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六十五、マヨネーズと食文化と

六十五


 夢中で洗い物をするまどかに、正盛が話しかける。


「なにかあったか?」

「べ、別に皇子さまとなにもないつですよ!?」

「いや、俺は『皇子さまと』なんて一言も言ってないが?」


 ニヤリと笑う正盛に、まどかは焦るばかりだ。

 正盛には見透かされているような気がして、どうも落ち着かない。


「さっき、皇子さまがくりに来たぞ?」

「皇子さまが?」

「なんでも、クレープ作りを見たいとか」


 好奇心が旺盛なのはいいことだが、今日は正直顔を合わせたくない。

 先程の晴明と黒雲の件で、なぜだかまどかは康仁を想起した。それが妙に胸に引っかかっている。


「お、噂をすれば」


 と、正盛が恭しく頭をさげる。振り向けば、そこには康仁がいた。


「お、うじさま……」

「探したぞ」


 不機嫌なようにも、嬉しそうにも見える。


「なにか御用でしょうか」

「ああ。クレープの味見をしたくてな」

「味見、ですか」


 先程朝食を済ませたばかりだというのに、康仁は相当クレープが気に入ったようだ。


「そうですね。クレープの前に」


 ソースは必須だ。クレープに包む野菜と肉に合わせる、さっぱりと食べられるソースだ。


「まずは、マヨネーズを作りましょう」

「ほう……?」


 くりから程よい大きさの茶碗を用意する。

 そこに、卵黄と塩、少量の酢を混ぜ合わせる。

 混ざったら、少しずつ垂らすようにして油を加えていき、絶えず混ぜ合わせる。


「オマエ、正気か?」

「すごい量ですよね」


 あまりの油の量に、康仁は疑いの目を向けている。本当にこれはうまいのか、と。

 だが、まどかは慣れたもので、なんら動じることなく油を混ぜていく。

 卵黄の作用により油は乳化され、やがて薄黄色のぼってりしたソース、マヨネーズが完成した。


「懐かしいなぁ」


 匙で掬い、味見するまどかに、康仁も倣ってマヨネーズを口に入れた。


「……! 酸い……!?」

「はい。でも、慣れたら美味しいですよ。それに、クレープによくあいます」


 続いて、クレープの生地を作りながら、鶏肉を蒸す。

 その傍ら、康仁はマヨネーズを睨みみている。これがどんな料理になるのだろうか。


「熱々のクレープ生地に具材を巻いていきます」


 綺麗に乗せたら、最後にマヨネーズをトッピングして、円錐型に巻いていく。

 やがて完成したクレープは、康仁の想像とはまるで違った。

 そもそも康仁のなかでクレープとは、ミルクレープを連想していたため、形も具材も予想外だ。


「味見、しに来たんでしょう?」


 まどかに差し出されたそれを受け取る。しかし、康仁の気は進まない。


「大丈夫です。ほら」


 見かねたまどかが、先にクレープにかじりつく。

 クレープ生地に野菜と鶏肉、マヨネーズが調和して美味しさから頬が緩む。

 康仁は、意を決してクレープを口に入れる。そして咀嚼すると、


「……うまい」

「でしょう?」

「うまいな、これは」


 昼食前だというのに、バクバクと、あっという間にクレープを完食した。


「もうひとつ作れ」

「ダメですよ。まだお昼じゃないですし」

「オマエは誰に向かってそのような口をきく?」

「あーもう。皇子さまって食べるのお好きですよね」


 ふっと笑うまどかに、康仁は、照れ隠しに言う。


「しかし、マヨネーズがかようにうまいとは」

「はい。料理の好き嫌いって、結局は食文化だと思うんです」


 かつてマヨネーズが日本に入ってきばかりのころ、日本人は先程の康仁のような反応をした。コーラもそうであるし、トマトは毒であるとされていたこともある。


「料理は先人の知恵ですね」

「先人、ね……」


 まどかにとって、康仁もまた『先人』に当たるのかと思うと、複雑な心境だった。


「そうだな。オマエがいなければ、俺は世界が広いことすら気づけなかった」

「なんですそれ。たかが料理で世界って」


 けたけた笑うまどかが眩しい。

 まどかと出会わなければ、康仁は今もひとり、屋敷に閉じこもって家臣を虐げ、そんな生活を送っていたに違いない。そう思うと、今の幸せを噛み締めずにはいられなかった。

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