お金を払うので、私の小説を読んでください。~小説があふれた世界では、読んでもらうために作者がお金を払う~
佐藤栄太という人間を簡単に説明するなら、小説家を目指す会社員といったところだろうか。
いつかデビューすることを夢見て、小説を書き続ける日々――それも、今年で3年目になろうとしていた。
小説大賞に3回ほど応募したが、1次選考を突破したのが1度だけ。2次選考を突破したことはなかった。その3回で、小説大賞からのデビューをあきらめた。
落ちた小説を複数の小説投稿サイトに投稿したが、PVや評価が集まることなく膨大な作品に沈んでいった。
「くそっ! 全然読んでもらえねぇ……」
パソコンに映る数字に向かって、栄太は毒づく。片手には、ビール缶が握られていた。
「……読んでもらえれば、俺だって書籍化作家になれるのに」
栄太は勘違いしていた。その「読んでもらう」ことが一番大切なのだと。
企業は、莫大な金を広告宣伝費にかける。なぜなら、知ってもらうことが大切だからだ。「良いものが売れるとは限らない」というのは、世の中の常識だ。
逆に、「良くないものでも、上手くアピールすれば売れる」というのも、世の中の常識だ。
Web小説の世界では、よほどのことがない限り誰も自分の作品を宣伝してくれない。例えどれだけの良作だろうと、存在が知られなければ読まれることはない。
自分の作品をいかにアピールして、読者にプロモーションできるか? それがWeb小説界で最も大切な能力だ。
「あの審査員には、俺の作品の良さが分かんねぇんだ。流行に疎すぎる。そんなんだから、何年もヒット作が出ないんだよっ!」
小説大賞から送られてきた評価シートの内容を思い出し、栄太は手に持ったビール缶を感情のままにテーブルに叩きつける。そのまま、力任せに缶を握りつぶした。
「あー。どうやったら読んでもらえるんだよ……」
栄太は読者を集めるために、色んなブログ記事を参考にしていた。もっとも、ブログ記事になっている時点で陳腐化した技術であり、他者との差別化は難しいことには、残念ながら気が付いていなかった。
情報収集と称して、栄太は目的もなくネットサーフィンを始める。まとめサイトを見ていると、一つの広告が栄太の目に留まった。
「あなたの小説、埋もれていないですか?」
興味を惹かれた栄太は、さっそく広告をクリックする。
広告の内容は、簡単にまとめれば「あなたの小説を読み、格付け致します。高評価を得られれば、小説家としての成功は間違いなしです」といったものだ。
分析結果をまとめたレビューシートと、アドバイスも貰えるらしい。
「は? 金取るの?」
固定費+1文字あたり0.1円の変動費。キャンペーン価格で割引しているようだが、それでも1作品の査定に2万円ほどかかる計算だ。
「やるわけねえじゃん。この会社、潰れるな」
馬鹿々々しくなった栄太はブラウザを閉じると、そのままパソコンをシャットダウンさせる。そして、ベッドへと向かい、部屋の電気を消した。
パソコンの電源ランプが、起動を催促するように点滅していた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
田中姫子は、小説を書くのが趣味の専業主婦だ。
学生時代から続く趣味で、忙しい子育ての合間を見つけては執筆を続けていた。
友人と楽しむために書き始めたため、小説大賞に応募したことはない。また、同様の理由でWeb小説として投稿したこともない。今どき珍しいタイプの小説家だった。
もっとも、最近は友人達も忙しそうで、お互いの小説を読み合うこともなくなっていた。
自分で書いて、自分で楽しむの永久機関。1人で回し続けていた車輪も、徐々に速度が落ちていき、止まる日が目前に迫っていた。
そんな姫子に、転機が訪れる。話を持ってきたのは、姫子の夫だった。
「……小説の査定サービスですか?」
「大学の後輩が事業を立ち上げてね。応援してあげたいんだけど、僕は小説をかかないから。申し訳ないけど、姫子さんの作品を使わせてもらえないかな?」
姫子は、赤の他人に作品が読まれることに抵抗感を示していたが、夫の熱心な説得に折れ、「……お金は、あなたのお小遣いから全額出してください」と許可を出した。
