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四、私は巫女になれるのでしょうか


 一部始終を見ていた晴明が、庭に降りてまどかに平伏した。


「さすが貴女は、やはり巫女です」

「や……晴明さん、なにを」


 あわあわと両手を顔の前で振りながら、まどかはしゃがみこんで晴明を立たせるべく肩に手を添える。

 そのとき、バチチっとまどかの目の前に火花が散った。あの、鳥居をくぐったときと同じ感覚だ。

 しかし、あのときと違うのは、まどかが未来に戻れるわけではないということと、流れ込んできた『なにか』。

 まさしく、まどかが感じ取ったのは晴明の『霊力』である。


「晴明さん……わざと餓鬼に苦戦しているふりを……?」

「ああ。貴女には隠し通せませんね」


 感じた霊力がまどかに静かに語りかける。先ほどの餓鬼など赤子同然の、それほどまでに強い力を、まどかは晴明のなかに感じ取った。

 決まりが悪そうに晴明が立ち上がる。どうして、とまどかが口を開く前に、御殿のうえから皇子が口を出した。


「俺が試した」

「……え?」

「オマエが巫女だと信じられるか? だから俺が、晴明に頼んでオマエを試した」


 結果的に解決したものの、下手を打てばまどかは死んでいた。いっときでも皇子を心配し、動いた自分が恨めしい。

 まどかは御殿の階段――きざはしをずかずかと上がると、皇子めがけて歩いていく。


「なんだ? やるのか?」


 安い挑発だ、しかし今はそれでちょうどいい。

 まどかは迷わず皇子の左頬を平手打ちした。開いた手のひらから呪符がひらりと舞い落ちた。


「貴様……誰に向かってこのような無礼を……」

「無礼!? どちらが先に無礼を働いたかわかってますか!?」


 平手打ちなんてしたことがない。少なくとも未来では。

 先ほど平手打ちしたのは相手が餓鬼だからためらいもなかったのだが、今のこの平手打ちにも迷いがなかったことに、まどか自身も驚いた。


「まどかどの……」

「晴明さん。私は帰りたいです」

「……左様ですか。しかしながら、申し訳ありません。送り帰すにしても、次の新月までお待ちいただかねばなりません」


 腰を低く、晴明は言う。まどかは信じられないと言いたげに天井をあおいだ。寝殿造の屋根は、千年以上前のものとは思えないほど、立派なつくりになっている。


「おい、俺は許していないからな」

「アナタには関係ないでしょう?」

「いや、関係ある」


 平手打ちされた頬をおさえながら、皇子はまどかにずいっと顔を寄せた。


「オマエには九十九神を討伐し、俺の呪いを解いてもらう」

「だから、私は」

「次の新月まで、オマエは帰れない。その間、どこで暮らす?」


 まどかは晴明をちらりと見やる。


「わたしの屋敷でよければ」

「ならぬ」


 晴明が助け船を出すも、皇子はそれを断固拒否した。

 頬を抑えていた手で、まどかの腕をぎゅっとつかむ。


「次の新月まで、オマエは俺の料理番として働きながら、九十九神の討伐の任に就いてもらう」


 なにを身勝手なことを。思うも、先ほどまでまどかの味方をしていた晴明すら、口を出すことはできなかった。

 これは命令である。この国で二番目に権力を持つ、第一皇子の、勅命だ。

 一介の陰陽師が逆らえるわけもない。


「嫌だ、と言ったら?」

「罪人として命をもらう。オマエが生き残るには、九十九神を討伐するしかない。さあ、どうする?」


 皇子の物言いに腹が立つ。まるで人間扱いされていないことに、まどかは腹をたてた。

 そもそも、未来の世界でもブラックな職場はあったし、理不尽な思いもしてきた。

 なのに、平安時代に召喚されてなお、自分は誰かに虐げられなければならないのだろうか。


「……皇子ともあろうお方が、他力本願ですね? ご自分で解決しては?」


 言い返されたのは、もしかしたら初めてかもしれない。皇子はそんなことを思いながら、霞む意識に逆らうように、ぎゅっと拳を握りしめる。てのひらにめり込む自身の爪の痛みで、皇子はようやく意識を保った。


「オマエはこれが、どれだけ重要なことか……わかっていない……よう……」

 だな。


 最後の言葉は倒れるのと同時であった。

 バタン!

 と音がして、まどかはどうすることもできなかった。いざ目の前で不測の事態が起こると、ひとは咄嗟に動けないようだ。


「あ、あ。え?」

「皇子さま」


 さっと歩み寄ったのは晴明である。慣れた様子で式神――中型犬のような――を出すと、その背中に皇子を乗せ、寝所の布団へと運んでいく。

 まどかはただただおろおろするばかりで、晴明について歩くことしかできなかった。




 寝所の布団に皇子を寝かせて、晴明はまどかを振り返った。


「気丈に振る舞っておられますが、皇子さまは呪いゆえにお体が弱くあらせられます」


 式神を消して、晴明はまどかに静かに説明する。


「まどかどのは、毒入りの茶を被っても、無傷だったとか」

「えっ、と……はい」

「それは、もしかするとまどかどのに、回復の術が使えるのかも知れないですね」

「回復……あっ、じゃあもしかして、皇子さまを回復させることも……?」


 ばっと皇子に駆け寄るも、なにをどうすればその術が使えるのか、まどか自身もわからない。

 わからないなりに、両手の指を絡ませあわせ、顔の前に掲げて念じる。


「治れ、治れ。なおれ!」


 言葉にもした。自分にそんな力があるのならば、今使わずしていつ使うのだろうか。

 晴明はただ黙ってまどかを見守っている。

 しかし、まどかがなにかを発することも、皇子が回復することもなく、ただただ時間が過ぎていく。


「……晴明さん。私は」


 無力さを思い知る。

 そして、疑った自分も。

 皇子が呪われていることなんて、一切信じていなかった。今の今まで。

 しかし、真っ青な顔で横たわる皇子を見て、まどかは自分の無力を嘆いた。


「私は、巫女としてこのひとを救えるのでしょうか」


 例えばそれが、次の新月までの期限つきだとしても、なにもしないよりはましだとまどかは決意する。


「貴女なら、きっとできますよ」


 さざ波のような晴明の声が、まどかの鼓膜をふるわせた。


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