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星空ゆんたく☆恋と旅行とお酒とグルメ  作者: ねこと一緒にねころびん
第一話 南の島で年下の彼と再会しました。
5/14

第一話⑤

 彼と手を繋いだ私は、内心のドキドキを隠しつつ水面に顔をつける。

 細めていた目を開いた、その瞬間――


(うわぁ……!)


 ゴーグルの向こうに、見たこともない世界が広がった。

 どこまでも見渡せそうな、アクアブルーに透き通る風景。

 海底には色鮮やかな珊瑚がまるで絨毯のように敷き詰められ、その真上をカラフルな魚たちが飛ぶように泳いでいる。

 まるで別世界だ。

 私は思わず顔をあげた。


「き、喜友名くん! すごい! す、すごいよ、これ! もう凄いったら、本当にすっごいのー!」


 たまらず語彙をなくしてしまう。

 ああ、もどかしい。

 この感動が言葉にならないなんて!


「ふふ。先輩、落ち着いて」

「あっ!」


 優しく微笑む彼をみて我にかえった。

 いま私、年甲斐もなく子どもみたいにはしゃいじゃってた!

 カァッと顔が赤くなる。


「驚きました? 上から眺めるのと水中に顔をつけて眺めるのとじゃ、だいぶ違うでしょう?」

「う、うん。びっくりしたぁ。テレビや写真なんかで知った風になってたけど、沖縄の海ってこんなに綺麗なんだねぇ」


 知っていたら前に来たときにシュノーケリングくらいやっておいたのに。

 今更ながら以前の旅行ではもったいないことをしていたのだと気付く。


「気に入ってもらえたみたいで良かったです。それじゃあそろそろ潜りましょうか。俺が先に降りるんで先輩はついてきて下さい」

「はぁい」


 先に潜った彼に続き、私もボートから垂らされたロープ伝いにゆっくりと潜降していく。

 つむじまで水中に浸かっても、まだまだ潜っていく。

 視界いっぱいのアクアブルー。

 私を真ん中にしてどこまでも広がる世界に心を奪われる。


(……ふわぁ。やっぱり凄い……)


 なんて幻想的な景色なんだろう。

 海のなかは珊瑚と熱帯魚の世界だ。

 顔をあげて上を眺めると、水面がまるで空みたいにキラキラと輝いている。

 その光景に魅入っていると、ふいに目の前を鮮やかなイエローの熱帯魚が過ぎった。

 何匹も何匹も。

 魚たちを目で追っていると、なんだか私まで人魚になったような気分になってくる。

 私はこの素晴らしい風景を360度いっぱい味わいたくなって、身体を捻った。

 その途端――


(きゃっ……!)


 体勢が崩れてしまった。

 どうしよう。

 身体が思うように動かせない。

 フィンやウェットスーツの浮力と、背に担いだ13キロにもなる器材の重さのせいで、うまく姿勢を維持できないのだ。

 焦ってバタバタ足を動かしてしまう。

 こうなると悪循環である。

 でも天地逆さになりかけたところで、後ろからそっと身体を支えられた。


(……あ)


 喜友名くんだ。

 背中に添えられた彼の大きな手のひらに安堵を覚える。

 私は感謝を伝えようとして、ふと考えた。

 そういえばハンドシグナルで『ありがとう』ってどうやればいいんだろう?

 多分さっき受けたレクチャーでは教えて貰わなかったと思う。


(んっと……)


 わからないから、とりあえず指でピースサインを作って喜友名くんに向けた。

 すると彼もゴーグル越しに微笑みながらピースサインを返してくれた。

 海の底でふたりして見つめ合う。

 それがなんだかおかしくて、私は水の中だというのに吹き出しそうになった。


 ◇


 ようやく水中で姿勢を維持することに慣れてきた。

 自力で移動できるようになった私は、足に装着したフィンをゆっくり交互に動かしながら海中を進んでいく。

 自由に海を楽しむ。

 真っ赤な珊瑚に近づいて指先で(つつ)いてみた。

 硬い。

 珊瑚って不思議。

 こんな宝石みたいに硬くて綺麗なものが、鉱物ではなく実は生き物だっていうんだから驚きだ。

 珊瑚の隙間に、イソギンチャクをお家にしたカクレクマノミがいた。


(……あ、可愛い)


 ディズニーの映画でニモとして登場するあれである。

 8センチくらいの長さの鮮やかなオレンジの体に3本の白いラインが入っている。

 つぶらな瞳がなんともキュートだ。


 目の前を群れになって泳ぐ熱帯魚が横切った。

 綺麗な白黒モノトーンの魚たち。

 その縞模様の群体を目で追っていると、私のそばに寄り添いながら泳ぎ時折り姿勢をサポートしてくれている喜友名くんが、水中ホワイトボードにつらつらとペンを走らせる。

 つんつんと熱帯魚の群れを指差しながらボードを見せてくれた。

 なるほど、あの綺麗な魚たちは『シマハギ』って名前なのかぁ。

 続いて喜友名くんが指で私の視線を誘導してきた。


(……あ! あれって!)


