第十五話 牛頭の守護者 其の三
「オオォ……」
──牛頭の守護者が呻く
──未だ終わるわけにはいかないと
──己が使命を果たすため
──闘争の本能を満たすため
──そして何より戦士としての誇りのために
「ブオアァアア!!!!」
──牛頭の守護者が吠える
──再起を、
ーーこの手にもう一度だけ立ち上がるための力を
──もう一度だけ、この斧を振るう機会を
──そのためならば風前の灯にも劣るこの命
──全てを焚べてでも燃え上がらせよう
──例え勝利の果てに、何も残らなかったとしても
名もなき守護者が緋色の炎を背負って立ち上がる。
それは彼のユニークスキル「炎命倒覇」が発動した証。
それは最期の悪あがき。
今になって発動するには遅すぎ、しかし刻まれた多くの傷は彼の覚悟を決めるには十分の負傷だった。
──命をここに
──文字通り全霊を賭して、我が敵を討つ
◇◆◇◆◇◆
「ブオアァアア!!!!」
無数の傷をその身に背負い、背中から小太刀で貫かれ、毒が巨躯を蝕んでなおミノスが立ち上がった。
ならんらかのスキルを発動したのであろう、体の至るところから緋色の炎が噴き出ていて、まるで自らを燃やし尽くしているようにも見える。
「焼肉……」
『ブッフォ!』
「ぐっ……ふふっ」
『?』
おまっ、シオン!
何でこんな真面目なときにそれ口走ったぁ!
いや、分かるよ?頭完全に牛のそれだからその肉焼いてる絵面が完全に焼肉にしか見えないってのは分かるよ?
でもこの状況でそれ言うか!?
お嬢も笑っちゃってるじゃん。
ヘカテは……何のことかわからないみたいで首傾げてる。
そうだね、焼肉未だ食べたことないからわからないもんね。
明らかに最終形態のソレなのに1名は「旨そう」とか言って唾飲み込んで、2名はそれを見て笑いを堪えて、最後の1名は何のことか分からずに首を傾げているこの状況。
……あれ?これボス戦だよね?
何でこんなカオスな絵面になってんの?
シオンェ………。
「オオォ……」
そんなこちらの状況は知らぬと言わんばかりにミノスが歩を進める。
己が身に炎を背負うという苛烈な姿形とは対照にその動きは静かでゆったりとしている。
しかしその所作に隙はなく、迂闊に踏み込めば叩き潰されるだろう。
「オオォ……」
ゆっくりと、斧を持ち上げ天にかざす。
掲げるように、捧げるように持ち上げられた斧はミノスを焼く緋色の炎とは毛色の違う、言うなれば太陽なような赤い炎が柄から吹き上がって斧全体を包む。
──赤く、紅く、朱く
「ルキア、ヘカテ。後はお前らでやれ」
「なっ…シオン!」
「ここでくたばる様ならどの道アイツに先はない。そうだろう?ルキア」
『その通りだ』
よく分かってるじゃねえか。
ここで逃げればこれの中の何かが折れる。
それが何かは分からない。
けれどここで逃げてはいけないと、魔物の感覚ではなく戦士としての感覚が叫ぶ。
──逃げるな
そう吠える。
なら、やってやろうじゃねえか。
お嬢に仕える以上、圧倒的格上の相手との戦いはいずれは通る道だ。
それが予想以上に早かっただけのこと。
牛頭の守護者は決死の覚悟を決めた。
ならば戦士としてこちらもそれ相応の覚悟を決めるまで。
毒なんて使うような戦士らしくない戦士だが、そんなことは百も承知だ。
それでも、種族の垣根を越えて誇りを持って戦う彼等の戦士としての在り方に憧れた。
──鬼に、犬の将軍に、人の剣士、そして牛頭の守護者
それと同時に、自分もそうありたいと願った。
お嬢に仕える身として、そうありたいと。
そして今まで見たどの魔物よりも強い戦士が命を賭して最期の戦いに臨んでいる。
ここで戦わなければ憧れにはいつまでも追いつけない。
ならばこちらも命を賭して、迎え撃とう。
『死んだら不死者として生き返らせてくれるんだろう?その時はまた使い魔にしてくれよ』
「……はあ、分かった。ただ、生き返らせる時にはぐちゃぐちゃの肉塊として生き返らせてやる」
『あはは!これは死ねないなあ』
立ちはだかる死の壁を吹き飛ばす様に笑う。
自分が死んで嘆く人がいるのだ。
そうそう容易くは死ねない。
『それじゃ、行こうかヘカテ』
『御意』
主人の行くところなら何処へでも。
そう言わんばかりにヘカテが答える。
相変わらず頼もしいねえ。
それじゃ、やりますか。
◇◆◇◆◇◆
「ブオアァアア!!!!」
先手を取ったのはミノスだった。
天にかざした斧を思い切り石畳に叩きつける。
すると、
『ちっ!ヘカテ!万里の堅鎖にしがみつけ!』
『っ!はい!』
ミノスの周囲を真紅の炎の海が覆った。
──『陽炎海浮』
