第三十話 切磋琢磨 其の八──欲獣邂逅
fgo2部6章やりました。密度が濃い
「………妙だな」
「妙?何がですか?」
ガーベラの第二試合、ツヴァイがあまりにも容易く獣人の少女をあしらっている様を見て、シオンが呟いた感想にヘカテが問うた。
なお、次の試合の準備をしているアリシアとヘカテ、試合が終わってインタビューを受けているガーベラとツヴァイは観戦席にはいない。
「あのツヴァイとかいうホムンクルス………歩き方から武芸を嗜む人種のそれではなかったはずだ」
「しかし師匠、実力を隠していたという可能性はありませんか?アルキーミア家のホムンクルスの能力の多くは秘匿されているという話でしたし、その一環と考えられるかと」
「出来なくはないが………あのルキアが何も言わなかった。確認して見ないとなんとも言えんが、おそらくアイツもツヴァイに武術の影を見い出せてなかったと思う」
ルキアの最大の長所をアリシアは「呪術」の才能だと考え、ヘカテは毒の扱いに長けていることだと言った。
そしてシオンはその異常なまでの感知能力こそがルキアの武器だと考えている。
というよりも、シオンはあの感知能力は上二つとは少し分類が違うようなものだとも考えているのだ。
例えば、鳥が空を飛ぶように。
例えば、蝙蝠が超音波を聴ことることができるように。
ルキアという生き物にとって、あの感知能力はその存在に元から備わっているだけではなかろうか。
(──それならそれでなんで最初から感知系のスキルレベルが上限に達していないんだ、っていう疑問は残るが)
まあそれはさておき、
「正直ルキアがツヴァイの武術の気配を感じ取れてなかったとは考えにくい。ならば、あの武術はツヴァイが習得したものじゃないってことだ」
一時の借り物か、あるいは紛い物か、それとも別の何かか。
なんにせよ、普通の方法で得た技術ではなかろう。
武芸者としては少しばかり業腹ではあるが、あれはあれで人格とかに影響は出そうだし、ああなりたいと思いわけでもない。
ただ少し、気に食わないだけだ。
「ふふっ、なかなかに手厳しいね」
「いやあ、ありゃただ単に妬んでるだけでしょ」
そして小馬鹿にするような軽薄な声はもっと気に入らない。
「五月蝿えぞクソエルフ」
「おやあ?図星だからってカッとなるのはよくないぞ?まあ気持ちはわかるぜえ?自分が何年もかけて会得した武芸の技をあんな簡単に自分のものにしてるんだもん。そりゃあ、腹も立ちますわなあ。才能がない子は色々大変でちゅねえ?」
「ハッ、それはテメエの方だろうが特権階級」
「あ゛ぁ?」
およそ女子が出していいものではない声がフレデリカの喉から放たれる。
ここ最近、フレデリカは頭に血が上りすぎじゃないかな?と思うアルチザンだが、余計な流れ弾は喰らいたくはないので口は挟まないでおく。
ついでに席も離しておくあたり、危機管理能力に長けていると言うべきか。
ちなみにヘカテはヒートアップしすぎた時のために、いつでも割って入れる準備をしている。
相変わらず生真面目というべきか。
「俺はホムンクルスが修練もなしに技術を得たことに関しちゃ思うところはあるが、特段文句は無えよ。正規の手段じゃないんだから制約やら面倒ごとは付き纏ってんだろ。普段から身についてないのがその証拠だ。むしろ気にしてんのはテメエの方だろ?」
「…………」
仇敵でも睨むかの如きフレデリカの眼光を前にして、尚も煽り続けるシオンはよほどフレデリカの言が気に障ったのか、それとも誰かさんの煽り癖がうつったのかとまることなく口撃を続けていく。
