表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/72

十六、薬草刈りと氷室と豆腐

十六


 天皇陛下の食事のあと、まどかと康仁も食事をとった。

 終始無言で食べる康仁だが、その顔は驚きと喜びに満ちている。

 まどかの料理人魂がうずいた。


「皇子さま。食事が終わったら、少し出てきてよろしいでしょうか」

「……構わんが……なにしにいく?」

「ええ。ちょっと来る途中で面白いものを見つけたので」


 目を輝かせるまどかに、康仁も興味深げである。

 結果として、康仁もまた、食後の腹ごなしにとまどかについていくのだった。




 天皇陛下の御殿の門を出たすぐそばに、うっそうと生い茂る『草』。

 まどかは背中に背負った籠に、その草を刈り取っていく。


「草刈りとは、殊勝な心がけだな」


 拍子抜けしたように、康仁が毒づく。しかしまどかは、その『草』を康仁に見せる。

 スペードのような形の葉っぱに、白い花が咲いている。


「これはハーブ――薬草のどくだみです。梅雨の時期に花を咲かせますが、花が咲いた状態が一番効能があるんですよ」

「どくだみ……? 物騒な名前だな」


 康仁はまどかの手からどくだみを受けとる。強烈なにおいが鼻につく。

 思わず顔をしかめれば、まどかが笑った。


「においは強烈ですが、干して煎じて飲むと便秘解消や血管を丈夫にしてくれます」


 つんとしたにおいに、康仁は記憶をたどる。どこかで嗅いだことがあるようにも思う。しかし、『どくだみ』という名前は聞いたことがない。


「毒を()む。毒を矯正することから、どくだみと呼ばれるようになったそうです」

「毒を……」


 記憶を辿り辿る。

 ふと、お側つきの医官の言葉が思い出された。


之布岐(しぶき)……! そうかこれは、しぶきの香りだ!」


 喉のつかえがとれたように、康仁はすっきりした面持ちだ。まどかはその間も、せっせとどくだみを刈り取っている。


「しぶきっていうんですね、この時代には」

「そうだ。しぶきの茶は強烈なにおいと味で……」


 思い出しているのだろう、康仁はぶるりと身震いした。

 まどかは苦笑する。良薬口に苦しとはよく言ったものである。

 どくだみ茶は健康茶として未来でも人気があるが、味はいまいちだ。


「本当は、アルコールがあれば生のどくだみを浸けて成分を抽出して、化粧水にもできるんですけど。さすがにアルコールはないですし」

「アルコール? 化粧水?」

「えーと。肌をすべすべにしてくれる医薬品です。まあ、煎じたものを肌に塗っても、多少は効果はあると思いますが」


 ガリガリと次々にどくだみを刈るまどかと、どくだみのにおいに鼻を押さえる康仁。

 まどかにとってどくだみの香りは『いい香り』であるが、康仁にとってはそうではない。

 結局のところ、味覚や嗅覚は個々人で感じかたが違う。特にまどかのような料理人は、多々の味覚に触れてきたため、その許容量は自ずと大きくなる。

 康仁は鼻を押さえたままに、まどかの隣にしゃがみこむ。

 その康仁に、まどかは友達に話しかけるように、


「でも、この時代に味噌や鰹だしがあるなんて、知りませんでした」

「オマエでも知らぬことがあるのか」

「そりゃあ。私の専門は歴史ではなく料理なので」


 天皇陛下の食事のあと、まどかと康仁は一緒に食事をとった。そのときの会話で、まどかは煮干し鰹の煎汁と、味噌が存在することを知った。

 とはいえ、煮干し鰹の煎汁は、未来のかつお節とは少し違う。煮て干しただけの鰹を煮だして煮詰めた汁と、味噌はペースト状ではなく粒状である。


「皇子さまの御殿の料理番のかたに聞いたら、どちらも『ない』と言われたので」

「ああ、確かに『俺の屋敷には』ないな。あれらは献上品だからな」

「あ……すみません」


 康仁が天皇陛下にとって疎ましい存在だと、まどかはここに来て初めて知った。

 康仁には、献上品は与えられないに違いない。

 この時代の味噌や煎汁は、貴族の給与として使われるほど貴重なものだ。


「皇子さま、その……」


 慰めようとしたときである。


「あ! いたぞ!」


 御殿の家臣らしき人物がまどかたちを探しに来る。

 そうしてまどかと康仁を取り囲んで、


「今一度、天皇陛下のもとまで馳せ参じよ」


 なにやら呼び出しを食らったようだ。




 どくだみをくりに置いてから、まどかと康仁は再び天皇陛下の御前へと足を運ぶ。

 ふたりでこうべを垂れれば、天皇陛下が口を開いた。


「楽にせよ」


 その言葉で、顔だけをあげる。視線は伏せたままだ。

 天皇陛下がすっと息を吸い込んだ。


「わたしは今後、肉食はせぬ」

「え……でも、それでは栄養が偏ります」


 思わず言い返したまどかを、天皇陛下はぎろりとにらんだ。


「そなたの料理を見た貴族たちが、わたしを責め立てた。これは仏教の教えに反すると」

「ですが……天皇陛下の栄養状態を鑑みると、肉が一番……」

「黙れ! そなたはわたしの料理番であろう? 今後は肉を使うな。それから、味気ない豆腐ばかりの料理も好かぬ」

「ええっ、と……つまり?」

「そなたが悪い。先のそなたの料理を食して、今さらもとの味気ない食事に戻れると思うか?」


 子供のわがままのようだとまどかは思った。しかし、確かに大豆製品で代用するしかないからといって、毎食豆腐を出すわけにもいかない。

 方法はある。あることにはあるが、しかしこの時代に『あれ』を作る技術があるだろうか。


「もうさがってよい」

「……最善を、尽くします」


 まどかが力なく答えた。




 さて、まどかはくりに戻ってうんうんうなる。そのとなりには康仁の姿もあった。

 豆腐を使った料理のレパートリーはそれなりにあるが、豆腐であることにはかわりない。

 だとしたら、


「冷凍庫があれば、なぁ」


 豆腐をにらみ見ながら、まどかが呟く。


「冷凍庫? なんだそれは」

「えーと、食材を凍らせる機械です」

「機械……凍らせるのなら、氷室はどうだ?」

「氷室……?」


 平安時代に冷蔵庫、ましてや冷凍が可能な設備など存在するのだろうか。まどかが訊き返すと、康仁はけろりと答えた。


「畿内には、主水司(しゅすいし)が管理する氷室が、山城・大和・河内・近江・丹波に合計21室ある」

「今は初夏ですけど、大丈夫なんですか?」

「大丈夫だ。貴族は夏でも氷を食べる」


 にわかに信じがたいが、どうやらそれは本当に存在するようだ。


 土を掘ること丈余(ひとつえあまり=3m)、草を以て其の上にく。(あつ)茅荻(すすき)を敷きて、氷を取りて、以て其の上に置く。


 これは日本書紀にあるものであるが、まどかがそこまでしるよしもない。


「それでは、皇子さま。その氷室に豆腐をそのまま何丁かと、ちぎった豆腐を五丁分くらい凍らせていただけますか?」


 まどかの顔が自信に満ちる。さらには、嬉しそうに口許が緩んでいた。

 さて、この料理番は次はどんな風に自分を驚かせてくれるのだろうか。

 康仁の口もまた、弧を描く。


「わかった。それで、なにを作るのだ?」

「はい。『()み豆腐』と『大豆ミート』を作ろうと思います」



いつもお読みいただきありがとうございます!


評価・ブクマ励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