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十八、火の九十九神と実演料理

十八


 ぼっぼっぼっぼ。

 その夜、まどかは不可思議な音に目を覚ました。

 まどかは天皇陛下の御殿の一室を寝所として与えられている。曲がりなりにも巫女だからだ。


「なに……?」


 音はすぐ近くから聞こえるようにも、遠くから聞こえるようにも感じる。

 起き上がり、薄暗い寝所を歩き出る。

 すぐ隣、いくつか先の寝所には、康仁が寝ている。

 どうやら音の主はそこだとまどかは気づき、足音を忍ばせてそちらに向かう。


「皇子さま……?」


 起こさないように、様子だけ見るつもりだった。

 だが、そうもいかない事態が起こる。

 康仁のすぐそばに見えたのは、九十九神だ。

 ぼっぼと炎を燃やす、おそらく火の九十九神に違いない。

 しくじった。

 まどかは今、スマホを持っていない。


「皇子さま、お逃げください!」

「……!?」


 叫んだまどかの声に、康仁がバっと起き上がる。起き上がり、自分の足元にいるそれを見て、皇子は息を忘れた。


 まただ。


 寝苦しい夜はいつだって、『この』九十九神がいる。


「皇子さま、早く逃げないと」

「いい。コイツはなにもしない」

「え……?」


 まどかがよくよく目を凝らすと、火の九十九神はぼっぼと燃えはするものの、康仁に襲い掛かろうとはしなかった。

 九十九神にもいいものと悪いものがいるのだろうか。

 そんなことを思いながら、まどかは康仁の寝所に恐る恐る足を踏み入れる。

 すると、ふっと息が苦しくなり、まどかはその場に膝をついた。


「どうした?」

「い、いえ……」


 不思議な感覚だ。体に力が入らない。

 まるでこの九十九神に吸い取られるかのように、まどかの体は硬直した。


「おい、顔色が悪いぞ?」

「いえ、お気遣いなく」


 やっとの思いでまどかの足に力が入る。と同時、あの九十九神が消えていることに気づく。


「皇子さま、あの九十九神はいったいなんなんですか?」

「俺にもわからん。ただ」

「ただ?」

「アイツは俺を殺そうとしない。かといって、害がないわけでもない」


 皇子は左手の袖をまくり上げる。明かりに照らし出されたその左腕には、あざがあった。


「これは……?」

「アイツが来るたびにこのあざが広がる。察するに、徐々になぶりころす呪いを持つ九十九神だろう」

「なぶりころす……」


 火の九十九神を想起して、まどかの頭がズキンと痛んだ。なんだろうか、懐かしさとうらみと、よくわからない感情がまどかを支配する。

 まどかの不穏な様子に、さしもの康仁も気づく。


「どうかしたか?」

「いえ……あの九十九神がなんなのか、明日晴明さんに聞いてみましょう」


 それだけ話して、まどかと康仁は各々の寝所に戻る。

 九十九神の気配はなかったし、そもそもこの御殿にも、晴明の結界が張ってある。ならば、今夜はもうゆっくり休んで大丈夫だろう。

 火の九十九神がなぜ結界をすり抜けられたのか、疑問に思わなかったわけではない。だが、あの九十九神は他とは違う。まどかも、康仁ですらそう思っているのだから、きっと大丈夫だと、まどかは久々にぐっすりと睡眠をとることができた。



 翌日の朝ご飯は、がんもどきに加えて厚揚げを出した。

 水切りしておいた豆腐を揚げただけの料理であるが、厚揚げは豆腐とがんもどきの両方のいいところを組み合わせた料理だ。

 栄養もあるし、あげることで食感が変わり、風味もつく。

 天皇陛下はまどかの料理を幸せそうに屠っている。

 まどかは上機嫌に天皇陛下の様子を見守り、康仁もまた、天皇陛下を複雑な気持ちで見つめていた。



 天皇陛下の勧めもあって、まどかは康仁の弟の直仁の料理も作ることとなった。

 幼くも、康仁に似て美しい出で立ちの直仁が、がんもどきやみそ汁風のあつもの、なますや卵焼きに目を輝かせる様を見ると、胸がきゅんとする。


「まどかどのはすごいな。こんなにおいしい料理を、わたしは生まれて初めて食したぞ!」

「光栄です」

「このがんもどきは、実においしかった。わたしにも作り方を見せてくれないか?」


 興味津々な年ごろなのだと思う。直仁は前のめりにまどかに言う。まどかももちろんそれは大歓迎である。


「もちろん、お見せしますよ」

「おお、それではさっそく」

「ならん」


 だが、静止したのは康仁である。憎々しげに直仁をにらんで、


「一国の皇子がくりに入るなどと、だめに決まっているだろう?」

「ですが……兄上はまどかどのの料理を傍で見たのでしょう? ならばわたしも」

「いいか。俺とオマエは違うんだ。厄介者の俺とオマエでは、立場が違う。万一事故など起きたら、こいつが責めおうのだぞ?」


 直仁がしゅんとうなだれる。

 そんな様子さえ様になるのだから、顔がいいとは恐ろしいことだとまどかはぼんやりとそんなことを思う。

 しかし、康仁は自分を『厄介者』だと称したが、それがまどかには少しだけ悔しかった。

 康仁の呪いを解けるのはまどかだけだ。そして、その呪いが解けたのならば、天皇陛下との間にあるある軋轢も少しは解けるのではないか。

 だからまどかは、康仁の呪いを解こうと決めたのだ。

 次の新月でなくとも、いつでも未来には帰れる。


「直仁皇子さまには、また別に機会をおつくりします」

「別の機会?」

「はい。実演形式……目の前で料理をする催しを考えておきますので」


 ぱあっと直仁の顔が明るくなる。わかりやすくてかわいらしい。

 直仁のような少年時代が康仁にもあったのかと思うと、まどかの隣で渋い顔をしている康仁を、少しだけ好きになれそうな気さえしてくる。

 もっとも、康仁は幼いころから周りに疎まれて生きてきたため、直仁のように無邪気な少年時代は送っていないのだが、まどかがそれを知る由もない。

 まどかは、実演形式の料理でなにを作ろうかと、頭の中でレパートリーを総動員していた。




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