第四十話 龍虎相摶つ 其の二
碧色の城砦と蒼金の炎塔が衝突し、辺り一面は焦土と化した。
鬱蒼としていた林はもはや見る影もなく、遠く向こうで火が燻っている木々が辛うじて見えるぐらいだ。
その中で、唯一灰になっていない建造物が、とても目立っていた。
「──思い出した」
炎で焼かれた痕など一つもない聖遺跡の前に立っているのは満身創痍の盾兵。
脚から、腹から、腕から、肩から、こめかみから血が流れ、絶えず盾を握っていた手は鬱血し、地龍の大楯の上半分が融解していることで押し付けていた頭と肩は焼け爛れている。
「ライゼンと聞いてずっと頭の片隅でなにか引っかかっていた。一年に一度行われる王国と帝国間での戦争。王国側が毎回雇う傭兵団に雲龍団という大きな傭兵団があった」
身体は既に満身創痍。
地龍の大楯はもはや見る影もなく焼け崩れ、黒鎧の守護者の象徴である黒い全身鎧も破損して小突けば壊れてしまいそうだ。
──だと言うのに、
「その雲龍団の中で特に異彩を放った小隊があった。ーー名前をライゼン重装歩兵小隊」
──守護者はそこに立っていた
膝をつき、もはや残骸と化した地龍の大楯に縋り付くようにして、、顔の右半分に融解した金属がこびり付いて、それでも立っていた。
「アルフォンス・ライゼンを隊長として、小隊50人全員が全身鎧を見に纏い、戦争時に王国の盾として活躍した小隊だ」
心は折れず、身体はまだ残っている。
ならばまだ戦える、まだ護れるとでも言うように。
「──だが、彼らは全滅した。十年前、我らが帝国の魔導師「虚空の魔導師」ダグラス・アンルーの魔導によって倒されたはずだが………まさか生き残りが居たとはな」
「なに、無様に死に損ねただけの話だ。俺は戦争の前日、魔物の襲撃で脚を怪我して、戦争当日は後方で待機していた。その結果、が、このザマだ。同胞を失い、居場所を失い、帰るべき場所を失った俺は、冒険者になった。未来ある若者の、近くで、燻っていただけだったが………ようやく、己の願いを果たせた」
静かに、セドリックは笑みを溢す。
「彼らは、もう居ない。俺が、愛した小隊は護れ、なかった。だが、後に続くものが、あった。未来を、見つめて走る若人の、楯となれた。俺が愛した、“黒鎧”を護れたんだ。なら、それで、いい」
在りし日の無念。
戦場に出て同胞を護ることはおろか、共に死ぬことも、死に際の顔すら看取ることも出来なかった。
けれど、今度こそ護れたのだ。
相手が強大であろうと、この命を賭して自分が愛したものを護るという誓いを、願いを叶えることができたのだ。
自己満足かもしれない、あの戦争で逝ってしまった彼らは戻ってこない。
それでも、これで良かったのだと、これが良かったのだと、そう笑って守護者は意識を失った。
◇◆◇◆◇◆
「セドリックさん!」
「見事だ。俺は直接見たわけではないが………噂に聞く彼のアルフォンス・ライゼンにも引けを取らない男であったよ、貴様は」
年代的にはブレイズの方が若いため、セドリックが雲龍団に居たときのことなど知りはしない。
ましてや、アルフォンス・ライゼンに関しては、彼が生きていた頃は神聖騎士団の見習い騎士だったため、伝聞で聞いたことはあっても直接見たことはない。
それでも、彼の勇姿は彼の小隊長に劣るものではなかったと断言できる。
聖剣の一撃を防ぎ、意識を失ったセドリックを称えると、白銀の騎士は今一度聖剣を構えた。
「見事ついでに私たちを見逃してくれたりは………しない?」
「当然、それとこれは別問題だ。俺は帝国の騎士であり、皇帝陛下に忠誠を捧げた者。その勤めを果たすまで」
「俺にも、守るべき誓いがあるのでな」と付け加えるように呟くと、上段に構えられたクラレントに白炎が奔る。
【真名解放】の際に出現した炎の大翼は既になく、されどセドリックが戦闘不能になった今、その白炎は冒険者たちを灼くには十分過ぎた。
