二十七、風の九十九神
二十七
かき氷を食べて涼んでいたそのときである。
「え……?」
ひゅっと冷たい風がまどかを包み込んだ。
「まどかさん!」
そのまま、冷たい『なにか』に巻き上げられ、まどかは天高くにさらわれた。九十九神だ。
「油断しましたね」
「晴明さま、私が式神をだします」
びゅうっと音がなる。初夏には似つかわしくない冷たい風だ。風の九十九神、といったところだろうか。
まどかは抵抗しようにもできなかった。
この九十九神が手を離せば、まどかは落下し、しぬ。
「……スマホ……」
ぎゅうっと捕まれているため、身動きがとれない。だが、どうにかして対抗しなければ。
身じろぐと、九十九神の手が少しだけ緩まった。その隙をついて、まどかはスマホを懐から取り出す。
果たして、まどかの使役できる二体の式神のうち、空を飛べるものはいるだろうか。
迷いを見せたまどかに、九十九神はここぞとまどかに襲いかかる。
「あっ!?」
がっと口を開いた九十九神を避けるように体勢を崩したまどかは、その手からスマホを滑り落とした。
まどかは、対抗手段を失った。
まどかがさらわれてから、晴明と黒雲はすぐに式神を顕現した。
九十九神の狙いはまどかである。まどかに封印されまいと、まどかをなきものにと目論んでいる。
そして地上では、まどかをさらったものとは別の九十九神が、晴明たちを取り囲んでいた。
「らちが明きませんね」
「しかし、皇子さまを置いていくわけにはいきません」
九十九神のもうひとつの狙いが、康仁の命である。
康仁には短命の呪いがかけられているが、それは必ずしも『呪い』である必要はない。
康仁の命を狙うことは、まどかの巫女としての役目の終わりに直結する。ゆえに、九十九神たちは一斉にまどかたちを襲撃するに至った。
「皇子さま! ご無事ですかっ!?」
「大事ない。黒雲、そなたはアイツのもとへ行け」
「ですが」
晴明が三体の九十九神をさばいている。黒雲は残りの一体を。
康仁に九十九神に対抗できうる力はない。
ないのだが、康仁は黒雲をまどかのもとへ行かせたかった。
「黒雲、わたしに任せて。まどかどののもとへ」
「ですが、晴明さま」
黒雲がまどかがいるであろう空高くを見上げる。
キラ。
光ったそれに、黒雲は気づいた。なにかか落ちてくる。
「あれは、アイツのスマホだ!」
いち早く気づいたのは康仁である。
黒雲の結界から迷うことなく飛び出して、落ち行くそれの真下に陣取る。
康仁がスマホに注視する。その康仁を黒雲と晴明が守り固める。
「っと、よし!」
パシっとしっかりスマホをキャッチし、康仁は黒雲を振り返る。しかし、黒雲は九十九神に手一杯で、まどかのもとには行けそうにない。
「皇子さま、これをっ!」
辛うじて晴明が出した式神に、康仁はすべてを理解する。
今、自由に動けるのは康仁だけだ。ならば、このスマホをまどかに届ける適任もまた、康仁以外にいない。
康仁は晴明の顕現した式神にまたがると、そのまま一気に上空へと飛翔する。
「無事かっ!?」
空高く、まどかが九十九神の手のなかでぐったりとしている。よもや、握り潰されたのだろうか。
九十九神が康仁に気づき、雄叫びをあげる。
『ぐぉおおっ!』
振りかざされた九十九神の手を、式神がギリギリでかわす。
まどかは死んでいるのだろうか。
「おいっ! 起きろ!」
「ん……おうじ……さま……?」
たらりとまどかの頭から血が流れている。九十九神になんらかの攻撃を受けたのは確かなようだ。だが、致命傷には至っていない。
「おい! スマホを受けとれ!」
しかし、康仁が九十九神を討伐できるわけもない。それが出来るのは、まどかだけである。
九十九神の攻撃を掻い潜りながら、康仁は力なく伸ばされたまどかの手に、スマホをしっかりと投げ、握らせた。
「やれ!」
スマホを渡して、康仁は九十九神からやや距離をとる。助太刀したくとも、康仁にはなにもできない。
ただ、康仁もやられっぱなしではなかった。九十九神の気を引くために、わざと声をあげ、目の前をちらつくように式神で駆けた。
「……皇子さま、ありがとうございます」
ぐらぐらする頭を振り切って、まどかは自身を握り潰さんとする九十九神を、その写真へと封じ込める。
『ぎぃああぁあ!』
けたたましい声だ。
康仁は耳を塞ぎながらも、俊敏に動く。
落下するまどかを空中で受け止めると、そのまま式神にまたがらせて、意識を失うまどかを抱き抱えるように、大切に大切に地上まで運んだ。




