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27.ドキドキハラハラダブルデート!?⑧何事も工夫次第



 私のレモネードで二人の気力は復活したようだけれど、状況が良くなったわけではない。

 ミラージュ様はあいかわらずぐったりしているし、キャロル先輩の魔力は相変わらず制限されている。


 そもそもの環境が悪い。

 本当はもう少し森の中心から遠ざかった方がいいのだろうけれど、今日はレース当日だ。観戦客のほか、普通にイベントを楽しみにいた家族連れ等も多い。


 国を守る英雄が競馬場でレース当日に大怪我! なんてニュースが世間に飛び出してはならないのだ。

 方々に出払っているという使用人の方々も、目立たず内密に、なおかつ信用できる人間を選んで事に当たらなければならないのは大変なのだと思う。現に未だに一人も戻ってこないし、さきほどディーノさんが何通もの声の鳥を飛ばしていたのも頷ける。


 …でも、少しだけ腑に落ちないことがある。


いくら能力が制限されているからとはいえ回復魔法のスペシャリストである先輩がこれほどまでに手こずることに違和感を覚えた。

 まだ成長途中とはいえキャロル先輩は歴史に名を残すレベルの回復魔法の使い手で、来年いは世界すら救えるほどの人になるのに。


 よくよくキャロル先輩の手元を見れば、ミラージュ様の紫色に変色した腕。


「…もしかして、毒…?」

「そう毒。傷はなんとか塞がったのだが、毒に手こずっている」


 私の独り言のようなつぶやきに返事をしてくれたのはミラージュ様だった。

 魔物討伐で負った傷と毒。

 回復魔法で一時的に塞いでいた傷と毒が魔法が切れたことで一気に進行した。


「バジリスクだよ」

「…バジリ…」


 え、

 バジリスク。

 蛇の王とも呼ばれ、猛毒を持つ私でも名前を知っている有名な魔物。

 ゲーム画面で見た画像や、この世界の書物で見た挿絵、いろいろな情報が脳内を駆け巡る。

 この世界ではたしか何メートルもある大蛇だ。

 予想を超えた大物の登場に思考が一時フリーズする。


「今回の討伐対象だったんだ」


 そう言ってミラージュ様が大きく息を吐いた。

 今までぼんやりとしていた魔物のイメージが一気に可視化する。

 この国の騎士団は、いやこの人はそんなとんでもない魔物をついさっきまで戦っていたの?


 ぞくりと背筋が震える。

 さっき一度止まった手の震えが再びぶり返しそうになってきつく拳を作る。


「もっと余裕を持って仕留める予定だったのだけれど、思いの外時間がかかってしまったんだ」

「た、倒したんですか?」

「それはもちろん、安心していいよ」


 私を安心させるようにミラージュ様は笑ってくれたが、私の顔は強ばっていた。

だってバジリスクといえばおとぎ話に登場するような伝説級の魔物だし、そんな魔物が今も普通に世界で跋扈しているとか思ってもみなかった。

 いや、情報としては知っていたかもしれないけれど全然身近なものではなかった。


 それを倒した。

 倒したと聞いて物凄く尊敬するとともに同じくらい動揺してしまう。


 私たちを魔物から守ってくれる精霊樹。

王都と学園をはじめ、各地に点在する精霊樹や精霊の若木の加護の範囲から遠く離れた場所では、今も魔物に悩まされながら暮らしている人がいる。


 魔物による被害、組織される討伐隊、および遠征。

 どれもこの世界では当たり前のように行われている日常だ。




「毒の威力が強くて…」


 そう言ってキャロル先輩は汗をぬぐう。

 そんな伝説級の魔物と力比べをしているなら当然だ。


 今は回復魔法と毒が拮抗している状態みたいだけれども、キャロル先輩の気力と体力はいつまで持つか分からないじゃないか。

 バジリスクの毒も、右腕からそれ以上にまで広がってはいないようだけれども、どうにかなっちゃったら取り返しがつかない。

 だって右手だ。

 英雄の利き腕が毒でやばいってそんなの予想以上にピンチじゃないか。


 どうしよう、どうしたらいい?

 もう一度自分でできることを考えてみる。

 この状況をひっくり返せる渾身の妙案じゃなくていい、何か些細なものでも何かないか。


・お兄様関連のことに特に詳しい

・ゲーム内の知識

・おおまかな今後の展開

・人のステータスが見える

・物のパタメーターが見える


 これくらいか。

 我ながら手札が少ない。

 この中で何かプラスになる情報は…。


 一つひらめいた。


 環境側を変えられないのなら、キャロル先輩の力を底上げしたらどうだろうか。

 ちらりと先輩のステータスを確認する。

能力アップの装備品は二つまで装備できるのだけれど、今日は何も装備していない。

 ゲーム内の知識だけれど、彼女はあと二つ『何かを装備できる』


 例えばシルヴィ君が作る能力を底上げする魔道具のようなアイテムがあれば、今よりもっと力が出せると思う。


可能性としては悪くない。

 だめもとでもやってみる価値はある。



「ちょっと失礼いたしますね!」


 シルヴィ君に聞いた話の中で一つ、思い出した。

 私は二人をエントランスに残し、いきおいよく玄関から表へ出る。


(と、いけない)


