012
俺は皆の視線から逃げるように、ティナを引っ張って、足早にギルドを後にしていた。
やはり、人に注目されるのにはどうにも耐性がない。
「で、何であんなことを言い出したんだ?」
宿屋へと戻る道すがら、俺はティナを問いただす。
あの空気の読めない口出しは、どうにもティナらしくないと思えてならなかったからだ。
「それはほれ、お前もそろそろ力試しをしたいのでは、と思ってな、お膳立てしてやった次第だ」
なるほど。そこまで計算してあんなイレーナさんを焚き付けるような言い方を――
「という理屈を後付けしてみると、それっぽくならないか?」
したわけではないようだった。
「……まぁ、自分の力がどんなものか確かめてみたいって思いはあったから、俺は声を大きくしてお前に怒ったりとかはできないけど、ああいうのは程々にしてくれよ?いきなりやられるのは心臓に悪い。パーティ加入はなかったことに、なんていう想像が頭をよぎったよ」
どうあれ、ティナには俺の心を読まれていたことに間違いはないようだが、それなら、是非ともやられて嫌なことも分かって欲しいものである。
「それは悪かった。だが結果上手く行ったのだから、良いだろう?向こうもお前の有用性を良く理解できて、良いことづくめじゃないか」
「内心少し調子に乗って、否定できない自分が情けない」
「ふふっ、やけに正直だな」
「まぁな。思ったより自分の力が通用するってことが分かって、安心しているのかも知れない」
「それなら良いが、この先は……」
ティナはそこまで言って、急に喋るのをやめてしまった。
「え?おい、その続きなんだよ?」
「いや、話すのって疲れると思ってな。言うのが面倒臭くなった」
「その理由で話すのやめた奴初めて見たよ。何か意味深なものがあるのかと思った俺が馬鹿みたいだ」
「まぁ、気にするな。それ程大事なことではなかったのだろう。もう私にも思い出せない」
「適当過ぎるのにも程があるわっ!」
結局ティナが言おうとしたことが何なのかということが明らかになることはなかった。
本人が忘れているのだから、仕方のないことなのだが、俺はどうにも胸騒ぎを覚えた。
何百年と生きているティナの勘や直感は、当たるような気がしてならなかったのである。
そして、これから先、ティナの第六感を当てにしようなどと、ほんの少しだけ思ってしまう事件が起きてしまうことをこの時の俺はまだ知らない。
この日は日頃の疲れを癒すという意味を込めて、大衆浴場に赴き、ゆったりとお湯に浸かってから、早めに布団に入った。
「冒険者としてこれで一歩踏み出せたのかなぁ……」
『そうだな。当初は金を稼ぎたいという至極ありふれた理由から始めた普通の仕事だったが、今の生活は充実しているように感じる。この際、一歩などと言わず、頂点まで登ってみるのも悪くないかも知れないな』
「頂点なんて言っても、俺にはまだ何も見えてないけどな」
『頂点は見えてなくても、一段上は見えているだろう?』
一段上――金等級を俺は何となく目指している。
ロイさん率いるあのパーティはそういう意味で、俺の良いお手本となってくれることだろう。
とりあえずは、あの人達の下でまだ分からない何かを学んでいけば良い、そんなことを考えながら、俺は目を閉じた。
「レインくん、来てくれたんだね。今日は最近王都北東の平原で目撃されている魔狼の群を討伐しようと思っているんだけど、いいかな?」
「はい。大丈夫です」
翌朝、俺は寝坊せずにきちんと集合時刻にギルドに到着していた。
最近、朝は軽い運動をするようにしていたので、そのお陰と言っても良かった。
「レインくんには戦闘時、遊撃役として攻撃支援に回ってもらいたい。正直、僕はまだ君の力を良く理解していないから、とりあえずは君の戦いやすい位置で大丈夫だよ」
「それなら、私達後衛の護衛役でもいい気がしない?今回の魔狼なんかは数がいるし、ある程度の知能があるから、いつもだったら密集陣形で対応しなきゃならないけど、レインが護衛してくれれば、近接戦闘ができないあたしとユリシアもある程度展開することができるでしょ?」
「私もイレーナの意見に賛成です。効率が上がりますし、前衛の二人も心置きなく戦えると思います。依頼の難易度もそこまでではありませんし、新しい戦い方を試すのも可能でしょう」
「まぁ、最終的な判断はレインに任せるということでいいんじゃないのか?」
「そうだね。どうだい、レイン。後衛の護衛役という立ち位置で、有事の際に後衛を守れるような位置にいるか、自由に動き回って遊撃役として動いていくか。どちらでも好きな方を選んでいいよ。どちらもそこまで何かが変わるというわけじゃないから、気兼ねなく選んでくれていいよ」
遊撃役というポジションは今までと同じような戦い方で、戦いやすいが、この際、安全性が十分保障されているパーティで色々な経験を積んでおいた方が良さそうだ。
「後衛の護衛役をやらせてください。剣はそこまで上手いわけではないですけど、あの精霊術があるので、近接戦闘になっても、そこそこ戦えると思います」
「うん。後衛は君に任せた。じゃあ、あまり遅くなっても嫌だし、そろそろ行こうか」
『おー!』
パーティ加入後の初の依頼に緊張していた俺の心を解きほぐすには、十分に間の抜けた掛け声であった。
王都北西部の平原は非常に広大で、魔物を含めた様々な動物が生息している。
平原のカースト中で、魔狼はトップに位置している。
