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三、私たちを襲うのは餓鬼でした


 牢獄を出たふたりは、暗い道を歩いていく。その足元にへんてこな生き物がいることに、まどかは気づいた。


「晴明さん、あの」


 恐る恐るその生き物をみると、どうにも動物には見えなかった。どちらかといえば、あやかしに近い。

 二本足で歩きながら、自らが発光している。白い毛並みと、ぎょろりとした目はみっつある。

 どう考えてもこの世のものではない。


「気がついたかい。これはわたしの式神だよ」

「式神……って、陰陽師が使役する、あの?」

「さすが、呑み込みがはやい」


 晴明は懐から紙切れ――なにかの形を象っている――を取り出すと、それにふうっと息を吹き掛けた。

 紙切れが宙を舞ったかと思えば、次にはその紙はぼんっと音をたてて、形をなす。

 足元を照らす式神とはまた形が違う、馬のような牛のような、不思議な生き物である。


「皇子の寝所まで距離があります。これに乗っていきましょう」

「え、乗る……?」

「ええ。乗る」


 と、その生き物が四本の脚を折り畳んで、ふたりに『乗れ』と促してくる。

 晴明はなんのためらいもなくそれに乗り、そうしてまどかに手を差し出した。


「暴れたりしないから。式神は穏やかな生き物です」

「……はい」


 牢獄でのやり取りもそうだったが、晴明はいちいち行動が丁寧で穏やかで、つい流されてしまう。

 善い人間の前では、誰しも警戒心がとけてしまう。晴明がその最たるいい例だとまどかは思った。

 まどかは少しの迷いは見せたものの、おとなしく晴明の手をとって、式神の背中にまたがった。

 あたたかい。

 式神に体温があることに驚きつつも、まどかが乗るや式神は立ち上がり、それどころか。


「え!? 浮い……」

「しっ。しゃべると舌を噛みますよ」


 浮いたのだ。まるでペガサスのように空に浮かび、脚を動かし翔けた。

 あまりの高さに最初はまどかも及び腰であったが、だんだんと慣れていく。もとより、背中に晴明がいるからか、気持ちが大きくなったのだ。


「すごい! 晴明さん、地面があんなに遠い!」

「ふふ。喜んでいただけて光栄です。でも、貴女ならもっとすばらしい式神が使えるんですよ」

「え? 私がなんです?」


 風を切る音のせいか、あるいはまどかが歓喜に声をあげていたからか、晴明の言葉は届かなかった。

 無邪気な巫女――まどかの姿を見て、晴明は少しだけ表情を曇らせた。




 皇子の寝所につくや、まどかは再び気まずい思いをしていた。


「この妙な女が、『例の』巫女なのか?」

「左様です。皇子さま」


 晴明の説明によれば、まどかはこの皇子のために平安の時代に召喚された。この皇子は次期天皇の第一皇子だが、短命の呪いをかけられている。

 呪いを解くためには、九十九神を討伐せねばならない。なぜならその呪いは。


「おい、似非巫女」

「え、えせ……」


 言い返そうにも言い返せなかった。なぜならまどかは巫女ではない。晴明によれば、まどかは巫女としてこの世界に呼ばれたのだが、肝心のまどかには陰陽術はおろか、式神すら使えない。

 だからまどかは、黙るしかなかった。


「俺たち天皇家の祖先くらいは知ってるだろ」


 昼間も感じが悪かったが、今はさらに感じが悪い。口調のせいだろうか。

 まどかは背筋を正す。


「はい。いざなぎのみことといざなみのみことです」

「はっ。ただのうつけではないようだな」

「……それで、それがなにか?」


 刺のある言いかたに、まどかもついきつい口調で返した。


「いざなみの呪いにより、黄泉とうつしよの別ができた。そして、一日に三千の人間が死する世界がなりたってしまった。その贖罪として、代々天皇家は呪われている」

「呪い……? でもそれは、神話の話じゃ……」

「神話だ……? オマエは俺がただのひとの子だと言いたいのか?」

「……いや、まあ……それは……」


 神話は神話である。まどかは天皇家が神の子孫だと信じていない。それは現代に生きていれば当たり前のことだ。そもそも、陰陽師や神や式神などというものを、まどかは今まで見たことがなかった。

