四十、目標は火の九十九神
四十
一方、晴明と黒雲は康仁が夕食をとる間、御殿の結界を張り直していた。
「まどかさんは不思議なかたですね」
黒雲が晴明に言う。晴明は結界を張りながら、
「そうですね。まるで悪意がない」
結界の呪符を二重に貼って、そのうえからさらに呪文をかける。
ぽうっと結界が薄青く光り、やがてその光は消えていく。
黒雲は晴明に呪符を渡す。
「まどかどのの力は底がしれません」
「はい。私の星読みでも全く読めませんし」
御殿の四隅と真ん中、それから門に呪符と呪文の結界を張り終え、黒雲はふっと息を吐き出した。
「九十九神のことは、いつお話しになるのですか?」
まだ話していないことがある。まどかにも康仁にも話していないことだ。
「そうですね。いずれ――」
晴明が言いかけたときである。
「晴明さん! 黒雲さん! 夕ご飯にしませんか?」
まどかが遠くからふたりを呼んでいる。
晴明は微笑み、黒雲は手を振り答えた。
「行きましょうか」
「……はい」
すっと晴明の顔から笑みが消えた。黒雲はそれが妙に恐ろしくなって、今から向かうまどかの夕餉から逃げ出したくなった。
見たこともない料理に、黒雲は興味を引かれた。だが、その料理について訊ねることはしなかった。いや、出来なかった。
「今なんて?」
「はい。九十九神はその名前の通り九十九体存在します」
「九十九体も……」
途方もない話だ。九十九神は九十九体も存在する。まどかが封印したのは、まだたった三体だ。
「ですがまどかどの。火の九十九神を討伐すれば話は別です」
「え……?」
よく分からない。九十九神を討伐できるのはまどかだけだと晴明から説明を受けている。ならば、火の九十九神を討伐するとどうなるのだろうか。
「九十九神の暴走は、まどかどのの存在も大きいですが」
ごくり、まどかは喉を鳴らした。
「火の九十九神。あらゆる九十九神に影響を及ぼしているのは、それなのです」
「え、と。つまり?」
「はい。火の九十九神を討伐出来れば、残りの九十九神は自ずと力が弱まる、或いは消滅するでしょう」
「……! それって」
つまりは、最終目標は火の九十九神だと晴明は言いたいようだ。
火の九十九神さえ封印できれば、まどかは未来に帰れる。暗にそう言われている気がした。
「ですが。火の九十九神に対抗するには、まず水の九十九神を封印しなければなりません」
「水の……」
まどかは夕飯そっちのけで晴明の話に聞き入っている。黒雲もそうだ。まどかを案じて、食事どころではなかった。
「まどかさん。私も手伝えることは手伝います。だから……」
「うん。目標が見えてきたね。火の九十九神か……」
まどかの目には強い光が宿っている。
火の九十九神が一筋縄で行かないことは、まどかが一番よく知っている。まどかは火の九十九神に対抗できない。力が入らなくなるのだ。
それは、まどかがイザナミの生まれ変わりで、イザナミの死因が火の神によるものだからだと晴明は言っていたが、だが。
「なんとかして、方法を探さなきゃ」
「まどかさん……」
晴明の顔は笑っていない。黒雲に至っては苦悩の表情だ。
このあと黒雲と晴明は、同じ話を康仁にもしなければならない。そして、康仁にはまどかとは別に、もうひとつの事実を話す必要がある。
「それじゃあ、ちゃんと食べて元気出さなきゃですね!」
まどかの笑顔は心からのものに違いない。だというのに、黒雲はその笑顔に答えることができなかった。




