二十五、梅干し作りの下処理と平安観光のお誘い
二十五
釈然としない終わりかたをした天皇陛下の料理番の件をかきけすように、まどかは黄色く熟れた梅の実を前にしている。
そこには晴明や黒雲の姿もあった。
「いい香りですね」
「うん。よく熟れた梅の実を使わないと、皮が固くなったりうまく梅干しがしあがらないんですよね」
「まどかさんの知識は底無しですね」
「いやあ、照れます」
梅の実を洗ったらよく水気を拭き取って、ヘタの部分を楊枝でくりぬく。
梅の実を傷つけないことがこつであるが、この時点で傷がついた梅をどうするか。
「砂糖があったら、傷梅の実と同量の砂糖で煮て、濾したものを梅ジュースにできるんですけど」
「じゅーすとはなんだ?」
「あ。えーと、甘い飲み物です」
康仁が興味津々に訊き返した。
梅ジュースは青梅を氷砂糖に漬けてエキスを抽出する方法もあるが、まどかは熟した梅を砂糖で煮て、ザルで濾した梅ジュースが好きだ。このとき大切なのは、梅の実を潰さないように煮ることと、濾すときも梅の実を潰して絞らないようにすることだ。
「ジュースとは……どれ程うまいものなんだ?」
「それは……至福の味ですね」
平安時代に来てから、砂糖の甘味は食べていない。そろそろまどかも砂糖が恋しくなってきた。
「はあ」
「まどかさん。手が止まってます」
「あ、すみません」
黒雲はまどかの隣で、まどかを心配そうに見ている。天皇陛下の件を康仁から聞いていたので、もう少し思い悩むかと思っていたが、そうでもないようだ。
山盛りの梅の実から次々にへたをくりぬいている。
「ところで」
康仁は先程から手が動いていない。果てしなく山積みにされた梅に、すでに辟易しているようだ。
「オマエ、この平安のことをよく知らぬままだろう?」
「……えーと、まあ。知らないですね」
「それならば、梅の下処理が終わったら、晴明と黒雲とともに案内してやる」
「……いや、でもわざわざそんなこと……」
まどかが困った様に笑うも、黒雲は乗り気である。
「行きましょうよ、まどかさん」
「え、えー。なんで急に?」
まどかは無意識だろうが、やはり先日の件が尾を引いている。それを、康仁だけが見抜いた。
幼い頃から他人の顔色をうかがって生きてきた康仁だからこそ、まどかの些細な変化に気づけたのだ。
「オマエは俺の気遣いを無駄にするのか?」
「あ、いや。じゃあ、そうしましょう」
「ふん。はじめからそう言えばいいものを」
康仁が鼻をならす。
大量の梅の処理は、最終的に昼まで時間がかった。
ヘタを取り終えた梅と、十パーセントの塩を用意する。
本当は梅の実と桶に焼酎かホワイトリカーを噴霧して、カビ防止に使うのだが、今回はそれはできない。
「梅と塩を交互に入れていきます。最後に重石をして、梅酢があがるのを待ちます」
「大分たくさん作りましたね」
「うん。梅は応用がきくし、保存もきくから、できるだけたくさん作りたかったんです」
黒雲とまどかが仲良く話す。その傍らで、晴明が微笑んでいる。
しかし、康仁だけは渋い顔だ。
鈍感だ。まどかは自分の心に鈍感だ。
梅干し作りで心をごまかしているだけで、昨日のことなんてまるで解決していない。しこりとなって残っているはずなのに、自分で自分の心に蓋をする。
「オマエ、鈍いって言われないか?」
「にぶい……?」
出し抜けに康仁がまどかに言うも、まどかは頭にはてなを浮かべている。
にぶい。
そう言われてみれば、職場でそんなことを言われた気がする。まどかはへこたれないよね。
あれはもしかしたら、遠回しに『にぶい』と言いたかったのだろうか。
「私って、にぶいですか?」
戸惑うように聞き返すまどかに、
「にぶいな。鈍感も鈍感。ここまで来ると、国宝級だ」
康仁の言葉に、まどかは苦笑を浮かべる他なかった。




