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九、黒雲の回顧録とまどかの決意です


 黒雲には、それが見える。未来だ、人間の未来。

 物心ついたときには、両親やまわりの友人や、祖父母――家族の未来をみては、その危険を回避してきた。

 みな、黒雲を大切にした。稀有な存在だと敬いさえした。

 しかし、結果的に黒雲のその力を聞き付けた役人が、黒雲を手に入れんと黒雲の家族を殺した。友人も殺した。


「そなたはこれから、わたしのためにその力を使え」

「いや、いや。家族を返して」

「うるさいっ!」


 ぶたれた、ひどくされた、しいたげられた。

 一体なにがいけなかったのだろう。

 ああそうか。この力が悪いのだ。

 黒雲の目は雲った。未来をみることはなくなった。

 そうして力を使えなくなった黒雲は、あっさりと捨てられてしまったのだ。




 物ごいをしながら食うや食わずの生活に身を投じてしばらくして、ふと、うら若い男が、黒雲の目の前に立ちはだかる。

 物ごいがそれほど珍しいのかと思ったのだが、男は懐から唐菓子を取り出すと、黒雲にそっと差し出した。


「そなた、名前は?」


 柔らかな声音にじんと胸があつくなった。名前を聞かれたのはもう久方ぶりな気がした。


「坂上利子」


 小さく少女が答え、男もまた、答える。


「わたしは安倍晴明。今日からそなたの師匠になります」

「ししょう?」

「そうです。そなたには才がある。 巫女の才能が。そなたには、未来がみえるのでしょう?」


 だが、利子の表情は暗いままだ。一度目を瞑って確かめる。利子が昔、未来を見ることができたのは事実だ。しかし今は、まったくみえない。

 みえなくなってしまったのだ。


「わたし……私……」


 すっと晴明の手が利子の頭に乗せられる。ぴりっと走った落雷のような衝撃とともに、利子の視界が開けた。

 みえる。

 未来が、みえる。

 そしてそれが、初めて見た、自分の未来だ。

 晴明の隣で星読みとして支える、そんな未来が利子にはみえた。


「今日からそなたは『黒雲』と名乗りなさい」

「こくうん……?」

「どんなに黒く分厚い雲の先をも見通せる巫女になるのですよ?」


 その日から、黒雲にとって晴明がすべてになった。

 親であり兄であり師であり。そうして年頃になった黒雲にとってみれば、晴明は恋慕う『男』にもなり得た。




「ん……」


 夢のなかなのか現実なのか、まどかにもわからない。わからないが、先ほど聞こえた会話が現実であることは、なんとなく理解できた。

 ぱちっと目を開けると、意外にもその傍らに、皇子の姿があった。向こう側には黒雲もいる。


「す、すみません!」


 皇子を差し置いて眠っていたことに恐縮して、あわてて起き上がり、まどかは下座へと移動した。

 皇子はふんっと鼻をならして、上座に座り直す。


「オマエ、体はもういいのか?」

「は、はい。私……確か……」


 こうべを垂れながら、自分がしでかしたことを思い出す。確か、霊力が溢れて制御できず、暴走したのだ。それを止めたのは紛れもなく晴明だ。晴明がまどかの『(いみな)』を呼んで、なかば強制的に眠らせた。

 そう夢のなかで聞いた。晴明と黒雲と皇子だけの会話だ。


「晴明さん。私、晴明さんにお願いしたいことが」


 まどかはすのこから庭を見下ろす晴明に向き直る。晴明もまどかを振り返り、にこりと笑った。


「私に陰陽術を、教えてください」

「最初からそのつもりですよ」


 やはり、晴明の声音は優しくまどかの鼓膜を震わせた。

 かくして、まどかは正式に晴明の弟子となる。晴明とまどかが視線を交わすなか、黒雲が苦い顔をしていることに、皇子だけが気づいた。




 そもそも、まどかが未来の人間だと――皇子の暗殺の疑惑を晴らすために、まどかはこれを皇子に見せる予定だった。


「うわっ、こちらに向けるな」

「皇子さま、写真が怖いのですか?」

「しゃしん? なんだそれは!」


 まどかのポケットにしまわれていたスマホは、なんら役に立たなかった。これを見せればまどかが未来の人間だと信じてもらえるとまどかは踏んだのだが、そううまく話は進まない。


「奇っ怪なものを俺に向けるな」

「皇子さまって、存外怖がりなんですね」


 フフッと笑ってまどかは携帯を懐にしまった。もうまもなく、スマホの電源は落ちる。ならば、せっかくなので、記念に写真を撮ろうと思ったのだ。

 しかし、皇子もあの晴明ですら気後れしていたため、まどかはそれをあきらめた。


「まどかどの。それでは、料理番の合間に、わたしがこちらに出向きますので。それで陰陽術をお教えしましょう」

「はい。よろしくお願いします!」


 弾んだまどかの返事に、晴明はやや違和感を感じた。

 まどかが暴走するに至った理由を知っているだけに、眠っている間にどのような心境の変化があったのか、晴明は不安を感じた。


「晴明さん、私になにかついてます?」

「いえ……まどかどのは、なにゆえ巫女になろうと?」


 晴明の不安をよそに、まどかは優しく、まるで悟ったかのように笑った。


「私は私です。いざなみじゃない。それに、誰かひとりでも私を信じてくれるひとがいるなら。私は耐えられます」


 まるで、先ほどの会話を聞いていたかのような物言いに、さしもの晴明も肝を抜かす。

 もしかしたら、まどかにはすべてお見通しなのだろうか。

 あり得ない話ではない。まどかは巫女だ。しかも特別な。

 ならば、余計な詮索はやめよう。


「はい。わたしはまどかどのを信じています」

「ありがとうございます。晴明さん」


 ふっと場の空気が和んだ。

 かに思えた。


 バン!


 っと空気が爆ぜた。その瞬間に、四人が四人、その音の主を向き直る。

 御殿の門が破られ燃えて、その先には見たこともない化け物――おそらく九十九神だ――がごうごうと音をたてながらこちらを見ている。

 かと思えば、一瞬で九十九神はこちらに移動して、まどかは構える余裕すらなかった。


「下がって!」


 対して、晴明はすぐさま結界を張り、黒雲ですら、式神を顕現し、臨戦態勢をとっている。

 まるで大人と赤子の差がある。

 まどかと晴明、黒雲の間には、天と地ほどの経験値の差があると、まどかは改めて思い知らされた。


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