「逝け。せめて苦痛なく」
振り下ろされた聖剣の切っ先から白炎が奔る。
隼が翔ぶような速さで聖なる炎が冒険者たちに迫り、
「『撃ち斃す彗星』」
突如として聖遺跡の中から放たれた彗星の如き一条の光が冒険者たちを追い抜き、白炎と激突した。
彗星は白炎を引き裂くように突き破り、白炎が二又の穂先となって聖遺跡の両脇を抉り、焼き尽くした。
衝突の余波で朦々と土煙が立ち込め、まもなく土煙の中から姿を現したのは、
「ご無事ですか、皆さま」
銀色の聖騎士然とした鎧に身を包み、蒼いマントを羽織った神聖騎士団三番隊隊長アーネスト・ディートリヒその人だった。
素顔を晒した金髪が風になびき、碧眼はブレイズを捉えて離さない。
手に握られた長槍が陽光を受けて眩く光っている。
「なんで………アンタがここに?」
「凄まじい衝突は聖遺跡内に居る我々にも伝わったので。フードの方々はヨハンナに押し付けてきました」
悪戯っぽく笑うと、ブレイズを再度を見つめ、
「それに、彼には聞きたいこともありましたので」
長槍を構える。
漏れ出る気魄が空間を支配し、自分の体が重くなったような錯覚に陥る。
その中で平然としている人物が一人。
「久しいな、アーネスト。皇帝陛下の命令とは言え、聖女などという愚物と相対せなばならないと聞いたときは気が滅入ったものだが………ライゼンの生き残りに加え、我が友とも矛を交えることができるとは、これは聖女に感謝せねばならないか?」
神聖騎士団三番隊隊長アーネスト・ディートリヒ。
「不死殺し」の異名で知られる傑物であり、外征任務を主とする三番隊で数多の不使者を浄化したことからその名がついた。
信仰に厚く、忠実な神の僕たるその姿は多くの信徒の憧れであり、同時に尊敬の対象である。
そんな現代の英傑が悪名を博する「不滅」の英雄に対して槍の穂先を構える。
穂先を僅かに下げ、右腕を後ろに引き絞る構えは突きの構え。
疾走を視野に入れているのだろうか、腰を落とした姿は弓につがえられた矢を思わせる。
対するブレイズは聖剣を正中線をなぞるように正眼に構える。
その構えが僅かたりとも揺らぐことはなく、根を下ろした大樹のような雰囲気を醸し出す。
互いに睨み合う蒼銀と赤銀。
「──シッ」
先に動いたのは蒼銀だった。
足下が爆発するような勢いで駆け出し、一瞬でブレイズとの間合いを詰める。
「ふっ!」
その疾風の如き速さに任せて放たれたのは、急接近よりもなお早い閃光の如き突き。
生半可な者では視認することすら叶わない神速の突きは赤銀の騎士の鎖骨の間を狙って放たれ、
「甘い!」
いっそのこと芸術的とすら思えるブレイズの剣技によって受け流された。
聖剣の面を長槍が滑り、アーネストの腕が伸びきった瞬間、
「燃やせ、クラレント!」
放たれるは白銀の熱波。
横なぎにふるわれた聖剣から白炎の波が蒼銀の騎士へと波涛の如く押し寄せる。
それは龍も、巨人すらも焼き払う聖なる炎。
【真名解放】されていないとは言え人間が受けて良いものではなく、尽く灰塵へと帰す炎の津波に対し蒼銀の聖騎士は、
「相変わらず目を疑う速さだな」
普通に避けた。
首を捻った、などではなく、普通に走って避けたのだ。
槍を突き出した動きにくい体制から脚力のみで飛び退き、バックステップで聖剣の炎の射程外から逃げ切るという、およそ人外じみた挙動。
クラレントの炎波は決して遅いものではない。
むしろその逆、例え間合いが離れていたとしても相手が気付く間も無く灼き尽くすのがクラレントの炎だ。
その炎から最も容易く逃れ切るアーネストの敏捷さは異常の一言に尽きる。
とは言え、
「それを言うならば貴方の剣技も相変わらずですね、という話です。確かに避けきったと思ったのですが」
そう言って銀色の鎧に覆われた腕を持ち上げる。
すると、そこには一筋の斬れ込みができていた。
