四十四、消えた神主
四十四
大きな鳥居が見えてきたのは、しばらく歩いた頃である。
まどかも康仁も無言で足を止めた。
「あれが……出雲大社……」
思わずまどかが呟くと、康仁は再び足を進めた。晴明と黒雲はなにも言わずに康仁についていく。
そうしてまどかもまた、大きな鳥居をくぐり抜ける。
バリバリっとまどかの体に電気が走り、まどかは思わず目を閉じた。まどかだけではない、康仁も黒雲も、晴明までもがその衝撃に目を閉じ、やがてゆっくりと瞼を開けた。
「お待ちしていました」
鳥居をくぐる前には、向こう側にひとなど見えなかった。だが、鳥居の真ん前に、その人物はいた。
恰好から見るに、晴明と同じく陰陽師か、或いは単なる神主か。
「九十九神について、お聞きになりたいのでしょう?」
神主が淡々と言葉にする。
「今は時期尚早。神無月にまた、いらしてください」
「神無月……?」
「はい。巫女さま。神無月には全国の神々が出雲に帰ります。ゆえに出雲では、神無月ではなく神在月といいますが」
ふっと神主が笑う。かと思えば、すっとその姿を消して、まどかたちは呆けるしか出来なかった。
「晴明さん、あのかたは一体……」
「神々の遣い、といったところでしょうか」
「神々の?」
言われてみれば、晴明すら圧倒するなにかがあった。そもそも、人間は消えたりなどできない。
晴明ですら不可能なのだ。
とは言っても、普通の人間から見れば、晴明もあの神主も『異質』である。
晴明の式神は一般人には見えない。ゆえに、晴明の屋敷の戸を開ける式神も見えなければ、馬のような空をかける式神も見えない。ただただ、『勝手に』戸が開いて、『ひとりでに』空を飛ぶ。それが一般人から見た晴明である。
「なんだか無駄足になっちゃいましたね」
帰路は式神を使った。まだ昼間であるため、九十九神の出現の確率も低い。なにより、無駄足に終わった気苦労から、康仁が徒歩で帰る気にならなかったのが大きな理由である。
「皇子さま。怒ってます?」
「別に。怒ってなどない」
「そうですか」
分かりやすいとまどかは思った。康仁は喜怒哀楽が読みやすい。とはいえ、最近はよくわからない行動や言動も増えた。
「まどかどの。帰ったらゆっくりおやすみください」
「……ありがとうございます……」
神無月。十月のことだ。
今はまだ七月に入ったばかりだ。あと三ヶ月、どう過ごそうかと、まどかはぼんやりとそんなことを考えた。
康仁の御殿に帰っても、まどかは寝付けない。
そもそも、あんなにあっさりと帰ってきてよかったのだろうか。
「九十九神……神無月……」
あの場でもう少しなにかを探せば、手がかりが見つかったのではないだろうか。
「出雲では神在月……」
そもそも、晴明はすべてを理解しているような、そんな雰囲気すらあった。
神々の遣い、あの神主は何者なのだろうか。
見た目は人間であった。ならば、神に使える神職であろうか。
「消えた神主……」
消えた、どこに?
「出雲大社は……神々の国と繋がってる……?」
考えれば考えるほど分からなくなる。分からないのだが、考えずにはいられない。
十月には全てが明らかになるのだろうか。
「なにか……ヒントは……」
神在月には出雲に神々が集まる。つまり九十九神も。
そこを一網打尽にする、というのがあの神職の言わんとしたところであろうか。
「はー。眠れない」
呟いても、誰が返事をするわけでもない。だがまどかは、一晩中考えた。考えていないと、どうにも落ち着きそうになかったのだ。