小説査定サービス――その最初のAAA作品は、こうして世に送り出されることになった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
事業の9割が失敗すると言われる世の中――小説査定サービスは、様々な幸運が重なったこともあり、順調に規模を拡大していた。
きっかけは、口コミだった。「小説査定サービスで高ランクをつけられた作品は、どれも面白い」という口コミ。自作自演も疑われるようなモノだったが、それがSNSを通じて拡散していった。
当時の査定された作品のメインは、Web小説だった。お金を払わないと読めない商業作品だったら、読んでもらうことが困難だったかもしれない。読むハードルの低さも相まって、高ランクの査定を受けた作品は徐々に注目を集めるようになった。そして、読者たちの支持を集め、数々の作品が商業化された。
これまで埋もれてしまっていた「読者の注目を集めるのは苦手だが、面白い作品」にもスポットが当たるようになった出来事として、小説査定サービスは多くの読者から歓迎されていった。
この動きに呼応したのが、出版業界だった。高ランクをつけられた作品に、次々と出版のアプローチをかけていった。それだけじゃなく、出版が決まっている作品に対しても、小説査定サービスによる査定を受けさせた。そして、高ランクをつけられた作品を売り出す際に、こう謳った。
「小説査定サービスにて、○○ランクを取得!!」
この謳い文句が示す意味を、理解する者は少なかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「くそっ! なんで俺の作品が読まれねえんだっ!」
あれから数年――佐藤栄太は、相変わらずパソコンに向かって罵声を飛ばしていた。
小説査定サービスが世に出てから、栄太の作品はますます読まれなくなってしまった。
これまで栄太の作品を読んでくれた読者は、たまたま栄太の作品に流れた人か、面白い作品を求めて大量の作品を掘り起こすような物好きの2パターンだった。
小説査定サービスは、後者のモチベーションを大きく下げた。「あなたが探さなくても、私たちが教えてあげますよ」という甘い誘惑。しかも、実際に紹介される作品は名作ぞろい。名作を求めて、駄作凡作に費やした膨大な時間――それがこれからは、名作に浸る時間になる。
もちろん、「俺が好きな作品は、俺が探す」という硬派な読者もいた。しかし、その数は決して多くなかった。
「出版業界の未来を考えるなら、作者に金を払わせるようなサービスを使うなよ……」
栄太は愚痴る。栄太に賛同する意見は、ネット上にも数々上がっている。「作者にほぼ何も寄与しないどころか作者から金を取るようなサービスは、やりがい搾取と変わらない」、「小説査定サービスに金を払わないと、良い作品でも読んでもらえない」と言った批判から、「小説査定サービスは、払う金額によってランクを変えている」という悪評まで。高ランク査定を得た作家以外の作家から、小説査定サービスは親の仇のように嫌われていた。
しかし、小説査定サービスの勢いは止まらない。それが意味するのは、シンプルな事実。
読者が読みたいのは、あなたの作品じゃない。
読者が読みたいのは、目立つ作品じゃない。
読者が読みたいのは、作家に利益をもたらす作品じゃない。
読者が読みたいのは、面白い作品なのだ。
「俺は使わねぇからな…… こんなクソサービス。評価を金で買うようなヤツに、俺はならねぇぞ……」
栄太は誰もいない虚空に向かって、そう宣言した。その言葉を聞く者は、当たり前だが誰もいなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
小説査定サービスにて、初のAAAを獲得した作家である田中姫子は、小説家としてデビューしていた。
デビュー作は大ヒットを飛ばし、映画化も決定している。流行作家として、世間の注目を集めていた。
「……書籍化できないんですか?」
『本当に申し訳ございません……』
姫子は、電話越しに担当者から「2作目が書籍化できない」ことを伝えられた。2作目の発表に向けて、2人3脚で歩んだ数か月。それが、全て無意味なモノとなってしまった。
姫子は落胆した。しかし、自分以上に落ち込み、涙声で謝罪する担当者を前に、逆に冷静さを取り戻した。
