25.ドキドキハラハラダブルデート!?⑥魔法が使えない
GWなので、デート回終了まで憧れの毎日投稿やっちゃいます!
競馬場には独自のルールがある。
その最たる例として『魔封石』が上げられる。
『魔封石』とはその名の通り『魔法を封じる』石だ。魔法をライフラインとして扱うわが国では本来禁忌と言ってもよいほどの危険物だが、ことこの場所では無くてはならない物となる。
『魔法による不正を防ぐ』この一点において。
『魔封石』はレース会場を中心に同心円状に配備されており、中心から離れるほどに徐々に効力を弱めていく。これはこの界隈における共通の認識であり【絶対のルール】
唯一の例外として施設場内に配備された数名の特別治療士が『特別な杖』を介してのみ魔法を使うことができるが、これは本当に例外中の例外。
『即死しなければ命は助かる』だなんて不文律が騎手や競馬関係者の中にはあって、これは『万が一レース中に事故が起こったとしても特別治療士が駆けつけるまでに生きていれば回復魔法が間に合う』ということなのだそう。
関係者の中では挨拶みたいにネタとして使っているみたいだけれど、ガチ過ぎて笑えない。…正直そんな事態には遭いたくないし、人馬ともども無事でいてほしい。
もちろん魔力を持たない一般市民にとってそれは至極当然のことだし、彼らにとってはこの森も普通の森となんら変わりはなく感じられるのだと思う。逆に普段から魔法に依存している人間にとっては手足を拘束されているかのごとき恐ろしさと不便さが混在する場所だということだ。
私も先ほどここがそういう場所であることは説明を受けた。
幸い関係者の待機場所である簡易厩舎はレース会場から離れた場所にあるので、簡単な魔法ならばかろうじて使えるし、そもそも人が長期で住む場所ではない。レースの会期中にだけ貸し出される借家のようなものだ。
現代日本の感覚で言えばキャンプに来たようだと言えば分かりやすいかもしれない。
多少不便を感じるが、それほど『魔封が使えない事』を意識する場所では無い。
そう、通常であれば。
***
森の中の小道を抜け、イーズデイル家に割り振られた厩舎にたどり着いた私たちは庭先で『声の鳥』を飛ばしていた茶色の髪の男性に迎えられた。
「聞いております、ロイド様のご学友の方ですね」
そう言ってにっこりと笑う男性、ディーノさんはイーズデイル家の使用人で、私たちを静かに招き入れてくれた。
綺麗に整えられた敷地内へと足を踏み入れると、建物へと向かう敷石を挟むようにして左右に広い花壇があり、色とりどりの花が咲き乱れている。
…まるで避暑地の別荘にでも来たかと錯覚しそうになる。
なんというか、その… 比べてはいけないとは思うのだけれど、同じ借家だとしても、モブAのお家に割り当てられた厩舎とは全然違うなって…。
あちらは厩舎に人間が住まわせてもらっている感じだけれど、こちらはシンプルな洋館に厩舎が設置されているという印象、ちゃんと人間用って感じがする。
この森の中にいくつ厩舎が用意されているのかは分からないけれど、こちらのお屋敷は最高クラスなんだろうな、とお屋敷に入る前から分かってしまう。
それにしても、聞こえるのは馬のいななきと小鳥のさえずり、葉擦れの音など。誰かが大怪我をしているような緊迫した気配は全くない。
もしかしたらさっきの一報は勘違いだったのでは、というような気持ちにもなったのだけれど、通されたエントランスでディーノさんの肩越しに見えた光景でそんな気分は一変した。
地べたにお情け程度シーツを敷き、青ざめた顔で横たわる血染めの騎士とそのかたわらに膝をつき、彼に回復魔法を掛けるキャロル先輩。
(!!)