「テメエが癪に触ってんのはテメエの出来損ないの弟がどんだけ努力しても得られなかった武術を、あのホムンクルスがたかだか対価を払うだけで自分のものにできてしまっているってことだ」
「…………頭でも沸いてんの?私があの愚弟に同情真の欠片でも持ってるなんてその発想自体頭おかしいでしょ。大体、アレを思いっきりボコってって依頼したのは私だってこと忘れてない?」
「本当になんも思ってないんだったら無視すりゃあよかっただろ。身内でも縁を切って知らんふりすりゃよかっただけの話だ。周囲の視線を気にするお前じゃねえだろうしな」
好きの反対は嫌いだが、愛の反対は無関心であるという。
仮に好きと嫌いをコインの裏と表に例えたら、愛と無関心は実数と虚数のようなものだろう。
コインはどちらも表になることはなく、けっして両立し得ない。
だが、裏返ることは十分あり得る。
一方、数学における実数虚数において、虚数はこの世にはないものだ。
そも、虚数の定義とはこの世にはない数字として定義されたものなのだから。
片方を愛と無関心、どちらかを実数と定め、それが立証された時点で無関心が現実のものとなる可能性はなくなる。
つまり両立することもひっくり返ることもなくなるということだ。
まあ実際には自分たち以外の多くの要素が絡み合って無関心でなくなる、いや、無関心でいなくなってしまうこともあるのだが、今は置いておこう。
フレデリカが弟に向ける感情は〝嫌い〟であり、そこには多くの要素が含まれている。
唾棄、卑下、諦観、侮蔑、そして憐憫。
どれほど不出来であったとしても、どれほど恥さらしの対象であったとしても、それでもアレは自分の肉親なのだから。
親類への情すら消え失せてしまったのなら、それはもう人ではない他のナニカだ。
だから、
「………うっさいな。あんなでも昔はキチンと弓の鍛錬に励んでたんだよ。そりゃあ同情の一つもするし、あんなんが出てきたらちょっとは眉を顰める気分にもなるんだよ」
それを自覚しているから彼女は烈火の如く怒ることはなかった。
なるべく見ないようにしていた心の奥底とも言えぬほどの浅い心情を見破られたからと言って、周りに当たり散らすほど彼女は子供ではなかったのだ。
「まーあ?それ言ったら文句はないとか言って見栄張ってるどっかの剣使いよりはまだマシじゃない?これだけ家族に対する情愛に満ちたこのお優しい姉を持ててさぞあの愚弟も喜んでいることだろうしねえ?アンタと違って」
まあ、それはそれとして煽るのだが。
「はあ?情愛に満ちた?自己愛と欺瞞に満ちたの間違いじゃねえの?」
「よーしその喧嘩買ったぁ!今ならなんとタダで買っちゃうぞー!?」
「バカかテメエは!俺の喧嘩買うってんなら最低でも聖遺物が買えるだけの値段は出せやオラア!!」
「あ゛ぁん!?アンタの喧嘩がそんなに高いわけないでしょ!?せいぜい払ってもパンの耳程度の値段よ、アンタの喧嘩なんて!」
「よく吠えたぁ!なら我が愛刀の錆に──」
「はい、師匠。そこまでです。頭冷やしついでに私と飲み物を買ってきましょう。私一人で行くとナンパされるので面倒なのです。付き合ってください」
「ちょっ、ヘカテ!あいだだだだだ!耳引っ張んな耳!ちょっ、おまっ、魔物のステータス使ってくんの卑怯だぞ、のわっ、いってえええええ!!」
流石にヒートアップしすぎたため、ヘカテによって中断させられることになったが。
「ハッ、ざまあねえの!」
「フレデリカ様、お話が」
「んぇ」
なお、鬼の如き力によって首根っこを掴まれたフレデリカは、アインスから小一時間ほどの説教を受けたという。
◇◆◇◆◇◆
「あいたたたた。もうちょっと手加減できんかね、ヘカテ」