「その、理由を聞いてもいいですか?」
「あの…… えっと…… そうですよね。言わなきゃダメですよね……」
何度も言葉を濁す担当者に、姫子は覚悟を決める。しかし、担当者が口にした言葉は、姫子の予想していなかったものだった。
「小説査定サービスに、先生の新作を査定していただきました。結果は……Bランクでした」
「そうですか」
姫子は、小説査定サービスを利用したことがなかった。デビュー作の査定も、夫が依頼していた。AAAの評価をもらい書籍化の話が上がった時も、面倒な手続きは夫に任せていた。
そのため、Bランクがどれくらいの評価なのか知らない姫子は、特にショックを受けることもなく淡々と相槌を打つ。
「Bランクの作品でも、書籍化された作品は複数あります。ですが、先生はAAAでデビューした作家です。2作目として、Bランクの作品を世に送り出すことはできないと判断されました」
「そんな……」
結論から言えば、1作目の出来が良すぎた。2作目のハードルが上がり、生半可な作品では世に出すことが出来なくなってしまったのだ。
「申し訳ございませんが、2作目として発表する作品は最低でもAランクの評価が必要となりました。本当に申し訳ございません……」
電話口で謝罪する担当者の言葉は、姫子の耳に入らなかった。姫子はただ、自分の筆が折れたことを悟った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
小説査定サービスが世に出回ってから数年。出版業界は、小説査定サービスに支配されていた。
まず、出版される書籍には小説査定サービスでの評価が必ずつけられるようになっていた。査定結果を載せていない作品は、「査定結果が悪く、公表することができない」と見なされるようになっていた。コアなファンが付いている作家ならまだしも、それ以外の作家ではそのレッテルに抗うことは出来なかった。
小説大賞の応募に対しても、小説査定サービスの影響が出るようになっていた。一部の小説大賞では、応募要件に「小説査定サービスにて一定ランク以上の格付けを得たこと」が含まれるようになったのだ。
開催元は「査定サービスにかかった費用は、こちらで負担する」としていたが、それは「一定ランクの査定結果を得られなければ、費用は自己負担になる」ということでもあった。
書籍化を目指す作者は、長い時間と労力をかけて小説を書く。そして、それを決して安くない金額を払って、小説査定サービスに査定してもらう。そこで評価を得られなければ、全て無駄になる。
身も蓋もない言い方をすれば、「金を稼ぎたければ、まず金を払え」という現状。それでも、一攫千金を求めて、今日も小説査定サービスにはたくさんの依頼が舞い込んでいた。
しかし、盛者必衰は世の常。天下を誇る小説査定サービスにも、徐々に終焉の影が忍び寄っていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
きっかけは、大手出版業者――丸川の参入だった。
出版業界の支配者たる丸川。そんな丸川が、出版社に強い影響を与える小説査定サービスに対してどのような心象でいたのかは想像に容易い。その権威と資金力を持って、独占状態だった小説査定サービスに殴り込みをかけてきた。
丸川が掲げたサービスの柱は3本。
・Aランク以上で、書籍化確約
・AAランク以上の作品には、賞金を贈与
・AAAランクなら、映像化確約
これまでの小説査定サービスでは、あくまで小説を査定するだけ。査定結果を作者が公表し、それを知った出版社がそれぞれアプローチをかけていた。
そんな既存の小説査定サービスを嘲笑うように、圧倒的な権力と資金力による待遇を見せつける丸川。
先駆者vs巨大資本の戦いが、始まろうとしていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「俺の作品がCランクだとっ! 丸川もポンコツかよっ!」
パソコンに表示された査定結果に、佐藤栄太は今日も罵声をぶつける。
丸川の提示する待遇に釣られ、栄太は自分の小説を査定サービスに査定依頼していた。
結果は、Cランク。小説大賞でも足切りされるレベルだ。
