまだ手付かずのダンジョンだから、お宝は頂き放題、それに最深部のボスを倒せば、お宝とは別途の報酬が貰えるんだから」
ロイさんはそんな二人を宥めるように言う。
「そうじゃなきゃ、こんな依頼やってらんないわよ」
イレーナさんは不満げに唇を尖らせながら、引き続き愚痴を溢す。ユリシアさんも含めて、ダンジョンは女性陣には相当嫌われているようだ。
「お喋りはここまでのようだぞ。ほら、今回のダンジョンの入り口だ」
そう言って、パーティメンバーのお喋りを止めたのはここまで沈黙を保ってきたカイルさんだった。
カイルさんの言葉を聞いて、俺達は頭を切り替える。
「じゃあ、基本的な陣形はいつもの通りに。どこまで深いかは分からないけど、とりあえず今日中のクリアを目指そう」
『了解』
ロイさんの号令が掛かると、パーティの雰囲気は一変して、緊張が走る。
この適度な緊張感があるから、このパーティからは死者が出ないと言われるのだろうと最近は肌で感じることが多くなってきた。
お陰で俺は安心して攻撃に徹することができるのだ。
ダンジョンは基本的に暗い。だから、松明などの光源が必須である。これによって、片手が塞がることがダンジョンが危険と言われる一因なのだが、これはパーティで挑めば、解決することができる問題だ。
「カイルはそのまま防御!イレーナ、今のうちに魔術で攻撃頼む!」
「「了解!」」
「一番右やります」
ダンジョンに入って最初の魔物との交戦。
ロイさんの鋭い指示が飛ぶ中、俺は後衛から敵を狙撃し、数を減らす作業に徹していた。
指先に神経を集中させ、《黒針》で攻撃の繰り返し。
最近は《黒針》の精度も上がってきて、二回に一回は当たるようになってきた。
「……よし。大丈夫そうだね。売れそうな素材は剥いでいこう」
「それにしても、案外空気が悪くないわね。洞窟っていうより、遺跡って感じかしら?」
イレーナさんはさっきまで相手をしていた牛の魔物――ミノタウロスというらしい――の角を短剣で抉り取りながら、一度深呼吸してそんなことを言い出す。
「確かにそうですね。前回行ったダンジョンはジメジメしていて居心地が悪かったですから、今回の方がマシですね」
俺は丁度同じようなことを考えていたので、イレーナさんの意見に同調する。
「もしかすると、俺達の入った入り口の他にもいくつか出入り口があって、そこから新しい空気が入ってきてるのかもしれないな」
カイルさんは黙々とミノタウロスを解体しながら、珍しく話に入ってくる。
カイルさんは時折風が吹いてくることから、他に出入り口があるのだと予想しているのだろうが、実際のところはどうなのだろうか。
「俺はあまりダンジョンに詳しくないんですけど、出入り口がいくつか場合ってあるんですか?」
「たまにありますね。大抵の場合はただ出入り口が複数あるだけなんですけど、極々たまに《融合ダンジョン》と呼ばれるパターンである場合があります」
ユリシアさんはミノタウロスの角を袋にしまってから、人差しを立てながらにっこり笑ってそう言う。
「じゃあ、その融合ダンジョンの話をしながら、先に進んで行こうか」
俺達はその言葉を聞いて、さらに奥へ進んで行く。
ロイさんの話によると《融合ダンジョン》とはその名の通り、複数のダンジョンがくっついてできたダンジョンのことらしい。
例えば、金等級と銀等級の《融合ダンジョン》で、二つの出入り口があるダンジョンを想定する。
この場合、片方の出入り口付近は銀等級のダンジョンと同程度の難易度となるのだが、奥に進んで行くにつれて、魔物の強さが上昇していき、最深部手前ではほとんど金等級のダンジョンと変わらなくなる。
そして、この《融合ダンジョン》のボスの強さは金等級クラスになるというわけだ。
つまり、銀等級の出入り口から入った場合、銀等級クラスのパーティーなら、壊滅する恐れがあるということだ。
ここで注意しなければならないことは、一般に通常のダンジョンであっても、奥に進んで行くにつれて、魔物の強さは上がっていくということである。
分かりやすく言えば、冒険者は最深部で待ち構えるボスを前にして、ようやくそのダンジョンが『おかしい』と思い始めるである。
だから、《融合ダンジョン》は非常に危険とされている。
そこが《融合ダンジョン》だとしても、それを知らない冒険者がそのダンジョンを確信を持って《融合ダンジョン》だと言えることはない。
全ては後になって気づくのだ。
――あれは《融合ダンジョン》だったのだ、と――
「こ、こいつは……!?」
「……あ、ありえないわよっ!!だとするなら、ここは間違いなく……!」
ただし、その中でも例外はある。
それはボスの姿を見て、そいつが何等級クラスの魔物であるか一目で分かる時である。
「私達の不敗神話もここで終了、ですね」
「珍しいね。ユリシアが冗談を言うなんて……。皆、合図をしたらすぐに逃げるよ。こいつは――」
「黒等級ダンジョンボス《ミノタウロスキング》……!」
『グウォォォオオォォォッッ!!!』
ダンジョンの中で唯一、壁に赤々とした炎が灯される最深部、そこにいたのは巨大な戦斧を横に突き立て、堂々とした姿で巨大な石の玉座に腰掛けた巨大なミノタウロスだった。