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十、九十九神に対抗する手段です


 黒雲が舞う。

 まるで舞いを舞うかのような身のこなしで、九十九神の攻撃をいなしていく。

 それに合わせるように晴明が呪符を投げ、九十九神をけん制している。しかし、どれも決定打にはならない。


「あ、あ……」

「怖気づいたか?」


 おろおろするまどかに、後ろにいる皇子はややとげのあるもの言いだ。

 まどかの足は震えている。どうすればいいのか全く見当がつかない。なにより、九十九神に対峙する黒雲も晴明も、まどかごときでは足元にも及ばない、今出ていけば邪魔になるだけだということは痛いほどにわかる。わかるだけに、まどかは動けない。


「まどかどの! そこを動かないで!」


 まどかの揺れる心を察したのか、晴明が叫んだ。とたん、まどかの足は本当に動かなくなるものだから、きっとこれが(いみな)の効力なのだとまどかは思う。

 いや、思いたかっただけだ。

 足が動かないのは、まどかが恐怖しているからだ。あの化け物に自分はかなわない。殺されるのが怖い。

 あさましいと思う。黒雲や晴明があれほど必死になって自分たちを守ろうとしているのに、自分は自分の命の心配ばかりだ。

 だからといって、まどかになにかができるはずもなく、晴明は呪符を何枚も九十九神に向かって投げ、晴明の式神たちが、黒雲の式神たちが、無残にも食い殺されていく。


「ぐおぉおおお!」


 昂るものを抑えきれないのか、九十九神がないた。その声は仰々しく、まどかの戦意をそぐには十分すぎるほどだった。


「くそ、オマエ、本当に巫女なのか?」


 皇子が口惜しそうにまどかに言う。その間にも、黒雲が新しい式神を顕現し、晴明は九十九神が振り回す両手をぎりぎりで避ける。

 おかしい。

 先日の餓鬼の件で、まどかは餓鬼を呪符に封印することができた。封印した餓鬼は、自分の式神として使えるようになるのだという。だとしたら、晴明ほどの霊力を持っていれば、あの九十九神も呪符に封じ込めることは可能ではないのだろうか。


「皇子さま……晴明さんはなんで、呪符に封印しないのですか?」

「ちっ、オマエはそこまでうつけか。……昨日の餓鬼と違って、九十九神を封印できるのは、特別な巫女――オマエだけだ。悔しいが」

「私……? 私が……?」


 だが、まどかにはまるで見当もつかない。なぜどうやってあの九十九神を封印すればいいのか、まどかにはまるでわからなかった。

 わからないなりに、考える。

 あの九十九神を封印するには、呪符が必要に違いない。だが、呪符など、まどかが持っているはずもない。

 晴明からもらうとしても、今この戦況で、晴明からそれを受け取るすべなど残されていない。

 だがしかし、まどかが戦線に立たなければ、九十九神はやがて晴明を、黒雲を殺し、やがてまどかも皇子の命すら危うくなるだろう。


「皇子さま、私に本当にそのような力があるんですね?」

「知らん。晴明が言うには、そうらしい」


 ぐおおお、っと九十九神が叫ぶと、びりりりりっとまどかの体に電気が走った。すごい霊力だ。昨日の餓鬼なんて目じゃないほどに。そしておそらく、晴明の霊力と同じか、あるいはそれ以上の圧力に、まどかの足がすくむ。

 すうっと目を閉じる。

 諱を呼ばれた。だからまどかはこの結界のなかから出られない、動けない。そのはず。

 そう、そのはずだった。

 まどかの足が動く。一歩、二歩三歩!

 駆け出した足は、迷うことなく晴明たちのもとへと動いた。


「まどかどの! 来てはなりません!」

「……! 足手まといになるのがおちでしょうに!」


 晴明の心配の声と、黒雲の焦る声。しかし、まどかにはどちらも届かない。

 自分しかこの状況を変えられないというのなら、動かずにはいられなかった。

 それは、まどかにまだ現実味が持てなかったからかもしれないし、単純にふたりを救いたかったからかもしれない。

 どちらにせよ、まどかの足は動いた。

 そして、たどり着いた。

 

 九十九神の真ん前まで。


 九十九神がまどかを見下ろし、ふううっと息を吐き出す。

 九十九神も本能でわかるようだ。真の敵がまどかであることに。


「まどかどの! 避けろ!」


 すくんだ足は、やはり晴明たちのように俊敏には動かなかった。九十九神がまどかを薙ぎ払わんと振り出した右手を、まどかは避けた。正確には、晴明がまどかを諱で呼んだため、まどかの体が勝手に動いた。

 晴明の言葉には霊力が宿る。言霊というものだ。その言霊で諱を呼ばれたものは、言葉の主の言葉に逆らえなくなる。むろんこれは、現時点において晴明の霊力がまどかを上回るからできた芸当であって、今後も同じようにまどかを支配できるとも限らない。


「は、はぁ、はっ、」


 間一髪のところで攻撃を避けて、まどかの息は緊張から上がった。

 死ぬところだった、死ぬ。死。

 そう思ったところで、まどかは急に怖くなった。一気に現実味が帯びてきて、ここにきてまどかは初めて、はっきりと思った。


 死にたくない。


 そうして、それに呼応するかのように、まどかの霊力が徐々に徐々に上がっていくのを、晴明だけが感じ取った。


「まどかどの! 集中して!」


 集中、集中。

 まどかは晴明の言葉を心の中で反芻する。そして目を閉じ、深呼吸する。一回、二回。

 深呼吸する間に、まどかは九十九神が振りかざした右手と左手を、すうっと音もなく交わした。

 見える。

 目を閉じると、ほかの感覚が研ぎ澄まされた。まどかを取り囲む、霊力だ。

 ひとつは晴明のもの、もうひとつは黒雲のもの。そしてひときわ大きく邪悪なもの、それが九十九神のものである。

 ふうっと息を吐き出した時、まどかの懐でなにかが震えた。


「なに……?」


 目を開け、まどかは自身の懐にあるそれを取り出した。

 スマホだ。

 先ほどふざけ半分で持ってきたスマホの画面が起動している。

 

『ボタンを押してください』


 起動されたのはカメラ機能である。しかし、カメラ機能とは少し違う、画面には『九十九神』の文字が浮かんでいる。

 つまり、このカメラで九十九神の写真を撮れということだろうか。

 なにがなんだかわからない。わからないのだが、まどかは九十九神に向かってスマホをかざした。

 黒雲が舞う、晴明が呪符で九十九神の動きを抑える。

 まどかはそうして、スマホの丸いボタンを押す。画面内に九十九神をしっかりと収めて。


 カシャリ。


 その音とともに、九十九神がけたたましい声を上げる。


「ぎぃいいいいいいぃ!」


 そしてそのまま、九十九神がまどかのスマホに吸い込まれていく。

 まどかはもちろん、皇子も黒雲も、あの晴明ですら、驚き呆けることしかできなかった。

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