「そう思うのなら喧嘩しないでください。私だって尊敬する師匠の耳を引っ張りたくはないのです。………それにしてもよくそれで落っことしませんね」
「まあ、バランス感覚にはちょいと自信があってなあ」
この場にいないアリシアたちを含めた全員分の飲み物を持って観戦席に戻る二人だが、あの場にいるのは人間以外も含めて計八名。
明らかに二人で持っていく分量を超えているが、それをヘカテが両手に一個ずつ、シオンが残りの六つを曲芸じみたバランス感覚を駆使して左手一本で持っている。
その様はもはや大道芸といっても通じるレベルのものであり、周囲の注目を集めるはず、なのだが。
「──ん?」
「師匠、どうかしかしま──、これは、結界?」
ピタリ、と足を止めたシオンを不可解に思ってどうしたのかと問おうとして、ヘカテも異変に気づいた。
「かもな。厳密には結界じゃないのかもしれないが、要するに人払いの結界と効果は同じだろう。この会場の通路で人一人いないなんてのはおかしすぎる」
「私たちを狙って?こんな大規模な結界をいったい誰が?」
割と心当たりが多いのはご愛嬌だろうか。
シオンはそう心の中でおちゃらける。
実家を出る時に家宝ともいえる霊刀を持って出ていき、国を出がけに聖剣なんてものまで渡された男の名はシオン。
実家の追手と言われれば正直納得どころか「やっぱり?」と言ってしまうような経歴の持ち主なのだ。
加えて人払いの結界の気配には馴染みがありすぎる。
鵬国特有の技術「妖術」。
魔法ともアーツとも違う、第三の魔技。
その発生源を見つけようと周囲の気配を探ろうとした時、音がした。
カラコロ、カラコロ。
乾いた木の音が空白の廊下に響く。
音の発生源は前。
それほど遠く離れていないはずなのにその姿は見えず、けれど次第に音が大きくなっていくにつれて姿は段々と明白になっていく。
そして、それを見る。
「「──っ!」」
シオン、ヘカテの両名が咄嗟にその場を飛び退き、己の武具を抜く寸前にまで手が伸びる。
シオンは妖刀時雨の柄に手をかけ、ヘカテは吸魔の小太刀と短刀の柄を握るが抜くまでには至らない。
じわり、と汗が頬を流れ、床を濡らす。
「あら、そんなに警戒されては私も傷ついてしまいますよ?」
後ろに従者を従え、着物に身を包んだソレが囀る。
外見だけをいうならば、突出した美人ではないが、十人中九人が美人だというであろう、言うなれば凡庸な美しさ。
カズハ・シノダ。
貴賓席にいるはずの、彼女は当然の如くそこにいた。
「うるせえよ。とやかく言う前にまずはその気持ちの悪い喋り方をやめろ。反吐が出る」
しかし、そのような外見の中で漂うのは鼻を摘みたくなるほどの悪性の匂い。
この世全ての悪を鍋で三日三晩煮込んだらこのような吐き気を催すほどの邪悪を作れるのだろうか。
嫌悪感を露わにして吐き捨てたシオンにカズハは、
「カカッ、この口調はお気に召さなかったかのう?儂の眷属にはかなり好評なのじゃが」
喜色満面といった風に口角が裂けるほどに笑みを深めて返した。
「テメエ………何者だ。いや、そも人ではないな?」
時雨を握る力を強めて問う。
攻撃のためではなく、防御のためにいつでも抜けるようにと。
「──酒呑童子」
「は、あ?」
返答を聞いて、シオンは一瞬呆然となる。
その名前に心当たりがなかったからではない。
むしろその逆、鵬国出身の人間ならば誰もが知るその名前を名乗ったということに対する意図が分からなさすぎたからだ。
酒呑童子。
神代が終わってから間もない頃、鵬国は大江山に住んでいたとされる悪鬼。
その悪行、蛮行は大陸全土にまで知れ渡り、その素行を見かねた鵬国の土地神とでも言うべき存在、九尾の狐こと玉藻の前との戦いで相打ちとなり、滅ぼされたとされる伝説の鬼。