そう、アーネストは確かに炎の津波を避けきった、にも関わらずアーネストの腕に傷が入っている理由はただ一つ。
聖剣によって斬られたのだ。
とは言え、それは本来可笑しな話だ。
クラレントの聖炎は刀身全体から出るものであるから、火傷がなく斬り傷だけができているのはおかしいのだ。
もし仮に当たったのだとしたら同時に火傷ができていなければならない。
にも関わらず斬傷のみができているのはどういうわけか。
「噴出した炎よりも早く剣を振るう………しかもただ早く振るのではなく振り始めはそれなりに早く、聖炎の奔流がピークになったところで一段階、いえ三段階早くするなどおよそ人の技ではありまでんよ?」
「何を言う、先生がやって見せてくれたのだから俺ができない道理は無いだろう?」
「…………はあ、そう言えば貴方はそう言う人でしたね」
彼の剣聖をして剣の天才と言わしめた技量は伊達ではない。
同世代でいえばシオン・ミカゲと同等の天賦の才を持って生まれた傑物。
同時に剣聖という英傑中の英傑から教えを受け、上を知ったが故に積み重ねた修練が彼の才能を磨き上げた。
天才中の天才が秀才以上の努力を積み上げた王国が生んだ剣人、それがブレイズケーニッヒという英雄だ。
「だからこそ分からないことがあります」
「何だ?」
ゆっくりと槍を持ち上げ…………
「なぜ!神聖騎士団を裏切った!!答えろブレイズ・ケーニッヒ!!」
裂帛の気迫とともに振り落とした!
先ほどまでとは違う、荒々しい槍技。
およそ人々がイメージするアーネスト・ディートリヒからはかけ離れた彼の瞳に彩られた困惑と疑問、そしてそれらを上回る絶大な〝怒り〟。
「同じ信仰を胸抱き、ともに戦った!互いに技を称え、盗みあった!あの日々は紛い物だったのか!!私を友と呼んだあの言葉も嘘だったのか!?」
それはもはや問いかけではなく悲鳴だった。
かつての日々を贋作だとは思いたくなかったから、かつての日々を意味のないものだとは思いたくはなかったから、彼は叫びながら槍を振るう。
もし彼が「そうだ」と言ったのなら断罪の刃でその首を撥ねると言わんばかりに。
その怒りに赤銀の騎士は──
「侮るな!あの日々が贋造だなどと、他でもないこの俺が許さん!!」
同じく怒りに彩られた剣撃だった。
互いに全力で振るわれた剣と槍が衝突し、凄まじい金属音が鳴り響く。
「確かに俺は騎士団を欺いた。それは認めよう。──だが!先生に師事した研鑽を!あのいけ好かない聖剣使いと罵り合った日常を!そして!好敵手にして我が生涯唯一の友たるお前と高め合った日々が虚構であるものか!!」
けたたましい金属音を上げて聖剣が名槍を弾く。
次いで疾った前蹴りが蒼銀の騎士を吹き飛ばした。
怒りに呑まれようとも失われない太刀筋と洗練された技術は彼の研鑽が、在りし日の日常が、束ねた精励が擬い物ではないことを示していた。
「グッ、ならば何故………」
「信仰を持ち、礼拝を欠かすことはない。だが、それは三神教に阿ることを意味しない」
三姉妹の女神への信仰はある。
だがそれはいち宗教に準じることとイコールではない。
例えばそれは、同じ神を信奉していようとも同じ勢力に与しないということのように。
「元よりあの腐り切った騎士団に忠誠など捧げたつもりはない。俺は帝国の騎士。我が忠誠は皇帝陛下ただ一人のものだ。この身体、この魂、この技をあの主に縋り付くことしかできずに水面下で権力闘争などという下らない雑事にうつつを抜かす塵どもに捧げる気など毛頭ないわ」
神を信奉するのはいい、それは自分も同じであり、人が人である限り心の拠り所はあって然るべきだから。
だが、ただ信仰するだけの置物の神聖騎士団が気に食わない。
己を人間だというのなら、大いなる神々が見ていると信じるなら、自分をより高めるという思考に何故至らない!
