010
パーティを組む上で大切になってくるのは、やはりパーティメンバー各人がどれだけ他のパーティメンバーを理解しているか、だろう。
その要素はパーティメンバーの能力などの直接戦闘に関わってくるものから始まり、果ては性格の理解までと多岐にわたる。
つまり差し当たって、俺がすべきなのは、パーティメンバーへの自分の能力の開示であるわけなのだが……。
「えーと、レインくんは魔物と戦う時に格闘術を使うんだったね。でも、それって嘘、だよね?」
と、まぁ、こんな感じに何故だか分からないが既にバレているのだった。
「え!?なんで嘘って分かるんですか!?」
勿論、俺は驚愕に目を見開いてしまった。
魔物を狩りに行く時に、尾行されている気配などなかったし、例え気づかなかったとしても、ティナが教えてくれるはずなのだ。
それなのに、ロイさんにバレている理由が俺には全く分からなかった。
「やっぱりか。ロイに嘘かも知れないと、進言したのは俺だ」
そう言って、声を上げたのは筋骨隆々、強面のカイルさんだった。
この時、俺はカイルさんの体格を見て、自分の嘘がバレた理由が理解できた。
「……一応聞いておきたいんですけど、バレた理由、教えてもらってもいいですか?後学のためにも」
「ははは、後学、か。まぁ、理由は至ってシンプルだ。レインの体が格闘戦をするには、あまりに華奢だ、ということだ」
そう、俺は体をそこまで鍛えていなかったのだ。
冒険者稼業を始めてからは、毎日筋肉をつけるために、トレーニングに励んでいるのだが、一ヶ月やそこらで、成果が顕著にでることなどない。
つまり、魔熊と一対一で格闘をやって、勝てる体をこいつは持っていない、とカイルさんは判断したのだ。
それ程までに、魔熊の身体は頑丈だし、俺もまた冒険者の割には体が強そうではなかった、というわけだ。
「そういうことですね。じゃあ、ここからは俺がどういうカラクリを使って、魔熊を倒したのかって話ですね」
「うん。そういうことになるんだけど、残念ながら、僕達にはそれがさっぱり分からなかった。イレーナやユリシアのように大きな杖を持ち歩いているわけでもないから、魔術師でもないだろうし、さっき言ったように、君は体が強そうではないし、今まで丸腰だったから、格闘術や剣術、槍術などの武道をやっているというわけでもなさそう……。そういうわけで、本当にさっぱり分からなかった」
ロイさんはお手上げだ、と降参したように両手を上にあげて、ひらひらと振って見せた。
ロイさん達の推理が《精霊術師》に辿り着かないのは至極当然なことであった。
というのも、《精霊術師》の知名度はかなり低い部類にある。
この国にはつい何年か前まで、代々《精霊術師》が生まれる家系の貴族であるところのエレルメルト家があって、そこそこに有名ではあったわけなのだが、民衆にとって、それは割とどうでも良いことであった。
何故なら、エレルメルト家の《精霊術師》の殆どは国の依頼で動き、民衆と関わることが全くと言ってほどなかったからである。
そうなってくると、元々極端に出生率が低い《精霊術師》である、家系的に生まれてくるならまだしも、突然変異的に生まれてくる確率はもっと低い。
そんないるかいないかも分からない存在を気にかけるほど、人間は暇ではないのだ。
そういう存在がいるのは知っているが、今となっては、それがどこにいるのかも分からない、それが《精霊術師》に対する民衆の認識だ。
ティナの話によると、《精霊術師》の家系というのは地方に隠棲することが多く、そうでなかったとしても、歴史の舞台に立つことはまずなかったらしい。
というのも、過去の文献には『怪しの術を使う者を追放した』という記述が何件か見られ、これが《精霊術師》であるかは定かではないが、《精霊術師》は人とは違う部分が発覚し、迫害されることを嫌ったということなのだという。
それが近年――といってもここ二百年ほどではあるが――魔術が体系化されたことにより、人々にも『怪しの術』への耐性がある程度できた。
そのことと《精霊術師》の力を利用し、成り上がってきた珍しい《精霊術師》の家系というのがエレルメルト家なのだそうだ。
しかし、そのエレルメルト家も十年前に取り潰され、当時こそその事実は王都をざわつかせたが、それもまた過去の話。
今や、そんなことがあったなぁ、というぐらいのことなのである。
つまり、ここまでの話をまとめると、《精霊術師》はどこにいるのか、どんな力を持っているか分からないし、誰もそれを知ろうとしない、そんな存在というわけだ。
