七十、火の九十九神の封印
七十
出遅れる。
突然の火の九十九神の出現に、誰もが一瞬の躊躇いを見せた。
ことまどかに至っては、体から力が抜けて動けない。
しくじった。
はなから雨の式神を顕現しておくべきだった。
「くそっ!」
まどかを庇うように、康仁が前に出た。この時の為に自分は存在する。
草薙剣を構える康仁に、しかし火の九十九神はまるで動じない。
がぱっと口を開くと、今一度口から炎を吐き出す。
『ぐぉぉお!』
晴明と黒雲が、二重に結界を展開する。その間に、晴明はまどかを背中に担いで、その場から離れる。むろん、黒雲も康仁も。
「晴明、アレに隙など出来るか?」
「……わかりません。ですが」
手筈としては、晴明と黒雲が火の九十九神を引き付け、その間に康仁が封印することになっていた。
しかし、どうにも火の九十九神には隙がない。
「せめて、まどかどのが動ければ」
とは言いながらも、康仁自身の体にも異変があることに気づいていない訳ではない。きっと左手のアザはじくじくと痛み、火の九十九神が吠える度に骨まで響いているだろう。
だが、これを成し遂げなければ、康仁の呪いは解けない。
「なんとか隙を作ります。その間に」
簡潔に作戦を述べ、晴明は再び結界をはる。康仁には簡易的な結界の札を渡して、自身は式神を顕現する。
あの、大柄な鬼の式神だ。
「皇子さま、まどかさんを頼みます!」
追うようにして、黒雲も。
二人がかりだというのに火の九十九神はまるで動きが鈍らない。晴明の持ちうる最強の式神でさえ、赤子同然だ。
「くそ……」
震えた。
自身の死が怖かったからだ。
火の九十九神が恐ろしかったからだ。
まどかが死ぬ事が、怖かったからだ。
「……さま」
聞こえたか細い声。振り返ると、まどかが最後の力を振り絞って、スマホを起動していた。
震える手でタップしたのは雨の式神。
「皇子さま、行ってください……」
やがて空に暗雲が立ち込める。
火の九十九神が空を見、雨の式神を見、まどかを見る。
『ぐぉおっ!』
走った。火の九十九神はまどかの元に。
それが、まどかを殺すためか、あるいは母を慕ってかはわからない。
ザァァ。
まどかにたどり着く前に、火の九十九神は雨に降られた。動きが一瞬にして止まる。地面に這いつくばる形になってなお、火の九十九神はまどかに、康仁にほえた。
「……! 今だ!」
機を見計らった康仁が、草薙剣を火の九十九神に突き立てる。
『ぎぃやぁああ!』
流れ込む。
火の九十九神の思い。イザナミとイザナギへの思い。大好きだった父や母への懺悔だ。
「……すまんな」
草薙剣が火の九十九神を貫いた。そのままぽうっと光ったかと思えば、火の九十九神は康仁の持つ八咫鏡へと吸い込まれていく。
一回きりの三種の神器、康仁はまどかたちの助けを得て、その役割を果たす。しかし反動で体から力が抜け、まどかと入れ替わりで康仁は地面に膝をついた。




