十一、女同士の裸の付き合いです
十一
ぴこん。とスマホがなる。まどかのスマホの写真フォルダに『封』の文字が浮かび上がる。そのなかに、先ほどの九十九神の画像が保存された。
「なに……これ……?」
画面に映る九十九神を見て、まどかは首をかしげるばかりだ。まどかだけではない。晴明も、黒雲も、あの皇子でさえ、なにが起きたかわからないようだ。
みな、各々にまどかに走りよる。そうして、まどかのスマホを覗き込んで、ほうっと息を吐き出した。
「これが、『スマホ』の力なのか……?」
「違います。スマホはただの機械のはず……」
「機械?」
皇子の言葉に、しかし晴明ははっとしたように、
「おそらくですが。その『スマホ』というものが、まどかどのの霊力に干渉を受けてしまったのかもしれません」
晴明の言葉に、まどかは疑問を抱く。まどか自身、あの鳥居を潜り抜けるまで、霊力やそのたぐいは一切持っていなかった。つまり、あの鳥居にはなんらかの霊的干渉をもたらす仕組みがあるのかもしれない。
「晴明さん。今更なんですけど、あの鳥居ってなんだったんですか」
「ああ、あれはね。貴女をこちらに呼び寄せるために私が作った結界のようなものです」
「じゃあ、あれを潜ると霊力が与えられるとか、そういうことなんですか?」
「……それは少し違いますね。まどかどのが霊力を得たのは、霊力がある時代に召喚されたからであって、わたしの鳥居とは無関係です」
ややこしい話だ。
つまり、まどかの時代には霊力が存在しなかったからまどかには霊力が使えなかっただけで、潜在的にまどかには霊力が備わっていた。
それゆえ、霊力や九十九神が存在する平安に呼び出されたまどかは、その力を使えるようになった。
ということでいいのだろうか。
「晴明さま。今日はともかく。その巫女の体を清めましょう」
黒雲がまどかを見る。まどかの服は一切汚れていないが、なるほどどうして、まどかにびっちりこびりついた九十九神の霊力に、まどか自身も風呂に入れるのならばと黒雲の言葉を了承した。
晴明の屋敷には、小ぢんまりした風呂場――風呂殿がある。
晴明たち陰陽師は特に、星読みの前などに身を清めるため、ほかの貴族に比べると、風呂の重要度は大きい。
まどかは二日ぶりの風呂を堪能する。
まず最初に、黒檀で染めた髪の毛を流すと、真っ黒なお湯が床を伝って流れていった。
「気持ちいいな。やっぱり」
鼻歌すら漏れてくる。
まどかが上機嫌に身体を洗うと、そっと風呂場のドアを開ける音が聞こえる。
思わず自身の体を手で隠して、まどかは振り返る。
黒雲である。
「黒雲さん……?」
「ひとりでは大変でしょう。私が手伝います」
どくどくどく、とまどかの心臓が跳ねた。
黒雲はまどかより年下の、あどけない少女である。そのはずだった。
だがどうだ、服の下の黒雲は、まどかなんかより何倍も大人だ。
たわわな胸に、メリハリのあるスタイル。肌は白く透き通るようだ。
「わ、私、ひとりで大丈夫です!」
「なにを恥ずかしがっているのですか。身を清めるのも巫女の仕事です」
たゆん、と黒雲の胸が揺れる。それに引き換え、まどかの胸は平均だ。
ショックを受け、なんとなく黒雲のほうを見られない。
「その髪」
黒雲がまどかの背中を流しながら、まどかの髪の毛をひと房、つかみ取った。
「特別な巫女だけあって、髪の色もきれいな桜色」
正しくはピンクアッシュであるのだが、訂正する気もなかった。
自分の後ろにいる黒雲の存在が、まどかを妙にそわそわさせる。
甘い匂いは、湯船に浮かぶ花びらのせいだろうか、それとも黒雲のものだろうか。
黒雲がまた、まどかの背中をこする。
「助かりました」
「……へ?」
「だから、私はアナタが本当に巫女なのか、半信半疑でした。でも、あの九十九神をいとも簡単に封印して見せて。アナタは本当に巫女だったのですね」
言葉からは悔しさも見て取れたが、それより先に、尊敬の念も混じっていることにまどかは気づいた。そしてそれが、まどかの心を明るくした。
「いえ。スマホがどうして役に立ったのかはわからないんですけど。でも、みんなが無事でよかったです」
まどかの声は風呂場にこだまする。湯船に張られたお湯に映るまどかの顔は、明るいものだ。
だが、まどかは知らない。平安時代に湯船になみなみとお湯を張ることが贅沢だということを。そんな贅沢な空間で、まどかと黒雲は交友を深め合う。
黒雲がまどかの背中を洗い終えると、今度はまどかが黒雲を振り返った。
黒雲にずいっと顔を寄せると、黒雲がやや体を後ろに傾けた。ふるんと黒雲の胸が揺れる。
「私も黒雲さんの背中、流します」
「いえ……それはできません」
「なんで?」
「巫女ともあろうおかたが私なんぞの背中を流すなんて、恐れ多いことです」
まどかはふくっと頬を膨らませた。
そんなに他人行儀にしなくてもいいものを。
そもそも、まどかにしてみれば、黒雲は年下の妹のような存在である。むろん、兄弟子であることも忘れていない。
「黒雲さん。私は弟弟子です。その点では、私は黒雲さんの背中を流さねばなりません」
「なにを屁理屈を」
「屁理屈で結構。えい!」
黒雲の手にあったあかすり――葉っぱのようなもの――を奪うようにとって、まどかは黒雲の体をあちら側に向かせる。
そうしてまどかは、黒雲の小さな背中を、あかすりでこすった。
「やめ……」
「やめません。動かないでください」
「ちょっと、どこ触って」
「黒雲さんが暴れるからじゃないですか!」
背中をこすろうにも黒雲が身じろぐため、思わずむにゅっとまどかの手が黒雲の胸にめり込んだ。
柔らかい感触にまどかのほうがどきどきしてしまう。
まどかはふうっと深呼吸して、黒雲をいさめる。
「静かにしててくださいね?」
「……もう、知りません……」
やっとのことで、黒雲はおとなしくなる。
まどかは上機嫌に黒雲の背中を流す。
そしてその黒雲の表情が赤くなっていたことに、まどかは気づかない。