五から十匹の群れをなして行動する魔狼にはこの平原に限っては、敵なしなのだ。
そんな魔狼だが、意外なことに警戒心がとても高く、常に群れの何匹かを索敵に当てる程なのだという。
そういうわけで、奇襲作戦はまず不可能、むしろこちら側が奇襲されてしまう、なんていう展開もありえる。
しかし、今回は戦場が平原ということで、その心配も殆どない。
つまり、お互い敵を捕捉すれば、即座に戦闘態勢に入るということである。
そして、周囲に気を配りながら歩くこと三十分、俺は右前方200メートルに魔狼の群れを発見した。
向こうはまだこちらに気づいていないが、接近すれば間違いなく気づかれる。
「右前方200メートルに何匹かは分かりませんけど、魔狼がいます。まだこちらには気づいていないみたいです」
「えっ、よくそんな遠いところのものが分かるね。……確かにいるね。まぁ、近づいてしまえば、気づかれてしまうから、先に見つけたところで、どうしようもないんだけどね」
「いや、そんなこともないかも知れませんよ。ティナ、掌大で行く。角度は?」
『んー……仰角20度ぐらいで思い切り撃ち出して見ろ』
「了解」
俺は《黒球》での攻撃準備を進めていく。
200メートルともなると、《黒球》は重力の影響を受けて、命中率がぐっと落ちるのだが、ティナの経験に基づく射角支援により、少しはマシになるのだ。
「レイン、何をしようとしてるの?」
イレーナさんは俺の独り言を訝しむような顔で問いかけてくる。
「精度の低い先制攻撃と言ったところですかね。あまり期待はしないでください」
俺は《黒球》を掌に作りながら、イレーナさんの質問に答える。
やはり、精霊との会話は良くないな、まるで変人だ。
そんな緊張感のないことを頭の片隅で考えながら、微調整を加えていく。
『もう少し上に上げろ……そこだ』
「行けっ!」
ティナの声をサインに俺は《黒球》を発射した。
ティナの言う射角は殆ど完璧なのだが、俺が真っ直ぐに発射できないせいで、精度は落ちる。
だが、俺もこれが初めてというわけではない。
《黒球》は群れのいる位置からおよそ3メートル奥の位置に着弾した。
しかし、魔狼もその持ち前の動体視力で、飛来する《黒球》に気づき、一瞬前に回避運動を行なっていた。
一匹だけ足を一本切り取られたようだが、群れ全体としては壊滅的被害を与えられたわけではなかった。
それは置いておくとしても、今の一撃でこちらに気づかれた。
魔狼は仲間意識も異様に高いので、襲いかかってくるのはまず間違いない。
「一匹は重傷を負ったようですが、残り五匹は無傷です」
今の一撃で分かった情報を俺はパーティで共有する。
「ありがとうレインくん。各自戦闘態勢を取って!レインくんだけに手柄を取らせるなよ!」
『おう(はい)!!』
瞬間、空気が変わった。
さっきまでも、油断していたわけではなかった。むしろ、警戒を強めていただけあって、張り詰めたものだった。
しかし、それよりも更に空気が数段重いのだ。
こうなれば、俺にも自然と緊張感が出てくる。
そして、こちらから向かわずとも、魔狼は襲いかかってきた。魔狼は殺気立っており、完全に仇討ちモードだ。
「カイルは前衛で敵の攻撃を受け流して!僕がその隙に横から敵を叩く!イレーナとレインは適時遊撃、ユリシアは僕とカイルに支援魔法と回復魔法を!」
ロイさんは適度に散開したメンバーに良く通る声で次々と指示を出していく。
各々その指示に従い、戦っていくのだが、やはり、指示をしてくれるのとしてくれないとでは、全く違うのが分かる。
《黒球》では攻撃範囲が広範囲すぎるので、俺は魔熊を倒した時に使った《黒球》を棒状に尖らせたもの――この間《黒針》と命名した――を何本も作り出し、それを適時放っていく。
しかし、これが意外と難しい。
というのも、さっきも少し触れたように、今までと違って、他のパーティメンバー――とりわけ前衛――がいるので、無闇に《黒針》を放とうものなら、前衛に命中しかねない。
そういうわけで、俺は細心の注意を払いながら《黒針》を放っているのだった。
そして、この《黒針》の命中精度というのもかなり悪い。
広範囲攻撃でない代わりに当たれば一撃必殺なのが《黒針》の長所なのだが、しっかり相手の体に当てなければ、まず効果を発揮してくれない。
動く敵への命中率は十本撃って、一本当たるかどうかと言ったところ、まだまだ研鑽の余地有りだ。
だが、それでも前衛が守ってくれるというのは《精霊術師》や魔術師にとって、気持ち的にも攻撃しやすい環境であるため、パーティを組むという行為はメリットは十分大きいと言える。
そういうことを戦闘の中で感じていると、十分もしないうちに、最初の一匹も含めた魔狼六匹を掃討することができた。
「陣形がある程度広がっても、特に問題は無さそうだね。一匹後ろに行ったけど、大丈夫だったよね?」
「はい。レインくんがしっかりカバーしてくれたので、問題ありませんでした」
「じゃあ、引き続きこの態勢で残りの魔狼も倒そう!」
「了解、レインもよろしくね」
「任せてください!」
こうして、魔狼討伐依頼は順調に進んで行き、この時から一時間後には計十一匹を討伐することができた。
今回の依頼は十匹討伐すれば良いというものだったので、この日は撤収となった。
そして、あの事件が起きたのはこの日から一ヶ月後の俺がパーティに慣れてきたとようやく思い始めた頃だった。