四十六、康仁と正盛
四十六
「まどか! いたいた!」
ほうっとする康仁とまどかの平和な時間を割いたのは、正盛である。
懐っこい笑みとともにふたりの間に割って入ると、
「梅干しを干すなら、俺も手伝ったのに」
「いえ……これは皇子さまの分なので、私がやらないと」
結局、しそ漬けの梅もまどかが作ったものしか康仁は食べないだろう。出雲に行く前、正盛にしそ漬けを頼んだが、それとはべつに、帰ってきてからまどかは改めてしそ漬けを作った。
「当たり前だ。俺の命を狙うやつはごまんといるからな」
「でも、正盛さんはいいひとですよ?」
「……ふん」
ふいっと正盛から顔を逸らす康仁に、まどかは苦笑した。なぜここまで正盛を嫌うのか、まどかにはわからない。
一方で正盛は、自分が嫌われる理由を心得ているようで、意味深な笑みを浮かべている。
「やだなあ、皇子さまは。俺は天皇陛下からの使いですよ?」
「それが胡散臭いのだ。さしづめ、わたしの見張りか牽制か」
はんっと康仁は鼻で笑った。正盛はおかしくなって声を出して笑う。それがますます康仁を不機嫌にして、康仁はまどかをじろりと睨んだ。
「そもそもオマエが悪い」
「え、私ですか?」
「そうだ。弟子をとることを承諾して。なにかあったらオマエの責任になるんだぞ?」
それは暗にまどかを心配しているのか、あるいは正盛を牽制しているのか。まどかにはわからない。
「皇子さまも人聞きの悪い。俺はあくまで料理番。皇子さまでなく天皇陛下に使える、忠実なしもべですよ」
「だろうな」
「あともうひとつ」
正盛はいつもの調子を崩さぬままに、
「料理番同士、まどかを嫁にとも思ってる」
「……え?」
「なん、貴様……」
ばちばちと火花が散りそうな程に睨み合う康仁と正盛に、まどかはなすすべがなかった。
梅干しがほのかに赤く染まっている。
午前中に干した梅は、太陽に当たった面が赤く色づいていた。
「夕焼け……ってことは、明日も晴れかな」
夕餉の準備をしながら、まどかは夕陽を眺めている。夏の夕暮れは好きだ。涼しい風も、燃えるような夕陽も。また明日、頑張ろうと思わせてくれる。
「懐かしい……なあ……」
夕陽など、子供の頃に見たきりで、最近はめっきり見なくなった。
平安に来て、色々なものが変わった。それが価値観であったり考えかたであったり、まどかにプラスのものもあれば、マイナスのものも存在する。
「皆どうしてるのかな」
一ヶ月も行方不明となれば、騒ぎになっているかもしれない。特に家族には心配をかけているに違いない。そう思うと、早く帰りたいと気持ちが逸る。
しかし、まどかはまだ帰らない。帰れない。
康仁の呪いを解くまでは、帰らないと誓ったのだ。
「私……頑張らなきゃ」
込み上げる感情を飲み下して、再び料理に集中したときである。
バンッ!
まどかの体に走った衝撃は、まぎれもなく九十九神の出現を意味していた。




