五十九、パンで一息
五十九
疲れはひとの心から余裕を奪う。
まどかたちは、丸一日の休憩を挟むことにした。康仁の顔のきく、ひろびろした御殿だ。
「それはなんだ?」
朝からまどかがくりに立ちっぱなしで部屋にも顔を出さない。康仁はくりまで赴き、まどかの様子を窺いにきた。まどかが疲れから篭ったのかと思ったのだが、存外まどかは元気そうだ。
「パンを作ってます」
「ぱん……」
持ってきた天然酵母と小麦粉、牛乳は無いため水を使い、まどかはパンを捏ねたのだ。
「膨らんでいるな」
「はい。これが天然酵母の力です」
「ほう……」
ふっくらとした生地は、焼き上げる前であるというのに既にうまそうに見える。
一次発酵、ベンチタイムを終えた生地を、まどかは成形する最中だった。
「皇子さまもやってみますか?」
「俺が? 素人に出来るのか?」
「はい。こうやって丸めていけばいいだけなので」
いったん平たくした生地を丸く形作ったら、まな板のうえに生地をおいて、上から手を被せる。そのままくるくると手をのの字に回していけば、生地が綺麗な円になる。
「あとは最終醗酵をして、表面に切込みを入れて焼き上げるだけです」
まどかがあまりにも軽々とやってのけるため、康仁もその気になる。
手を洗ってからパン生地をとり、まどかのようにくるくると回そうとするも、なかなかうまくいかない。
「この」
「皇子さま。手の力を抜いて、優しくです」
「分かってる。オマエに出来ることは俺だって」
しかし、一向にうまくいかず、康仁は早々にパン作りを諦めた。
「料理は食べるに限る」
「ふふ。そうですね」
「だが、有難みが分かった」
「そうですか」
いやに素直な康仁に、まどかは微笑んだ。
鉄鍋をダッチオーブンのように使って焼き上げたパンを、焼きたてのうちに食事に出した。
「これがパンか……かぐわしいにおいだ」
「冷めないうちにどうぞ」
晴明も黒雲も康仁も、嬉々とした表情でパンをかじった。
「おいしい……」
「はい。とても」
黒雲と晴明は素直に感嘆し、康仁に至っては黙々と食べている。どうやら気に入ってもらえたようだ。
まどかもパンをちぎって口に入れる。固く、未来のパンに比べたら荒々しい味ではあるが、素朴さがまたうまい。
「やっぱり、食べることは大事ですよね」
まどかはしみじみ思う。ひとの三大欲求のうちのひとつ、食欲を満たすことは、旅の疲れを癒すことにも繋がる。
結局、作ったパンはすべてまどかたちの胃袋に収まり、久々にゆったりとした時間を過ごすことができた。




