二十九、まどかの覚悟と肉チヂミ
二十九
「なかにいた?」
傍らでまどかを心配していた康仁が、怪訝そうに訊き返した。
「はい。式神のなかに」
「はぁ?」
「それは……同調したと?」
康仁のほうはいまだ信じられないようだが、晴明は違う。すべてを飲み込んだようだ。
「えーと、たぶん」
精神が肉体を離れて、式神のなかに入った。それ以外に説明のしようがない。
まどかは自身の手をぐっぱと握り、感覚を確かめる。
「だとしたら、まどかどの。あまりその力は使わないほうがいいですね」
しかし晴明は前向きではない。まどかを心配するように言った。
「なんでですか?」
まどかが首をかしげる。おのずから式神を動かせるのならば、それほど心強いことはない。まどかはそう考えたのだが、
「痛覚です」
「痛覚……?」
「恐らくですが。同調に当たって、痛覚も共有されるかと思います」
なるほど、それなら話はわかる。だが、まどかはすでに、そんなことは覚悟している。九十九神と戦って、自分だけ無傷でいるわけにもいかない。
「でも。もしも私が、式神をうまく操れるようになったら、みんなも心強いでしょう?」
「それは……」
晴明が言葉に詰まる。まどかは「ね?」とごり押しして、式神との同調を訓練する約束を取り付けた。
康仁の御殿に帰り、まどかはまず、塩麹を作り始めた。
なんとなく思い浮かんだのだ。こうじと塩とぬるま湯を混ぜて、一、二週間常温で発酵させれば、塩麹の完成だ。
「あと、紫蘇が生えてきたら梅の半分に加えます」
「ほう。紫蘇梅だな。あと、ゆかりとやらを作るとも言っていたな」
「はい。漬けた紫蘇を乾かすだけで、おいしいふりかけになります」
「ふりかけ……未来では不思議な名付けかたをするな」
康仁はぶっきらぼうに言うも、その表情は明るい。ゆかりに思いを馳せる様子に、人間の探求心を垣間見た気がした。
「今夜は、肉チヂミにしましょうか」
「肉チヂミ……聞いたことがないな」
「あ、はい。韓国の伝統料理で。すごく美味しいんですよ?」
自信満々のまどかに、康仁はばれないように生唾を飲み込んだ。
本来は小麦粉と片栗粉を半量ずつ混ぜ合わせて生地にするが、今回は片栗粉の代わりに葛粉で代用する。
具にはニンジンや玉ねぎ、ニラを入れるが、手に入ったのはニラのみである。肉はニラにあわせて細く切る。
「ひしおで味付けて、卵も混ぜて」
作りかたはいたってシンプル。粉類に卵と水を混ぜ合わせて味付けしたら、具になる野菜を混ぜる。
それを多めの油で焼けば、チヂミの完成だ。
本当ならばつけだれに豆板醤を混ぜた甘い酢醤油がほしいところだが、今夜は酢とひしおを混ぜただけのシンプルなたれだ。
夕飯は軽めが体にいい。
今日の夕飯のメニューは肉チヂミにゆで卵のひしお漬け、薄味の鳥のあつものにゆで野菜のナムルだ。
「変わった料理だな」
「はい。今日は韓国のお料理でまとめてみました」
「この野菜は……味はついているのか?」
チヂミより先に、康仁はナムルに興味を持った。表面が油で光っているが、まるで味がついていないような色味だ。
「ナムルはゆでた野菜に塩と鶏ガラスープのもと、胡麻油であえる料理なんですけど」
「鶏ガラ?」
「あ、はい。鶏からとっただしのもとですね。この時代にはないので、鶏のスープとひしお、それから塩であえました」
鶏ガラを作っている時間はなかったので、あつものにいれる鶏を茹でた汁を代用品にした。
「みるからに手抜きだな」
「まあそうおっしゃらずに」
まどかの自信に、康仁はナムルを口に入れる。
胡麻油の香りが香ばしく、シンプルながら深みのある味付けだ。薄味なのでいくらでも食べられる。
「チヂミも冷めないうちにどうぞ?」
四角く切られたチヂミを箸でつまみ、そのままはくっと康仁がかぶりつく。
なんともいえない味である。
チヂミの生地のとろっとした味わいに、卵の風味も感じる。生地に味がついているため、単品でもうまいが、たれをつけるとよりうまい。
はく、はくっと康仁の食べる手が止まらない。
どうやら気に入ってくれたようだと、まどか緩む頬を隠せなかった。