太陽の炎を模した闘気と魔力は魔法の炎と遜色がないほどに紅く燃え上がり、それは地面に叩きつけられることでかの神話を部分的に再現する。
「気功術」、「魔力操作」、「魔力強化」、「斧術」、そして「炎命倒覇」の合計5つのスキルを駆使して放たれる名もなき守護者のオリジナルのアーツ。
その総威力は上級魔法に匹敵し、対軍アーツと称しても問題はない。
『舐めるなよ!『アクアトルネード』!』
万里の堅鎖を4本、吹き飛ばされないように地面に突き立てて自身を基点に発動するのは『アクアトルネード』。
五重詠唱を輪状に展開かつ「魔法調整」で威力を最大限に上げ、俺とヘカテのいる位置に穴を開ける様にして放つ。
俺とヘカテを囲むようにして流水の竜巻が巻き上がる。
それでも陽炎の紅海は止められない。
刻一刻と流水の竜巻が灼熱の陽炎に飲み込まれて行く。
(チッ、このままじゃ『アクアトルネード』が飲み込まれる。どうする?もう一度『アクアトルネード』を発動するか?いや、連続で同位置に魔法を発動した際、魔法の効果は弱まる。その程度じゃあの炎は止められない!どうする……)
お嬢曰く、連続かつ同位置に魔法を放った際、前に発動した魔法の残滓が邪魔して次の魔法の威力が下がったり悪い時には不発に終わってしまうことがあるのだとか。
以前それをやってしまった時には魔法が他の何かに抵抗される様な感覚とともに、『ポイズンスワンプ』の効果範囲が目に見えて狭まったのだ。
それからは魔法を発動する際にはいくらか魔方陣の展開場所をずらして魔法を行使しているのだが、今は同じ場所に展開せざるを得ない。
思考を加速させていると『アクアトルネード』に吹き飛ばされまいと万里の堅鎖にしがみついているヘカテから声がかかった。
『ご主人様、私が上から攻めかかります。ご主人様はその隙を狙って!』
『っ!……分かった!』
危険すぎる。
そう言おうとして、ヘカテの目を見て言えなかった。
覚悟を決めた戦士の目。
それをこの十数分の間に2度ほど見た。
1度目は今なお命を燃やして戦い続けているミノス。
そして2度目はお嬢の目に映った自分自身。
自分でやっといて他人にやるな、なんて無責任なことは言えない。
──だから
『ただし死ぬなよ?これは主人としての「命令」だ』
俺の従者ならば俺の許可なく死ぬことは許さない、とそう付け加えて。
酷い主人だと思う。
それでも俺はお前が死ぬのは許さない。
他ならぬ俺が死なせはしない。
『……御意』
驚いた顔をした後翠色の瞳を細め、柔らかく笑ってアイツはそう言った。
言葉を掻き抱く様にして手を万里の堅鎖から離す。
すると、徐々に炎海に削られながらも未だ顕在な流水の竜巻によって海を泳ぐ海蛇のように舞い上がる。
『さて、俺もちょいとばかり無茶しますかね』
虎の子はまだ時止めの腕輪の中にあるんだぜ?
◇◆◇◆◇◆
流水の竜巻に揺られて空を舞う。
──死ぬな
主人がくれた言葉に思わず笑みが溢れる。
その言葉が何より嬉しくて、だからこそあの方を失望させるような、悲しませるような結末にはさせない。
──命を賭して、生き残ります
矛盾したような覚悟を決めてミノスの姿を捉える。
お嬢様から頂いた小太刀はミノスの腹に突き刺さり、命の炎によって今や原型を留めぬほどに融解している。
愛刀が見る影もない姿になっていることへの怒りを胸に、宝物庫から短刀を取り出す。
『……『ポイズンエッジ』』
心はミノスの炎に負けないほどに熱く、されど思考はミノスの炎を全て凍てつかせるほどに冷たく。
殺意を毒に変えて、主人の大敵目掛けて落下する。
しかし上空を飛んでいるモノがあればミノスほどの実力者であれば五感なり第六感なりを使って察知するというもので。
「オオォ……」
ミノスは斧を両手で持って身体の後ろに持ってくると、自分の体を腰から絞るようにひねる。
するとミノスを中心として360°全方位に展開されていた紅炎の海が、ミノスから見て背後180°に展開された分の炎が斧に集まっていく。
背後の朱炎が全て斧に収まった時には斧は柄から刃の先まで尽く紅く染まっていた。
──『陽炎牛咆』
捻った身体を逆方向に捻る予備動作としてミノスの豪脚が踏み込まれる。
踏み込んだ足元を見れば石畳が粉砕され、炎海に呑まれて溶けていく。
「ブオオオオォオオ!!!!」
炎がその命を刻一刻と焼こうとも狂気に呑まれることのない理性的な目がヘカテを捉えて離さない。
未だ距離はあるものの、その紅蓮の炎が解放されればヘカテの身体などあっという間に焼き尽くされるだろう。
後ろに回した紅蓮の斧を下から掬い上げるようにしてヘカテに放たれ──