 イーズデイル家の前の道に、馬を連れている人がいる。

 慌てず騒がず、笑顔で優雅に。何事もないように装って歩かなくては。万が一誰かに見られても花の好きな学生が花を観賞しているようなそんな感じで目的の花を探す…、までもなく割とすぐに目の前にあった。


日金花ニルカ:花びらの縁がうっすらと黄色い小さな白い花。昼間に日の光をうんと浴びて夜にほんのりと光るため玄関先などに好んで植えられる


 私はおもむろに手を伸ばすと日金花を一本摘み取って自らの髪に差した。


 ・聖属性 +1


(やっぱり!)


 ステータスがアップした。

 そう、この世界の花には力がある。それはこのゲームの基本設定の一つ。

 精霊の木に守られた国アーデルハイドの草花には微力ながらも魔力を擁しているものが多い。

 シルヴィ君が魔道具を作る過程で、魔力の方向性を作るのに花をよく利用するということを以前に聞いたことがあった。

 花にはそれぞれ魔力的な属性があり、微弱ながらも特別な力を発揮する。いろいろな花を組み合わせて効力のある花束を作り上げる職業もあるくらいだ。


 私はぶちぶちと日金花を摘み取っては花冠に編み上げていく。

 これを髪飾りにしてキャロル先輩に装備してもらえれば能力の底上げにならないだろうか。


 本当は触媒などを使って効果を上げたり、固定の魔法を使って永続的に使えるようにしたりと技術が必要なのだけれど、今回ばっかりは一瞬でも効果が出ればいい。


 直径10センチメートルほどの花冠を作り上げた私は、きびすを返してキャロル先輩の下へと戻る。


「すみません、もう一度失礼します」

「?」


 後ろで一つにまとめていたキャロル先輩の髪を一度ほどき、先ほど作った日金花の花冠を紫のリボンで無理矢理編み込み、ピンで留める。


・日金花の髪飾り 聖属性+3


 よし! 

 即席の手作りだけれどなんとかなった。

 動いたりしたら落ちてしまうような脆い出来だけれどもひとまずキャロル先輩の髪に留まっている。


「あれ…」


 怪訝な顔をするキャロル先輩とミラージュ様。


(少しは効果があったかしら)

 数値にしてたった3、でもそれでも上昇は上昇だ。

このパラメーターの上昇がどれだけ能力に影響するかは分からないけれど多少なりとも効果はあったはず。

 …ただそれが、この毒を消し去るほどになるかどうかという話だ。


「どうですか?」

「…不思議、さっきより魔力が上がった気がする…ロゼッタちゃん何をしたの?」

「日金花の力を借りたんです」


 怪訝な顔をする二人の様子をまじまじと観察する。

 さっきよりは顔色が良くなったような気がするけれどもまだ足りない。

 でも路線としては悪くない。こうしてジリ貧の展開を続けるよりは断然いい。

 自由に動ける私が何か打開策を見つけられたら一気楽になるはずだ。


 何か、ほかに何かないか…。

 私は辺りを見回した。

 絵画、何かの胸像、シャンデリア、カーテン、花瓶。特に魔力を帯びるようなものはない。


 そもそも競馬場内では魔法が使えない訳だし、ここは貸出されている厩舎だ。高価な魔道具の備えはないし、あっても効力が低い。魔法の力を上げるなんていう便利なアイテムが都合よく転がっているはずもないのだ。


 失礼にならない程度に家探しをさせてもらおうかと腰を浮かせたとき、思いの外近い場所から魔法の気配を感じた。


 キラキラと輝くコイン型のブローチ。


「これ!」


 私はミラージュ様の胸に飾られていた騎士団のブローチに掴みかかった。


「わっ、何?」


 咄嗟のところでミラージュ様に手を握り込まれてしまった。

 騎士の本気の動き速い! 見事に防がれてしまった。

 じゃ、なくて断りもなく突然掴みかかったのはすみませんでした。


「すみません! あの、これ! このブローチ見せてもらってもいいですか?」


 私の勢いに圧されたのか、ミラージュ様はいいよ、と手を解放してくれた。

 剣と馬のレリーフの騎士団の紋章が描かれたブローチ。


 ・聖騎士のブローチ 聖属性+20

           全ステータス+2


 これは!! ガチレア装備!! あった! 地獄に仏!!!


「これ一瞬貸してくださいませ!! すぐにお返ししますので!」


 返事を聞く前に私はミラージュ様の胸からこのブローチをむしり取り、キャロル先輩の胸に付ける。


 聖属性の効果、さっきの3+20=23! 

