第十話 従者の矜持
「休憩も済んだことだしそろそろボスに挑もうか」
『その前に、宜しいでしょうか』
第十七階層のボスを倒して早2日、俺達の姿は第十八階層のボス部屋の前にあった。
いつものことではあるがお嬢が召喚したコボルトシーフを先頭にして進んだ。
コボルトシーフ君は犠牲になったのだよ……。
いつの時代も戦場に犠牲はつきものであるものの、俺は進んで礎になったコボルトシーフ君のことは忘れないだろう。
だって罠に引っ掛かって尻から串刺しにされて「ひゅおっ」って言ってたのクソ面白かったんだもの。
閑話休題。
「昼食を兼ねた休憩をしよう」とお嬢が提案し、それに俺を含めた3人が同意して昼食の準備を始めたのがおよそ30分前。
シオンの故郷の話やお嬢の魔物談義で時間を潰しつつ休憩をとり、じゃあそろそろボスに挑もうかとお嬢が声を掛けた時に口を挟んだのはヘカテだった。
『どうかしたか?』
『皆さまにお願いがあります』
「お願い?」
『はい』
緊張したような面持ちでシオンの問いに答えるヘカテ。
いつも無表情で固められている美貌が緊張から決意の表情へと変わると共にヘカテの口が開き、
『今回のボス、私1人で相手させては頂けないでしょうか』
申し訳なさそうな、絞り出すような声でそう言った。
……正直に言えば少し意外だ。
基本ヘカテは後ろ控えるような言動を常としてきたし、戦闘においても支援や妨害、隙が出来たら不意を打って殺すというそこまで積極的な戦いをするわけでもなかった。
そんな感じだから俺がヘカテに持っているイメージは「主を立たせる控え目な従者」だ。
だからこのようなことを言い出すのは意外であったし、それ以上にこれまで文句のひとつも言わなかった眷属が初めて自分の主張らしきものを発したのは嬉しくもある。
コレガ………ココロ?
『俺としてはヘカテの意見を尊重したい。2人は?』
「私はどっちでもいい」
お嬢はいつも通りと。
毎回思うんだがそんな適当でいいのか?
「まあ、今回は譲ってもいい。その代わり次は貰うぞ?」
相変わらずに返事に苦笑してしまう。
『……ありがとうございます』
感謝とも呆れてとも取れるようななんとも微妙な表情でヘカテがお礼を告げた。
まあ、気持ちはわからないでもないぜ……。
◇◆◇◆◇◆
重厚な扉が開き、部屋の主人がその姿を侵入者に晒す。
ーートロール
そう名付けられた魔物は3メートル程の巨体を持ち、愚鈍と言って差し支えない顔つきをしている。
ではその間抜け面から脅威ではないかと言われれば断じて否だ。
その巨体から繰り出される一撃は当たればただでは済まず、動きこそ遅いものの膂力は驚異的の一言に尽きる。
そして何より注意すべきなのはその再生能力である。
最下位とはいえ巨人種にその名を連ねるが故に保有する「自己再生」のスキルは、流石に頭部を吹き飛ばされれば絶命してしまうものの、腕のひとつやふたつであれば簡単に修復してしまう。
再生能力と驚異的な膂力。
このふたつを持ってしてトロールという魔物はCランクの中でも上位の魔物に数えられる。
そんな巨人を前にしてヘカテは考える。
(私は弱い)
戦闘についてではなく自分自身について。
一般的な観点から見ればその考えは否定されるだろう。
元とは言えダンジョンのボス個体であったことから普通のラミアよりもステータス値は高く、ポテンシャルも高い。
ラミアという魔物自体保有しているスキルからその戦闘能力は高く、加えてシオンに弟子入りしていることによって鍛え上げられた剣の腕はそこらの木端冒険者であれば容易くあしらえる程の実力を有している。
しかしここでヘカテが基準としているのは一般的な冒険者などではなく、彼女の周りにいる人物だ。