『『歩み忌む紫黒の魔手』!』
「ブオッ!?」
──るよりも早く、ミノスの背後から中に泥のような何かが入った瓶が投じられたかと思うと、その声と共に瓶が割れ、ミノスの足下に黒い沼が広がり、ぽっかりと黒い何かが円状にに広がったかと思うとミノスの巨躯を100本を超える禍々しい紫黒の腕が次々にしがみついた。
それはあたかも生者を憎む亡者の腕のようで。
その呪手が紅蓮の斧に集中してしがみつき、炎が徐々に弱くなっていく。
ズブズブと沼のような黒い穴に足が沈んでいく。
勿論、触れるだけで呪手を焼き尽くしていくのだが100本近い魔の腕は黒い穴から「この程度で終わるか」とでも言わんばかりに這い出てくる。
「ブオオ!!!」
流石にこのままではまずいと思ったのか、ミノスが斧に溜め込んだ陽炎を解き放つ。
灼熱の陽炎が魔手を焼き払い、沼のような漆黒の穴さえも燃やし尽くした。
だが、それを成したところで斧に溜め込まれた紅炎は尽きてしまった。
そうしてミノスは遅れて気付く。
上から降りかかってくるもう1人の毒使いがいたことを。
(流石です、ご主人様)
感嘆の念を抱くと共に、足が引きちぎれそうな感覚を堪え、虚空を踏みしめ駆ける。
慌てて上を見上げるのと、
『御影幻刀流『獅迅』!!』
その声と共に紫色の短刀が獅子の如き魔力を纏って突き出されるのはまったくの同時だった。
◇◆◇◆◇◆
時間はヘカテが飛び去った時まで遡る。
生前テレビで見たスカイダイビングを風を利用して擬似体験することができる装置はなんと言ったか……。
あ、ウインドトンネルだ。
アレみたいに飛び上がっていくヘカテを見送って俺も行動する。
『男は度胸!女は愛嬌!いざ行かん!!』
『アクアトルネード』が溶けるのと同時に紅炎の海に向かって飛び出す。
しかしそんなことをすれば当然、陽炎が身体を焼くというもので、
『っづああぁあ!!ギッ、『ポイズンヴェール』!!』
その熱さに思わず上がった悲鳴に覆いかぶさるようにして『ポイズンヴェール』を五重詠唱して毒液で身体を覆う。
焼け石に水だがやらないよりかはマシだ。
──喉が熱い
──鱗が溶ける
──臓腑が焼ける
──命そのものが燃え上がっていく
『ア"ぁあああ!!舐めるなあああぁああ!!!』
この程度!徹夜4連勤に比べれば温いわたわけえ!!
いや、絶対そんなことないけど。
ちょっとおかしくなった思考の中でもやるべきことは忘れない。
進むべき場所はミノスの袂。
あるモノが投げて届く場所にまで「魔力強化」で強化した肉体に「縮地」まで使って接近する。
それとできれば不意打ちが望ましいから背後に回る。
その間も『ポイズンヴェール』をかけ続けるのも忘れない。
炎海を潜ってミノスの横を通り過ぎた時、ミノスが何か技の準備動作をしたのが霞んだ視界の中、確認できた。
(ヘ、カテ、か?急が、ないと……。みの、す、がわ、ざをはなつ、よ、りも、はや、く)
途切れ途切れの思考の中走る。
止まれない、休むわけにはいかない、死ぬわけにはいかない。
ここで俺が死ねばお嬢が悲しむ、ヘカテが死ぬ。
それは、ダメだ。
一度失った人生、お嬢に捧げたこの命、従者を従えるこの命、今ここで落とすわけにはいかない。
かっこいいこと言ってるけどコイツこの章の中ボスでしかないんですよ
「炎命倒覇」 Unique Skill
例え命が、魂が残らなくとも生きた証は、戦い抜いた記憶は受け継がれる。ならば恐れることなく命を燃やして己が眼前に立ちはだかる覇を打ち倒しそう。命とは即ち歩みという名の大火を熾すための薪であるのだから。
HP、MPを代償に自身のHP、MP以外のステータスへのバフを付与。バフの増加量は消費したHP、MPの量に直結する。
ゲームだったら結構お手軽スキルですが現実となるとかなりキツイです。
あと、HP、MPの減りも結構早く自分で調節できないのでステータスを開いてないと残りHPが見れないこの世界では意外と不便
と言うか刻一刻と命が焼かれていくスキルを好んで使うヤツとかそれただのヤベーやつでしょ……あれ?この小説そういうヤツが少なくとも2人ほどいる気がするんですが……気のせいですね!うん
性質としては強化の意味合いが強いので「陽炎海浮」は範囲こそ広いですが局所的な威力はそこまで高くはないです。雑魚が密集しているところにぶっ放すのが一番いい使い方。そもそも攻撃向いてない。まあそれでも主人公のHP9割削るぐらいの火力はありますが
ちなみに今の主人公のイメージとしてはケルト戦士に愉悦部をぶち込んでかき混ぜた様な感じ
それなんてダークマター?




