四十五、梅雨明けとしその実の漬物
四十五
梅雨が明ける。
まどかが平安に来てから一ヶ月少し、九十九神はいまだ討伐戦しきれていない。
「梅雨明けかぁ」
ここ一週間は夏の気配が濃くなり、雨も降らなくなった。
梅干しを干すにはもってこいの天気である。
「なにを見上げて呆けている」
「皇子さま。いえ、今日から梅干しを干そうかと」
仕込んだ梅の半分はしそ漬けにした。
塩もみしてアク抜きした赤いしその葉を、梅漬けに加えて赤色に着色する。赤い色は食欲を増進させる効果がある。逆に寒色は、食欲を減退させる。
「それにしても、しその葉の醤油漬けはうまかったな」
「はい。しその葉っぱは香りがよく美味しいですよね」
赤いしその葉は梅漬けに、青いしその葉は醤油漬けにした。みりんと醤油、ごま油を同割であわせ、そこにしその葉を漬け込むだけの簡単な料理だ。今回はみりんの代わりに甘酒を少量使い、甘味をつけた。
これをおにぎりに巻いたり、ごはんに乗せたり。きざんでごはんに混ぜるのもよし、肉や魚の味付けに使ってもうまい。
「今からの季節なら、これですね」
まどかは今朝つんできたそれを康仁に見せる。粒がたわわに実ったそれは、しその実である。未来では、刺身の付け合せに出されることが多いが、まどかには別の食べかたがあった。
「そのようなものを食すのか?」
「はい。食感も味も申し分ありません」
まどかはこのしその実と刻んだ野菜を塩漬けにすることを考えている。
本当なら、キュウリとナス、しょうがを一センチ弱の角切りにして、しその実と漬けたいのだが、野菜は平安のもので代用する。
「こうやって扱いてしその実を取って」
「扱くと香りがよくわかるな」
「はい。漬けると色は真っ黒になってしまうのですが、味は保証します」
「ほう……だが、そうは言ってもただの漬物だろう?」
漬物石を置きながら、まどかは笑った。確かに、漬物と言ったらそれまでだ。
だが、この漬物はまどかの家では少し変わった食べかたをする。
「出来上がったしその実の漬物は、納豆に混ぜて食べます」
「納豆に?」
予想外だと康仁が目を見開く。こういう、ひとをあっと言わせる瞬間がまどかは好きだ。
漬物を納豆に混ぜるなど、誰も考えないに違いない。
「納豆に混ぜると、香りと食感がアクセント――強調されて美味しいんですよ」
「……なるほど……それも一理あるな……して、いつ食べられる?」
興味を示した康仁に、まどかは梅漬けを竹ざるに広げながら答える。
「明後日くらいでしょうか」
「明後日……」
待ち遠しいと言いたげに、康仁が漬物樽を睨んでいる。
納豆は単体で食べる以外にも、様々なアレンジがある。
刻んだネギとマヨネーズを混ぜて油揚げで包んで焼いたもの、冷奴に乗せて、梅干しと削り節をあしらったもの。
簡単、かつ栄養が豊富な納豆は、時間が無いときに重宝する。
「でも、皇子さまが納豆を召し上がれるかたでよかったです」
「……?」
「ほら。西のほうって納豆の文化がないと伺っていたので」
「……そうか。俺は京に留まらず、全国を回っていたこともあるからな」
天皇家でありながら、康仁は皇子としては境遇はそれほどよくない。
だからか、あちこちを点々とする生活を送っていたが、今はそれがありがたい。
まどかの料理を受け入れられる度量を持ち合わせているのは、小さい頃から様々な地域の食文化に触れてきたからにほかならない。
「俺は、自分が自分で良かったと、最近になって思えるようになった」
「なんですか、急に」
「いや。オマエの料理を受け入れられるのは、俺くらいしかおるまいな」
珍しく柔らかな笑みを浮かべた康仁に首を傾げつつ、まどかは梅漬けを竹ざるに並べ終えた。
今日から三日、梅を干す。夜は基本的に取り込むが、三日目の夜は取り込まない。夜露に当てることで柔らかく仕上げるためだ。
「天気、大丈夫だといいですね」
空を仰ぎみるまどかの横顔が、妙に頼もしい。
康仁はそんなことを思いながら、ぼうっとまどかを見つめていた。




