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十七、がんもどきを作りましょう

十七


「凍み豆腐に大豆ミート……前者はなんとなくわかるが、後者はまるでわからん」


 康仁がまどかに言う。まどかはうーん、と少しだけ考えてから、


「凍み豆腐は、豆腐を冷凍したあと干した保存食です」

「ほう……」

「大豆ミートは……一口大にちぎった豆腐を凍らせたたあと、蒸して解凍したあと水分を飛ばします。大豆でありながら肉のような味と食感、料理ができます」


 康仁は前のめりにまどかの説明を聞く。なかでも大豆ミートには興味津々だ。大豆がなぜどうやって、肉のようになるのだろうか。まったく想像がつかない。


「わかった。氷室で豆腐を凍らせるように言っておく」

「はい。凍み豆腐のほうは、冷凍したあと、紐で結んで干して乾燥させていただけますか?」

「ああ、そうしよう」

「ありがとうございます。大豆ミートは、二、三日冷凍したら、私のところに持ってきてもらえますか?」

「……わかった」


 大豆ミートは冷凍した豆腐を解凍して、水分を絞って鍋で煎って水分を飛ばす。水分を絞ったあとにミンチ状にすれば、挽き肉のようにも使えるし、一口大のままで使えば塊肉の要領で使える。


「だが、夕餉はどうする? 大豆ミートは間に合わんだろう?」


 昼間に刈ったどくだみを洗うまどかに、康仁が問う。

 まどかはどくだみを洗いながら、答えた。


「夕飯はがんもどきにしようかと」

「がんもどき?」

「はい。飛竜頭とも言いますが。ガンの肉のような料理ですよ」


 まどかがいたずらっぽく笑う。康仁を見るまどかの表情には、自信しかない。

 がんもどき。

 どれ程美味い料理なのだろうか。康仁の期待が、知らず知らず膨らんでいく。




 夕餉に向けて、まどかは豆腐の水切りに取りかかった。木綿豆腐を何等分かに切り分けて、晒しで包んで重石をする。最低四時間は水切りに時間をかけたい。理想は六時間だ。

 水切りの間に、まどかはどくだみの仕上げにかかる。

 康仁までもをこきつかって、まどかは大量のどくだみを縛り上げている。


「片手につかめる程度のどくだみを、紐でくくります。根本をくくったら、軒下に吊るして一、二週間陰干しすれば、どくだみ茶の完成です」

「なるほど。吊るせば場所もとらないな」

「はい。竹のザルに広げてもいいのですが、まとめて縛って吊るしたほうが楽なので」


 みるみるうちに、くりのなかにどくだみが吊るされていく。

 料理番たちは、『農民でもないのに』と、まどかを白い目で見ている。しかしもはや、まどかも慣れっこで、今さらどう思われようが関係ない。

 どくだみを吊るし終えるころには、豆腐の水分がほどよく切れていた。


「それで、がんもどきか」

「はい。水切りした豆腐をすり鉢ですって、山芋と卵を混ぜ合わせます」


 具材にはニンジンやひじき、キクラゲや枝豆、ぎんなんなど、好みのものを入れるとさらに美味い。

 今回はゴボウとだしがらの昆布、枝豆を入れることにした。

 野菜は二センチ長さの細切りにし、あらかじめ下茹でしたらすり鉢で滑らかにした豆腐に入れる。味付けは塩と砂糖を少量入れるだけのいたってシンプルなものである。

 手に油を塗って、種を丸く丸めたら、百六十度の油で六、七分揚げる。


「これがガンの肉のようになるのか?」

「はい。そのはずです」


 とは言っても、ガンのような味や食感とは程遠い。あくまでがんもどきはがんもどきの味と食感だ。

 天皇陛下は豆腐料理は嫌だと言った。ならば、味と食感を変える必要がある。

 がんもどき――特に揚げたて――は、豆腐とも肉ともつかないうまさがある。

 未来ではがんもどきは煮物に使われるのが主であるが、揚げたてであれば、生姜に生醤油で最高のおかずになる。


「あとどのくらい揚げるのだ?」

「あと一分ほどですね」


 まどかは揚げ油のなかのがんもどきをくるくる回しながら、そわそわする康仁をほほえましく見る。

 ひとの三大欲求のひとつである食欲は、どうやら第一皇子である康仁にも備わっているようだ。




 揚げたて、熱々のそれを、康仁は待ちきれずほふった。

 冷ます時間も惜しんで口にいれたそれはやはり熱く、康仁ははふはふと口内でがんもどきを冷ます。

 かりっとした食感のあと、滑らかでありながらもちっとした豆腐の食感が口内で爆ぜる。


「これは……!」


 ひとつでは飽きたらず、康仁は二個、三個とがんもどきを口に運んでいく。

 味付けはひしおだけであるというのに、がんもどきのなんと奥深い味か。


「お気に召しましたか?」


 試作で揚げたがんもどきは、すべて康仁の胃袋に収まってしまった。


「わ、悪くない。それだけだ」


 しかし、康仁の顔が明るいことに、まどかはちゃんと気づいている。

 さて、このがんもどき、天皇陛下の口にはあうだろうか。




 しかして、まどかの心配は杞憂に終わった。

 なるべく揚げたてを出したかったため、がんもどきは運ぶ直前に揚げた。

 そのかいあってか、さくっともちっとした食感に、天皇陛下はがんもどきが豆腐から作られたものとは思わなかったようだ。


「これは、なにで作った?」


 野菜よりもあつものよりも先に、天皇陛下はがんもどきを一気に食べると、爛々とした目でまどかを見る。

 まどかは天皇陛下にこうべを垂れながら、


「こちらは、豆腐から作った、がんもどきにございます」

「なに? 豆腐……? これが……?」


 揚げたてだからこその反応である。天皇陛下はばつが悪そうに、まどかを見る。


「これが豆腐とは……」


 天皇陛下が戸惑う。まどかに『豆腐は好かん』と言った手前、どう反応したらいいのかわからない。


「天皇陛下……? やはり豆腐はお嫌いでしたか?」

「いや。いや……そなたの作る豆腐料理は別物だ。わたしはこれが気に入った。明日もまた、出すように」


 存外、頭が柔らかいひとなのかもしれない。

 まどかはそんなことを思いながら、緩む頬を悟られないように、「わかりました」小さく返事をした。




いつもお読みいただきありがとうございます!


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