自身が王と崇めるルキアはいっそ悪辣と言っていいほどの作戦構築能力と、自身のレベルに見合わないスキルの熟練度を武器としている。
魔物のランク故に低いステータスにも関わらず上記のふたつを用いて格上の敵を倒すその姿はいっそのこと畏敬すら覚える。
自身が使えるきっかけとなったのも蛇の象徴たる「毒魔法」が自身より圧倒的に上回っていたが故だ。
そのルキアが主人として仕えているのはアリシア・ローレライ。
主ですら把握し切れていない膨大な数の魔法を自身の体の一部のように操るその姿は尊敬を通り越して恐怖すら覚える。
あまりに精緻にすぎる魔法構築には正直正気を疑ってしまう。
化け物という言葉すら生温い。
そしてルキアが友と称するシオン・ミカゲ。
彼の実力は身をもって嫌というほどよく知っており、その曲芸じみた妙義に自分が到達するのはあと何年かかるのか検討もつかない。
自分に剣を教えた本人であり、目指すべき到達点。
そんな彼等と比べてしまえば劣っているように見えてしまうのは仕方のないことではある。
と言うか後2人は格が違いすぎるので気にするだけ無駄であり、ルキアに関してはヘカテが劣っていると言うよりもルキアが異常なだけである。
基本的に魔物というのは知能に劣り、身体能力や特殊能力に長けるのが普通である。
高ランクの魔物になってやっと知性を保有するのが魔物として正常な在り方であり、ルキアはそれに真っ向から叛逆していると言って問題ない。
そんな異端者と格の違う化け物達と比べること自体間違いであるのだが、幸か不幸かヘカテはそれに気づいていない。
(私は、ご主人様にとって恥じない従者でありたい。少しでもあの方々に近づきたい。足手纏いには……なりたくありません)
故に、この挑戦は彼等に近づくための挑戦。
腰に差した小太刀を逆手で抜く。
敵は再生能力と尋常ならざる膂力を持った巨人。
生半可な攻撃では直ぐに修復され、足を止めれば叩き潰される。
であればーー
(速攻で接近し、首を取って毒を体内に注入する)
再生の効かない一撃を与えればいいだけのこと。
毒を入れるのは念を入れるため。
戦術がだいぶエグくなっているのは主人の影響か、それとも元々か。
『参ります!』
ヘカテが駆け出す。
ステータス値のなかで最も優れている敏捷の値に加えて「縮地」のスキルを使用することで瞬く間に接近する。
「オオォ!!」
だがヘカテの小太刀とトロールの持った棍棒では棍棒の方が圧倒的に間合いが広い。
振り上げられた棍棒はしかし、
『『ポイズンジャベリン』』
「グオッ!?」
「魔法調整」を使って最大限に高められた『ポイズンジャベリン』が肘を貫通したことによって振り下ろされることは叶わなかった。
仰け反ったトロールの隙を突いて一気に懐に飛び込み、蛇故のしなやかさを生かしてトロールの身体を這いずるように駆け上がる。
小太刀を順手に持ち替えて背後から首を取ーー
「グオアァアアア!!!」
「ガッ!?」
ーーるよりも早く、トロールが反撃に移った。
「気功術」
魔力による強化ではなく「闘気」によって身体能力を引き上げるスキル。
「気功術」によって爆発的に引き上げられた剛腕がヘカテの腹部を掴み、石畳に叩きつけた。
トドメを刺さんと言わんばかりに振り上げられた棍棒は今度こそ振り下ろされ、石畳を砕いて爆風を引き起こす。
ーー『豪棍』
「棍術」のアーツであるそれは「気功術」によって引き上げられた肉体から放たれたことによって人体は愚か、岩すらをも粉砕するだけの威力を有していた。
しかし、その絶技がヘカテに当たることはなかった。
持ち前の素早さを生かして間一髪で避け切ったのだ。
「ゴホッ」
それでも無傷とはいかない。
口から溢れ出す鮮血がメイド服を汚し、地面に滴り落ちる。
元々自身の武器であった怪力に加えて「気功術」を使用して行使した石畳への叩きつけと棍棒による一撃はヘカテに喀血をもたらした。