信じるだけ信じて研鑽をしない。
私腹を肥やすことしか脳がない。
そんな塵どものために剣を磨いたのではない!
そんな俗物のために、俺は血を流したのではない!
そんな程度の知れてる凡俗どものためにあの方を裏切ることなどできるものか!
「だがお前と先生、ついでにアイゼンシュタインは違った。信仰を胸に抱こうと己だけの願いを持ち、そのために己を磨いた」
──その身は誰かを助けるために、多くの人を救うために
──その身は大切なものを守り通すために、彼らの笑顔を守り抜くために
──その身はより良き世界のために、誰もが笑って暮らせる世界を夢見て
それぞれがそれぞれの願いを持ち、それぞれ願いの為に走った。
流した汗を技術とし、流した血を経験とし、貫くと誓った信念を自分自身とした彼らはブレイズが尊敬するに足る人間だったのだ。
「それ故に俺は騎士団を欺いたが裏切ってはいない。そも、忠誠心など抱いていなかったからな。だが、お前たちを裏切ったと言われるのは心外だ」
恩人を、盟友を、姉弟子を裏切るなどそれこそあり得ない。
もし敵として相対したのだとしても、それは己の信念に従っただけのこと。
或いは──
「ーーふふっ、私に剣を向けるのは裏切りに入らないのですか?」
「抜かせ、好敵手と刃を交えるなど当たり前だろうが」
そう、元より互いを高め合い、切磋琢磨し合う仲なのだ。
であれば、仕合をすることに何の躊躇いがあろうか。
「ふう、時間を取らせました」
「構わない、俺としても勘違いは早めに解いておきたかった。アイゼンシュタインは割とどうでもいいが、お前と先生の誤解は早めに解いておきたい」
軽口を叩くと、再び蒼銀の騎士は名槍を構えた。
道を違えたとしても、二人は友だった。それはこれまでも、そしてこれからも変わらない。たとえ、彼らにそれ以外に道がなかったとしても、それは自分が選んだ道だ。その道は、彼らが自分の意思で選んだ道なのだ。故に彼らは自分が選んだ道に誇りを持って進む。たとえその先に盟友が立ちはだかったとしても、互いの誇りを捨てることはない。まして、盟友の誇りを汚す戦いなど、他の誰でもない自分自身が許さないのだ
互いを認め合った仲同士が立場の違いから対立することになっても、互いを尊重し合って全力で戦う……みたいなシチュエーションは割とテンプレではありますが、個人的には大好物です。これが主人公(ウチの主人公は多分なりませんが)だと苦悶の果てに………みたいな「間」が入るのでしょうが、強キャラ同士だと変に葛藤しても萎えるかなーーという思考からこんな感じのシチュになりました
ちなみに、「先生」もう出ていたり。先生は三神教の関係者ではありませんが、協力という形で神聖騎士団に出張していた感じ。先生が教えを授けたのはブレイズとリリアーナ・アイゼンシュタインのみ。アーネストは横から見て技を習得した感じ。先生は〝先生〟であるのと同時に──
そしてようやく主人公とお嬢以外の“願い”に入れましたわ………小説の主題に入るのに80話近くかかるとかペース遅すぎ?