イライラした感情を抑えるために、栄太はネットサーフィンを始める。掲示板に向かい、丸川の小説査定サービスを酷評するスレッドを探す。自分と似た意見を眺めることで、精神の安定を図っていた。
そんな中、1件の書き込みが栄太の目に留まった。
『丸川の小説査定サービスはクソ。○○に査定してもらったら、A貰えたわ』
それは、栄太の知らない小説査定サービスだった。どうやら、丸川以外も小説査定サービスに参入したらしい。
「……ここなら、俺の小説の価値を分かってくれるか?」
栄太は、掲示板に張られたリンクをクリックした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
小説査定サービスを運営する高橋は、苦悩していた。
丸川が参入したことで、作家に「どの小説査定サービスを利用するか?」という選択肢が生まれた。そのタイミングで、複数の競合サービスも立ち上がったのだ。
高橋の会社は、厳正な評価による信頼性を売りにしていた。丸川は、資金力と業界での権威を売りにしていた。それに対抗するため、競合サービスがとった戦略は、「高ランク評価を簡単に出す」ことだった。
小説査定サービスには、査定に関する業界スタンダードなど存在しない。例え、日本語として成立していないような駄文であっても、AAAをつけることができる。
それは皮肉にも、依頼者である作家が一番欲しいものであった。彼らが求めていたのは、厳正な評価ではない。自分の作品への高評価だ。
簡単に高ランクを出す査定サービスを利用して、高ランクの査定を出す。そして、「AAランク獲得っ!」という謳い文句で、市場にアピールする。これまで独占状態だったこともあり、読者は「どのサービスが出した査定か」を気にしていなかった。
高橋の会社は、徐々にシェアを奪われていった。シェアだけではなく、信頼性も失っていった。「AAランクの小説を読んだが、つまらなかった」という問い合わせが増えていたが、それは他社による査定結果だった。
他社による安易な査定結果が、業界の信頼性を大いに損ねる事態。小説査定サービスが伸びたのは、「面白い作品」の指標を提供していたからだ。安易な高査定の連発は、その信頼を毀損する自殺行為だった。
しかし、この流れを止めることはできない。高橋に残された道は、自分達も評価の安売りをするか、あくまで硬派な道を突き進むかのどちらかだ。
「……私は、屈しないぞ」
高橋の選択が正しかったのか、それとも間違っていたのか――そもそも正解など存在したのか。
その答えは、時代が証明するのを待つしかなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
田中姫子がリビングでパソコンに向かっていると、夫がキッチンからやってきた。
「たまには休憩しなよ」
「ありがとう」
姫子は、夫が淹れてくれたコーヒーを受け取り、それを一口飲む。ただのインスタントコーヒーだが、姫子は夫が淹れたコーヒーが世界で一番好きだった。
「……進捗はどうだい?」
「順調ですよ。いつ完成するか分かりませんけど」
「楽しみだね。頑張って長生きしないと」
姫子の夫は、心から嬉しそうに笑った。2作目が発表できないショックから筆を折ってしまった姫子を、誰よりも心配していたのは彼だった。
2人だけのリビングに、時折キーボードを叩く音が心地よく響く。貴重な夫婦団欒の時間だが、お互いの笑顔があれば、それ以上の言葉はいらなかった。
時計が17時を指す。姫子の夫が、椅子から立ち上がった。
「さて、そろそろ春香と夏美の迎えに行ってくるよ」
「いってらっしゃい」
娘の迎えに行く夫を見送った姫子は、リビングに戻るとパソコンを片付ける。部活でお腹を空かせた娘たちのために、夕食を作らないといけないからだ。
「さて、腕によりをかけましょうか」
かつて、小説査定サービスでAAAと査定された作品を書きあげた姫子。そんな姫子は、商業作家としての地位を捨て、アマチュア作家として生きていくことを決めていた。
他人の評価は気にせず、自分の書きたい作品を書いて、読んで欲しい人に読んでもらう。今の姫子の目標は、夫に読んでもらう作品を書きあげることだ。
幸いにも、時間はたっぷりとある。それこそ、何十年と。
「~~♪」
鼻歌交じりに料理を始める。頭の中では、自分の書きたい作品のイメージが、次々と浮かんでいた。