 つられて目を向けた先に、ウミガメがいた。

 ホワイトボードには『タイマイ』と書かれている。

 ウミガメがこちらに向かってきた。

 ヒレを羽根みたいに優雅に羽ばたかせながら、海のなかを飛ぶみたいに近づいてくる。

 かと思うと私の真ん前までやっきて、くるくると付近を旋回し始めた。


(うわぁ……! すごい!)


 人懐っこいその行動に興奮してしまう。

 見れば喜友名くんのホワイトボードには『ウミガメは、たまに懐くやつもいる。先輩はラッキー』と書かれていた。

 私も本当に幸運だと思う。

 さっきからずっと興奮しっぱなしの私は、ウミガメと一緒の遊泳を楽しんだ。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 喜友名くんがハンドシグナルを見せてきた。

 どうやらもう海から上がる時間になってしまったらしい。

 楽しい時間はあっという間に過ぎるものだ。

 残念ではあるがこればかりは仕方がない。

 私は美しい海の世界に名残を惜しみながら、喜友名くんに誘導されてロープの場所へと戻る。

 すると進行方向に変な顔をした魚がいた。

 黄色と黒のまだら模様をした、体長60センチをゆうに超えるくらいの大きな熱帯魚だ。

 突き出した口から鋭い牙を覗かせ、ギョロリとした目をこちらに向けてくる。

 私がその魚をぼうっと眺めていると――


(えっ⁉︎ な、なに⁉︎)


 いきなりぐいっと引き寄せられた。

 喜友名くんの逞しい腕がウェットスーツ越しに腰に回され、私たちの身体が密着する。

 彼は私と身体の位置を入れ替えて、まるで自分を盾にするみたいに前にでた。

 その途端、さっきの熱帯魚が猛スピードで突進してきたのだ。

 私は驚いて混乱する。

 魚はもう目の前まで来ている。

 喜友名くんがホワイトボードを振り翳し、熱帯魚を叩いた。

 大きな魚が一瞬怯む。


(って、なに⁉︎)


 もしかして私たち、あの魚に襲われてるの⁉︎

 思わず喜友名くんにしがみつく。

 分厚いスーツ越しでも分かる逞しい身体。

 喜友名くんも右手に握ったボードで大きな魚を迎撃しながら、もう片方の腕で私をしっかりと抱き寄せてくれる。

 何度も彼に叩かれた魚が、私たちから少し離れた。

 その隙を逃さず喜友名くんが、両腕で私をしっかりと抱く。

 そのまま彼は素早く力強く水中を泳ぎ、ギュッと私を抱いてその場を離脱した。


 ◇


 抱き合ったままロープの場所まで戻ってきた私たちは、ようやくお互いの身体を離した。

 なんだか心臓がバクバクしている。

 これはさっきの魚に襲われたからだろうか?

 それとも……。

 ボートに上がると喜友名くんが話しかけてきた。


「先輩! 怪我はないですか⁉︎」

「う、うん。私は大丈夫だけど……。って、き、喜友名くん⁉︎ その手、どうしたの⁉︎」


 見れば彼の右手の親指の付け根あたりから、血が流れていた。


「喜友名くんのほうこそ、怪我してるじゃない⁉︎」

「ああ、これですか? さっきのやつにやられちゃって。でもこれくらいなら大丈夫ですよ。それより先輩に怪我がなくて本当に良かった……」


 喜友名くんが心底ホッとしたみたいに息を吐く。


「さっきのアレ、『ゴマモンガラ』って名前の魚なんだけど、かなり凶暴なやつなんですよ。いまは産卵期だから特に。この辺りの海域に目撃情報はなかったはずなんだけど、今までは、たまたま目撃されてなかっただけなのかもしれません」

「そ、それより喜友名くん! 怪我!」


 ボート上をキョロキョロ見回す。

 夏海さんたちはまだシュノーケルから戻ってきていないようだ。

 私が喜友名くんを手当しないと!

 出してもらった救急箱をあずかり、彼の怪我を消毒する。

 どうやら傷は見た目ほど酷くないようだ。

 海の水で流血が少し大袈裟に見えていたのかも知れない。

 私は安心してから、ガーゼで傷口を押さえた。


「……先輩、すみません。怖かったですよね。俺がもっとはやく気付けば良かったのに……」

「……ううん、怖くなかったよ。それより、守ってくれてありがとう」


 喜友名くんはきっとダイビングの最中ずっと細心の注意をしてくれていたに違いない。

 なら危ない魚との不慮の遭遇なんて不可抗力だ。

 それにむしろ……。

 私は彼に身体ごと引き寄せられ、抱き合ったまま泳いだことを思い返す。

 また頬が赤くなりそうだったから、それを隠すみたいにして顔を逸らせた。

 そんな私の態度に喜友名くんが勘違いをする。


「やっぱり、怖かったんですね。すみません……」

「ち、違うの!」

「……? じゃあどうしてそんな赤い顔をしているんです?」

「こ、これは! と、とにかく違うったら違うの!」


 彼への態度を無理やり誤魔化す。

 私は恐さなんかより、むしろ逞しい喜友名くんの腕に抱かれてドキドキしていたことは、恥ずかしいから黙っていた。


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