直撃を免れたとは言えその余波は石畳への叩きつけによって傷ついたヘカテ肉体に追い討ちをかけた。
幸いにして腕に損傷はないものの、肋骨と内臓がいくつかやられた。
お嬢様に貰ったメイド服はあちこちが破けてその奥の白い肌と蛇の鱗に裂傷と打撲の跡がある。
満身創痍と呼んで差し支えない状態だ。
ーーそれでも
傷ついた身体と折れじゃけた心に鞭を打って立ち上がる。
主人と師匠が見ているなかで無様は晒せない。
ーー無理をするなとは言わない。自分の限界までやってきなさい
そう言ってくれた主人のために。
金色の瞳を柔らかく細めて送り出してくれたあの方のために。
そして何より従者としての己の矜持のために。
たかだか内臓が破れた程度で諦めるわけにはいかない。
自分の限界はそんなに浅くはないのだから。
(手も足もまだ動く。魔力に関しては9割近く残っている。諦めるには早すぎますね)
チャキ、と音を鳴らして爆風に晒されたなかでもなんとか持っていた小太刀を順手に握り直して己の前に立ちはだかる巨人を見据える。
敵は強大かつ頑強。
だからこそ挑む価値がある。
負傷したのは痛手ではあったがそれと引き換えに向こうの手の内を把握した。
こちらもそれなりに手札を晒したが切り札と呼べるものはまだ温存している。
(作戦は先ほど同様、一気に畳み掛ける)
「縮地」に加えて「魔力強化」を併用して一気に距離を詰める。
タイミングを合わせるようにしてトロールが反撃する。
放たれる技は先ほどと同じく「気功術」で強化した『豪棍』。
先ほどと違う点を挙げるとすれば、先ほどは上から下への振り下ろしであったのに対し今回は横薙ぎの一閃と言うことだろうか。
どちらにせよ、まともに食らえば致命傷となるのに変わりはない。
余波でも身体に響くぐらいだ。
だからこそ、
『打たせません!』
棍棒が振るわれる直前に放ったのは「魅了の魔眼」。
ラミアの代名詞たるそれは巨人の動きをたっぷり5秒も止めた。
それでも5秒で済んだのは偏にボスであるが故の魔力量のおかげだろう。
魔法やスキルによる精神干渉や状態異常をもたらす攻撃の成否はその技に込められた魔力量と対象の魔力量で決まる。
……「抗魔」や「精神苦痛耐性」のようなスキルを所持していれば成功する確率は下がるのだが今回は関係ないので置いておく。
階層のボス個体であるために通常個体よりも多くの魔力を保有する彼だからこそ操り人形にならずに済んだのだ。
(殺った)
しかしそれでも戦闘中に5秒もの硬直は十分な隙となる。
そしてその隙を見逃すほどヘカテは甘くはない。
八相に構えた小太刀を尻尾で地面を叩きつけることで一気に加速しながら振り下ろす。
『御影幻刀流『烈風』!』
小太刀が暴風のような魔力をおび、ヘカテの身体が風のように駆け抜ける。
「気功術」によってその筋力が高められていたとしても対人用に編み出された剣の技は阻み切ることはできない。
放たれた袈裟斬りは見事に棍棒を持ったトロールの右腕を斬り飛ばした。
斬り飛ばされた右腕はたちまち再生ーーすることはない。
見れば斬り落とされたトロールの右腕の付け根は毒々しい色に染まっている。
ーー『ポイズンエッジ』
主従揃って武器に付与して使うのを好むその魔法によって生み出された毒はトロールの再生を阻んでいた。
自身の最大の武器である「再生」が止められていることに驚く暇もなくヘカテは次の一手に移る。
大技を放ったことで先ほど受けた傷が痛むのを無視して「魔力強化」を施す。
(ーーこれで終わりです)
『御影幻刀流『旋風』!』
遠心力を利用して放たれた横薙ぎの一撃は左脇からうなじに掛けて走り、トロールの巨体を両断した。
ヘカテが主人公よりも主人公してる件について……