あとなんかもう計算できないけど全ステータス+2!! これでどうだ!


「ロゼッタちゃ…きゃっ!?」


 ブローチを付けた途端、キャロル先輩の手元が白く輝き、つむじ風に巻き上げられたかのようにキラキラとした光が瞬いて吹き上がり、花火の様に落ちて消えた。

 紫色に変色していたミラージュ様の腕も血の気が戻り、元通りの様子。


 よっし!!! やった!!

 私は小さくガッツポーズをする。


「あ、れ? 毒が消えた?」


 目を丸くして自分の手の平を見つめるキャロル先輩。


「良かった」


 大きく息を吐く。

 私でも役に立てた。


「どうやら完治した、ようだ」


 信じられない、といった表情のミラージュ様が右手を閉じたり開いたりして感覚を試している。

 安心したのか、ふらりと力が抜けたキャロル先輩の背を私はあわてて支える。


「ごめん、ちょっとめまいが…」

「大丈夫です! ゆっくり休んでください!」


 くたりと私に体を預けたキャロル先輩の顔が怖いくらいに白い。貧血だ。まさに生も根も尽き果てた様子に感動すら覚える。


 キャロル先輩はめちゃめちゃ頑張ったよ!!

 なんかもう私は感動して目が潤んできた。


「…っ」

 

 キャロル先輩に肩を回して持ち上げる。

 せめて、こんな地べたではなくてゆっくりと休めるところに連れていって上げたい。


 …と思ったけれどぐったりした人間はとても重かった。

 ええと、キャロル先輩が重いわけじゃなくて、私が非力なせいです。

 人間一人の重さにちょっとだけ挫けそうになった。


「代わろう」

「あっ」


 突然重さが無くなった。顔を上げるとミラージュ様がキャロル先輩を抱き上げてスタスタと隣の応接室へ運んでくれた。さすが現役の騎士さま。


「ミラージュ様」

「大丈夫、私にもこれくらいの余力はある」

「それなら良かっ…」


 たと思ったけれど、ミラージュ様の服は血だらけだった。


「しまった」

「…大丈夫です、けっこう乾いていたみたいです」


 応接室のソファに寝かされたキャロル先輩の服を確認したけれど、パッと見た感じ大丈夫だった。着替えもないので血痕は困る。…本当に困る。


「あっ、そうだ。これお返しします」


 私はキャロル先輩の服から騎士団のブローチを外してミラージュ様へと差し出した。

 今回のこのブローチに助けられた。

きっと魔物討伐に向かう騎士の皆さんのため魔物が苦手とする聖属性が付与されているんだろう。お守りみたいな感じ?

ずっと目の前にあったのに気づかなかったのは迂闊だったけれど。


「…ふむ」


 ミラージュ様がまじまじとブローチを見つめている。

 もしかしてこのブローチに能力を底上げする効果があるのを知らなかったのかな。ミラージュ様も聖属性の才能を持っているので、能力は底上げされていたと思うけれど。

(実はパラメーターなんかもちょっと覗いたりした。さすが英雄!って感じだった)


 魔法効果を数値で計測する機器があれば問題なくその理由が分かると思うのだろうけれど、何で分かったのかと聞かれるとちょっと困るな。答えられないからな…。


「君は良い目を持っているね」


 笑顔でそう言って、ミラージュ様は着替えてくると部屋を出て行った。


 よかった、追求はされなかった。


「ふう…」


 ソファに寄りかかって足を伸ばす。応接室には絨毯が敷いてあるのでエントランスの床よりだいぶいい。


 正直、ずっと緊張していたので私も疲れた。

ひとまず何とかなったものの情報の処理が全然追いついていない。あと情緒の方面も。

 ちょっと一人で脳内を整理したい。


 たぶんミラージュ様はしばらく戻ってこないと思う。騎士だし、勘が良さそうだし、休んでいる女性がいるのだから空気を読んでくれるはず。


目を閉じると部屋のどこからか時計の針の進む音が聞こえる。

 


 情報を隠す側と隠される側。

 ここが分岐点な気がする。


 キャロル先輩はその非凡な才能により否応が無く隠す側になるだろう。

 

 …私もお兄様もどちらかといえば隠される側。

 でも、この先お兄様がキャロル先輩の隣に立つ日が来るのだとしたら、私たちもそちら側にいかなくてはならない。


 必要なのは、決意と心構え。


 大きく深呼吸する。

 キャロル先輩を一人だけでそっち側になんていかせません。

 もちろん私も、お兄様も。






****





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[良い点] この話、なかなか良いですね。 ゲーム的な要素を上手く小説に取り込んでる。 うまい。
[良い点] すごい! アイテムで属性上げられるゲーム補正! ハラハラしたけど助かって良かった!
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