 正確には、つい数刻前まで。

 隣に座る晴明を見やる。晴明の側にはあの、発光する式神が行儀よく鎮座している。式神がまどかの視線に気づき、『ぎゅむ』っと鳴いた。


「オマエも見えてるんだろ」


 皇子が式神のほうを見る。てっきり晴明とまどか以外には見えないものだと思っていたが、そうではないようだ。


「皇子さまも、見えているのですか」

「当たり前だ。九十九神がうつしよに現れるようになったのは、ひとえにいざなみがこの世界を呪ったせいだ」

「……いざなみの呪い……」


 いまだまどかは納得いっていないようだ。


「で、オマエは俺のために巫女として九十九神の討伐をするのか? しないのか?」


 試すような言いかただ。まどかは思案する。そもそも自分がそんな大層な巫女であるはずがない。

 巫女だったのならば、神通力とか、それより先に、霊的なものに日常から触れてきたはず。

 まどかの人生にそれらは皆無である。よってまどかは結論付けた。


「やるもなにも。私は巫女じゃないので」


 やんわりと断りをいれると、はんっと皇子が鼻で笑った。


「そうだな。俺もオマエには無理だと思う」

「そうでしたか。ならば私を、未来に帰してください」

「それは俺じゃなく、晴明に頼むんだな」


 皇子が席をたとうとしたそのときである。


『ぎゃっ!』

『な、なにやつ、……うがっ!』

『きゃああ! あやかしが、あやかしがっ!』


 外の騒がさしさに三人ともすぐさま気づいた。そして最初に動いたのは晴明でる。

 懐から紙切れ――呪符を取り出すと、出入り口に向かって投げた。その呪符がぼっと音をたてて燃えたかと思えば、晴明はすぐさま二枚目、三枚目の呪符を懐からとりだして、まどかと皇子の周りに置いた。


「おふたりとも。決してその呪符よりこちらに参られぬよう」


 釘をさすように言われ、まどかはこくこくと首を縦に振ることしかできない。

 晴明の真正面に、鬼のようなあやかしが見えたからだ。しかし、御殿の使用人には見えていないらしく、ただただ逃げ惑うばかりだった。

 鬼は晴明に狙いを定めると、耳まで裂けた口から火をふく。


「餓鬼か……!」


 まどかの後ろで、皇子が呟く。餓鬼、餓鬼。

 地獄にすむという、鬼の餓鬼だろうか。


「おかしい……」

「さっきからなんなんですか」


 耐えきれず、まどかは皇子に問い返していた。


「この屋敷の周りには、晴明の呪符で結界が張られている。ゆえに、屋敷に入れるわけがない」


 晴明は餓鬼に苦戦している。


「屋敷に入れるあやかしとなれば、それなりに力が強くなければ晴明の結界を破れるわけが……」


 独り言に近かった。皇子はハッとしたようにまどかを見る。まどかの頬を汗が伝う。皇子はなにかに気づいたようにまどかを見ている。一体皇子はなにに気づいたというのだろうか。


「皇子さま、私になにかついてますか……?」

「巫女あらわるるとき、神々の暴走と引き換えに、呪いを終わらせるだろう……」

「なん……なんです?」

「『黒雲』の予言の言葉だ。つまり、あの餓鬼があれほどまでに力をつけたのは、オマエがこの世界に来たから……と考えるのが自然だ」


 妙に神妙な面持ちの皇子に、それならばとまどかの体は無意識に動いた。

 どういうわけか晴明はあの餓鬼に苦戦しているし、このままでは皇子もろとも危険に晒してしまう。

 ならば、自分があの餓鬼の力を暴走させているのならば。

 まどかは、自分がこの場を離れることで、すべてが

解決すると思ったのだ。

 晴明の結界を走り出て、まどかは晴明の脇を通りすぎる。


「まどかどの!」


 晴明の制止を振り切って、餓鬼の側を危ういながらも通りすぎる。

 庭に降りたところで振り返ると、やはり、餓鬼はまどかのあとをついて来ていた。

 しかし、このさきのプランがない。

 餓鬼をおびき寄せたところで、まどかには太刀打ちできる術がない。

 そうこうする間にも餓鬼はまどかを食らわんとまどかを追いかけてくる。


「まどかどの! これを!」


 ひゅっと晴明がなにかを投げる。一直線にまどかに 向かって飛んできたのは、呪符である。

 だが、使いかたなんてまどかは知らない。知らないが、藁にもすがる思いでまどかはその呪符を手に掴んだ。

 くしゃっと呪符を握りつぶすように手にしたまどかは、襲いくる餓鬼に向かってその手を振りかざした。


「こ、来ないでっ!」


 言うなれば、ただのビンタである。呪符を握った手で、渾身のビンタを餓鬼に向かって一発。


「ぐ、ぁああぁああっ!!」


 だがしかし、まどかの予想に反して、餓鬼は耳をつんざくような叫び声をあげながら、まどかの持つ呪符のなかに吸い込まれていくのだった。

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