そういうわけで、その知名度は『田舎の民間伝承とまでは言わないけど、皆がギリギリ知っているぐらいのあるかないか分からない民間伝承』というとても微妙なものなのだ、とティナはさも上手いことを言って見せたかのように、嘯いていたのだった。
以上を踏まえた上で、俺はもう一度考えてみる。
《精霊術師》と正体を明かすこと自体は全くやぶさかではない。
寧ろ、それを隠してしまえば、作戦を立案する上で、重大な穴となりかねない。
しかし、どうだろう。俺が《精霊術師》だと姿を明かせば、皆は一体どんな反応をするのだろうか。
魔熊を一人で討伐したという決定的な証拠は突き詰めてしまえば、どこにもない。
その上で、俺は皆に信用してもらえるのだろうか、と俺は揺れに揺れた。
「俺、《精霊術師》なんです」
だが、結局のところ、俺はあっさりと正体を明かした。
《精霊術師》ということを隠し、魔術師とでも言って、入るのも無理というわけではない。
何せ、体系化されたと言っても、完璧ではない。
未だ回復支援系統の魔術は良く知られていない。
つまり、例外はいくらでもある、と押し倒すことは全く不可能ではないのだ。
しかし、それでは皆を危険に晒すことになる。
それならば、《精霊術師》であることを言って、パーティの加入を断られた方がいくらかましだ。
またティナと二人で細々とやってくのも悪くない。
そう思えたからなのであった。
パーティの皆、それとその場にいたアリナさんは顔を見合わせていた。
やはり、《精霊術師》がどういうものなのか、良く分からないのだろう。
であれば、俺が説明する他ない。
とは言っても、俺が説明できるのは俺という《精霊術師》の一例だけなのだが。
こうして俺は自分の使える精霊術の説明を皆にした。
ティナは途中、口を挟むこともなく、聞いているだけだったので、逆に不安になったが、それは俺に任せるということで良いと暗に示しているのだと勝手に考えることにした。
「なるほど。《精霊術師》ねぇ……。あたしはあんまり噂を聞いたことないけど、その様子だと《精霊術師》ってのは結構強いみたいね。あんたを魔術師の尺度で測れば、既にあたしと同程度の実力ね」
よ、良かった。どうやら、イレーナさんは俺の実力をある程度認めてくれているようだ。
「ふんっ、レインをそこらの《精霊術師》や魔術師と一緒にするな」
鼓膜を震わせた聞き覚えのある声に俺は背筋を凍らせた。
この不遜な物言い、口が裂けても忘れたとは言えまい。
俺は恐る恐る首を後ろに向ける。
ロイさん達の唖然とした顔を見ると、早くも胃がキリキリしてくるが、一応確認をしなければならない。
そこには堂々と腕を組んだティナが不機嫌そうな顔で突っ立っていた。
「……あ、あなたは、今どこから……?」
最初に声を上げたのは意外にもユリシアさんであった。
しかし、ティナはその問いに答えようとはせず、俺の膝の上に乗っかってきた。
ここまできて、ようやく俺は声を出すことができた。
「お前どういうつもりだ!?今は話の途中で――」
だが、その言葉にもティナは答えようとはせず、そればかりか、俺の声を遮ってくる。
「私はティナ。レインの契約精霊だ。イレーナとか言ったそこのお前、言っておくが、レインとお前では格が違う。お前がレインを一回殺す間にレインはお前を五回ほど殺せる。それぐらいの実力差であると胸にしかと刻んでおけ」
「な、ななな、なんですってぇぇぇ!!?少し褒めてやったからって……馬鹿にするのも大概にしなさいよっ!!」
イレーナさんは敵意剥き出しの鋭い眼光でティナと俺を睨めつける。
いや、言ったのは俺じゃないから、と突っ込みたくなったが、そんなことを言える雰囲気ではとてもなかった。
「馬鹿になどしていない。それが事実だ。だから私は本当のことを言ったに過ぎない」
「むきぃぃぃ!!!もう怒ったッ!!アリナさんっ、訓練場空いてるわねっ!?今からそこで決闘よ!」
「それは名案だな。世間知らずの小娘に現実を教えてやるとするか」
「……えっと、参考までに聞きたいんですけど、それって誰と誰の決闘ですか?」
これだけは聞いておかねばならなかった。
俺は心のどこかで期待していたのだ。イレーナさんとティナの決闘であればいいな、と。
「私とあんたに決まってるでしょ!ペットの不始末の責任の取るのは飼い主なんて常識でしょ!?」
「誰がペットだっ!!レイン、こんな女、私が出るまでもないわ!土手っ腹に風穴を空けてやれっ!!」
そういうわけで、この時既に二人を止めようという気概のある者も、実際に止められる者もこの場にはいなかった。