「お静かに」
優しげな声色で、けれど容赦なくディーノさんが私たちを制する。
「…やあ、君たちがロイドの友人だね。こんな姿で出迎えることになり、大変申し訳ない」
横たわる騎士がかすれた声で私たちを出迎えた。
年の頃は20代なかば、肩口で切り揃えられた鳥の羽毛のように揺れる金の髪とアンバーの目、すらりとした長身に長い手足。ロイド先輩にはあまり似ていないけれど、おそらくこの方がミラージュ様だろう。
「恐れ入ります。我が主に代わり、経緯はわたくしからご説明させていただきます。緊急事態につき立ち話でご容赦願います」
そう言ってディーノさんは私たちに頭を下げる。
もちろん私たちもこの状況を前にして異を唱えるつもりなど全くない。私もモブAも、ラックさんも静かに頷いた。
目の前で座り込んでいるキャロル先輩に声を掛けたいけれどもそこはぐっと我慢。まずは現状の確認からだ。
少々長くなりまずが、と前置きをしてディーノさんが語り始める。
丁寧に簡潔に、分かりやすく話してくれた内容は私にとって知らない話ばかりだった。
まず武勇や剣技・騎乗技術ばかりが注目されているが、ミラージュ様は騎士の中でも珍しく回復魔法の心得があり、軽い手傷は自らで治している。
『英雄は怪我などしない』ではなく『怪我をしても自分で治していた』というのが正解。
他国との国交も順調で小競り合い等もない我が国では、騎士はもっぱら魔物から国民を守るために存在している。
政治も民衆も分かりやすい英雄を欲しがるのは世の常で、安心感、羨望、そんな思惑が錯綜し、いつの間にか英雄ミラージュは怪我をしてはいけない存在となった。
「こちらの都合で申し訳ございませんが、ご理解いただければと思います」
そう言ってディーノさんは深々と頭を下げる。
英雄が負傷したと広まれば一大事、だからこんな状態になってもすぐに助けを呼ばず、内々にどうにかしようとしているのだという事。
「そんな大事なことを、俺たちに話していいんですか」
モブAが固い声でディーノさんに尋ねる。
私も同じことを思った。
これは私たちが知っていていいレベルの話なのだろうか。
「ロイド様よりお二方は信頼のおける友人であると伺っておりますので、その点は心配しておりません」
そう言い切るディーノさん。
…ロイド先輩にそんなに信頼していただいて恐縮ではあるけれど、そもそもお手伝いはするつもりだったし、力を貸すつもりではあったけれどあまりにもシビアな現状に腰が引けてしまう。
ていうかロイド先輩、モブAとまともに話すの今日が初めてじゃなかったっけ? あの人の距離感ってどうなってるの? 行きのケンカのやり取り? あれで信頼を勝ち取ったのだとすると凄いね。でも、モブAは実際良いやつだしロイド先輩、人を見る目は確かだと思います。
「何卒、お力を貸していただきたく、お願い申し上げます」
そう言ってディーノさんは再び頭を下げる。
ここまでが前置き。
ひとまずそちらの都合は分かったし、大事にしたくないことも理解した。
問題なのは『自分で回復魔法を掛けることができるはずの英雄ミラージュが何故今まさに血だらけで倒れ伏しているのか』
ディーノさんは「誠に申し上げにくいのですが…」と複雑な顔をしながら説明を再開した。
曰くこの状況はミラージュ様の【英雄としての都合】と【競馬場の環境】が最悪のタイミングで重なってしまった事故だという。
事故。
すわ魔物の襲来か、殺人未遂現場かと気負っていたが少しだけ肩の力を抜く。
でも、そんなことが…起こりえるのだろうか。
稀代の英雄が抵抗するすべもなく?
