六十三、最後の三種の神器
六十三
京に戻った一行であるが、三種の神器の最後のひとつ、草薙剣の入手は難航を示していた。
「父上!」
「また来たのか」
「何度でも来ます。どうか、草薙剣の持ち出しの許可を!」
毎日、天皇陛下の御所に赴き、康仁は頼み倒している。が、天皇陛下からの返事はいいものではない。
「ならぬ。聞けばそなた、伊勢神宮と熱田神宮にも行ったそうだな?」
「……ですからそれは……」
「三種の神器は代々の天皇が受け継ぐもの。そなたが手にしていいものではない。そもそも」
と、天皇陛下は康仁の隣にいるまどかをじっとりと見た。まどかはあわあわとこうべを垂れるだけで、なにも言えない。
「そもそも、そなたの呪いはその巫女が解く。それを何故、そなたが三種の神器を集めている?」
「すみません。私の力不足――」
「それは何度も申しました! わたしが火の九十九神を討伐する必要があるのです!」
はぁあ、っと天皇陛下のため息。しかし康仁は引き下がらない。ぐっと天皇陛下に押し迫ると、
「草薙剣がなければ、わたしの呪いはとけません」
「ならぬ」
「なぜですか!」
ぴしゃりと断られ、さしもの康仁も焦りが見える。顔を顰めながら、なにかないかと思考を巡らす。
「父上は、わたしの呪いが解けるのがお嫌で?」
「……そなたはいつまで子供なのだ」
そのとき、天皇陛下の表情がふと緩んだことに、まどかは気づいた。
そうだ、表面上は疎ましく思っていようが、天皇陛下もひとの子だ。多少なりとも康仁が心配なのではないだろうか。
証拠に、まどかの見張りとして正盛が送り込まれたように。
「天皇陛下、は」
「なんだ?」
「皇子さまが心配なのですか……?」
「オマエは正気か? 父上に限ってそんなこと」
康仁が鼻で笑うも、天皇陛下は真剣な眼差しをこちらに向けた。
「いくら遠ざけようとも、息子には変わらんからな」
「……!?」
ぽろりと漏れた言葉は本心か。動揺する康仁に、まどかが代わりに続けた。
「皇子さまの呪いを解くためにも。どうか」
「しつこい。あれは代々の天皇の私物」
「なにも、譲れというわけではないのです。神無月までの間でいいのです。どうかお貸しください」
まどかが膝を床に着けて、深深と頭をさげる。康仁も倣って、こうべを垂れた。
天皇陛下の顔は未だに渋いものであるが、しかしそれならば。
「返せるのだろうな?」
「約束します。父上」
「……ならば――」
御殿の奥にある祭司を司る部屋、そこに草薙剣はあるのだと、天皇陛下が小さく呟く。
まどかと康仁は、天皇陛下に礼を告げて、足早にそこに向かった。
祭司殿は昼間だというのに真っ暗で、ふたりは蝋燭の灯りを頼りに草薙剣を探し出した。
箱に厳重にしまわれたそれを見て、康仁が息を飲む。
「これが、最後の三種の神器」
「はい。皇子さま」
三種の神器を探す旅に出てから、実にひとつき。ようやくそれが揃う時が来た。
ふうっと深呼吸してから、康仁はそれに手をかけた。
どろり。
草薙剣から黒い影が伸びたかと思えば、それが康仁の手に絡みつく。
「……なんっ……!?」
「皇子さま……?」
しかし、まどかには見えていない。
黒くどろりとした影が、康仁の体を絡めとる。
「やめろっ!」
「皇子さま!?」
ばっと剣から手を離すも、すでに康仁の体は影に侵食され動けない。
なんなんだ、これは。
まどかには見えていない、しかし康仁はじたばたと体全体で抵抗する。
「離れろ。離れろ!」
やがて影がまどかにまで伸びたとき、康仁はハッとその影を掴んだ。
「……皇子さま……?」
『なにか』を掴む康仁に、まどかもそれを感じ取る。
康仁もまた、その影を凝視し、耳をすまし、そうして聞こえてきたのは、康仁の『恐れ』である。
もしも討伐に失敗したら。もしも晴明や黒雲が死んでしまったら。
だが、なにより恐ろしいのは、まどかを『あちら側』に行かせてしまうこと、未来に返せないことである。
「俺は……」
影が薄くなっていく。
「俺はオマエを」
掴んでいた影が、消えていく。
「オマエを必ず、未来に戻す!」
パァン! と影が消える音は、確かにまどかの耳にも届いた。
康仁がなにと戦っていたのか、まどかがそれを知ることは出来ない。
しかし、決意を新たにまどかを見つめる康仁に、頼もしさを感じる反面、寂しさを感じるのはなぜだろうか。