それ以後、玉藻の前は国の祭神として祀られ、酒呑童子は国にとって災厄の象徴として伝わっている。
鵬国において酒呑童子は厄災そのものだ。
それを騙る自称酒呑童子の意図がシオンには全く掴めなかった。
「それで、その酒呑童子が俺に何の用だ。霊刀をやれというならやってもいいが」
「ん?ああ、儂はお主には用はないぞえ?」
今この場で玉藻の前に助けを乞いたくなるほどの邪悪がシオンの問いを聞いてさらに笑みを深める。
「儂はそこなワルタハンガに用があるのじゃ」
「なっ、私?」
欲望に満ちた視線を向けられてヘカテの動きが蛇に睨まれた蛙のように止まる。
「そうじゃ。魔に魅入られた人は多くいる。人に魅入られた魔も、まあそう多くはないがそれなりにいる。じゃが、人と魔の両方に魅入られた魔というのは初めて見るのでなあ?」
是非とも我が手元に置いておきたい。
そう言って自称酒呑童子は舌をなめずり回す。
物欲と性欲と、征服欲が渦巻く狐のように細まった瞳を見て、ヘカテは戦慄する。
──これは人の世にいてはいけない
そんな、機構の蛇を目にした時とは異なる使命感のようなものが湧き上がる。
どの道、ここを切り抜けることができなければ明日はないと覚悟を決め、吸魔の小太刀を抜こうとした時、自称酒呑童子がその目をやめた。
「案ずるな。儂はお主を今ここでどうこうする気はない。今日はただの下見じゃからのう」
「──は?」
「なに、お主は儂の手元では華を咲かせることはなく、今のお主は華を咲かせるどころか芽吹いたばかりで蕾すらつけていないときた」
──いずれ、大輪の華を咲かせたのなら、あの蛇の袂から奪い去ってくれよよう。彼奴の眼諸共なあ?
そう言い残して自称酒呑童子と従者の姿は霞のように消えていった。
「な、なんだった………」
「私も全くわかりません………」
後には、取り残された二人と人払いの暗示が解けて普通に動き始める人たちだけだった。
◇◆◇◆◇◆
貴賓席へと向かう廊下で、自称酒呑童子ことカズハ・シノダと従者が話しながら歩いていた。
「ほんに、酷いわぁ。ウチの名前を勝手に使うなんてどういう神経しとるん?それも綱の末裔の前で」
「じゃから悪かったと言うておろう?彼奴らの驚いた顔が見たかったんじゃ。まあ、ヘカテの方は特に驚いておらんかったようじゃが」
「そのためだけにウチの名前を使うなんて信じられんわ。それも、本命には不発やなんてなにやっとるん?あれがラニアから出たことないことくらい知ってたんやないの?」
「うむ、本命を目にした途端舞い上がってしまったのう。うっかりというやつじゃ。それにしても、お主にかけた隠匿には気づいておらんかったようじゃのう」
「そら、化かす惑わすはあんさんの十八番やろ。ようやっとえくすとらの領域に届いた童に見破られたんなら形無しやない?まあ、噂のルキアはんなら見破るかもしれへんけど」
「ルキアか………アレはいつか殺さねばのう。ヘカテを持ってあるだけでなく儂から眼まで奪いおって」
「逆恨みなことこの上ないんやけど………まあ、やるんなら死神権限の庇護下を抜けてからにしとき。今やったら面倒なことこの上ないで」
「わかっておるわ」
欲望の化身が身勝手極まりない物欲のために決意を新たにする。
ソレは五つ目の罪を冠する王にして最後の神を縫い留める杭の依代。
そして、星が産み落とした原初の獣。
どこまでも欲深であれと願われ、その通りにその存在を保ち、その果てに一つの国を堕とした欲望の塊。
シオン&ヘカテに焦点を当てた回でした。そして久しぶりの酒呑ちゃん登場。ノヴィシアの出番ももう少し増やしたいけどアイツバランスブレイカーだから………