でも実際に目の前で起こっている。
もう一つ【魔道の小道】というピースがかっちりとはまることによって。
競馬場にもいくつか【魔道の小道】がある。
広大な森を丸ごと一つ活用しているため、人用、馬用、VIP用等、各種存在する。
本来は魔法によって短時間で移動する便利な交通手段ではあるが、ここ競馬場の【魔道の小道】は他と違って『完全に一方通行の出口』として存在する。
これも競馬場独自のルールであると言える。
向こうからこちらに来ることはできても、こちらからあちらに行くことはできない。
『なぜならこちらでは魔法が全く使えない』から。
討伐先から【魔道の小道】を使って直接競馬内へやって来たミラージュ様は、到着直後に『魔封石』の影響を受け、応急処置していた傷が開いてしまった。
しまったと思った時はもう手遅れで、向こう側に戻ることもできず、かといって助けを呼ぶこともできず、自力でこの屋敷にたどり着いたものの、そのままこの場で崩れ落ちたのだとか。
たまたまその場に居合わせたキャロル先輩がとっさに回復魔法を掛けた事でなんとか持ち直し、今は小康状態を保っている。
「『魔封石』のことは事前にお伝えしていたはずなのですが…」
急いでいたのでうっかりしてしまった。
紛れもない本人による自爆事故。
ディーノさんが眉間にしわを寄せてうめいている。
うっかりで…いやでももともと怪我をしていたのは務めの中で負った負傷だと思うし、怪我人は本来であればいたわらなくちゃいけないと思う。
でも、確かに聞いた感じでは怪我は完全に治してから来るべきだった、とは思う。
「最近では怪我を隠すのもお上手になって…」
ぽつりと愚痴をこぼしたディーノさんの言葉に口惜しさが見え隠れしていた。
なるほど今回の怪我も隠していたのか…。
ちらりと目をやるとミラージュ様もばつの悪そうな顔をしている。
騎士団の都合とかイーズデイル家の問題とかいろいろありそうではあるけれど、その辺のことはひとまず脇に置いて、英雄だって人間だもの、うっかりしちゃうことはあるよね。
そしてようやく理解した。
なぜ本来はゲストであるはずのキャロル先輩がこんな玄関のエントランスで跪いていて、しかも怪我人ごとそのままなのか。
明らかに人材が足りない。
イーズデイル家が連れてきている使用人は少なく、今はディーノさんを残して全員出払っている。
たしかにこれは緊急事態、今から見知らぬ人に助けてもらうよりは確かに私たちの方が信用ができるというものだ。
治療を続けるキャロル先輩と目があったが、彼女もまたその通りであると頷いた。
そしてもう一つの緊急案件。
騎手を務める予定であったミラージュ様の代役として、レースに騎乗することになったロイド先輩が目下、猛特訓中なのだとか。
あと何時間も無いのに大丈夫なの?
ロイド先輩も優秀な騎士見習いだから乗馬の技術は習得しているとは思うけれど、レースとかはまた別ではないだろうか。
行きの馬車の様子を見る限り、ロイド先輩も私たちと競馬についての知識は大差なかったと思うのだけれど。
「リングベイル家のロバート様、ろくなおもてなしも出来ず、大変心苦しくおりますが、ロイド様が騎手としてきちんと勤めを果たせるようアドバイスをいただきたく存じます」
そう言ってディーノさんはモブAに深々と頭を下げた。
レースまであと数時間。
練習するにしてももうあまり時間がない。
「…分かりました。声の鳥でロイドから簡単に説明されているので大丈夫です。案内してください」
凶悪なまでに渋い顔したモブAが、ディーノさんの申し出を受け、ラックさんもそれに頷いた。
「イワシーミスの他に何頭連れてきているのですか?」
「2頭です」
「ではラック、お前が乗れ」
「はい坊ちゃん」
イワシーミスはすでにレース本番向けて検査場に出向いているのでここにはいないし、1頭は今ロイド先輩が乗っている。
なるほど、だからモブAはラックさんを連れてきたのね。ラックさんはリングベイル家の騎手でもあるから。
二人はディーノさんと話し合いながら練習馬場へと向かう。
「あの、わたくしは…」
「お前はあっちについていてやれ」
「ロゼッタ様、おかまいできず大変申し訳ございませんが、お二人の事よろしくお願いいたします」
モブAとディーノさんに揃って提案された。
あちら…とはもちろんキャロル先輩とミラージュ様だ。
もちろん私に異論はない。そもそも私はキャロル先輩に呼ばれたのだし…。
でも、ここに来て急にどうしたらいいか分からなくなった。
この状況で私にできることって何?
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